西条院家とのお食事(2)

 オードブル、スープが運ばれてきて、俺たちは他愛のない会話をして食事を楽しむ。


 俺達の学校での様子や生徒会でのこと、冬休みは何をしたのかなど、基本は俺達の話ばかり話題に上がっていた。

 その話を聞いて、西条院パパもうんうんと頷いて満足そうだった。


「そうか、そうか!じゃあ、相変わらず柊夜とは仲いいのだな!」


「まぁ、それなりに仲良くやってますよ」


 俺はスープを美味しくいただきながら、西条院パパの発言を軽く流す。

 だって、こんなに豪快に大きい声で話されたら、誰もいないとはいえ、恥ずかしいんだもん。


「ふふっ、時森さんには私も仲良くさせてもらっています」


 横で西条院が上品に笑う。


 ほら、こういうのを見習ってくださいよ?

 笑う時は西条院みたいにお淑やかに声を落としてください。


 ……本当に血はつながっているのかね?

 あきらかに西条院のほうが大人っぽいですよ。


 そんなことを思っていると、ポワソンが運ばれてくる。


「鰆と春キャベツ ハーブのサラダ レモンとケッパーの焦がしバターソースでございます」


「うぉっ!美味しそうだな」


 運ばれてきた料理を見て思わず声が出てしまう。


 ちなみに、ポワソンとは魚料理のことで、消化の良さを重視した最初のメインディッシュとしてお肉料理の前に運ばれてくるもの。


 うわぁ……いいにおいがするなぁ。


「そう言えば少年、高校を卒業したらどうするつもりなのかな?」


 俺がポワソンに驚いていると、西条院パパがグラスを置いてそう聞いてきた。


「まだ、高校1年ですし、考えたことないですよ」


 まだ、将来のことは考えていない。

 進学するか就職するか。

 経済的にも就職になるとは思うのだが、それでも何になりたいかまでは決まっていないのだ。


 それに、神楽坂のことを考えたら、安定した職に就く方がいいのだろう。

 神楽坂の親御さんには独り立ちするまではしっかり面倒を見るって約束したしな。


「そうは言っても、私たちはそろそろ2年生ですし、今のうちから考えた方がいいのではないですか?」


 ……確かに、3学期にも入って2年生ももうすぐだ。

 2年生になれば必然的に将来を考えなければいけないし、早いうちに決めておいた方がいいのだとは思う。


「けどなぁ……これと言ってやりたいことないんだよなぁ」


 俺は腕を組んで少し考える。


「西条院は親父さんの会社を継ぐのか?」


「えぇ、私はそう考えていますけど、お父様が許可を出すかは分かりませんね……」


 そう言って、西条院は父親の方を見る。

 視線を感じたのか、西条院の父親は再びワインを口に含んで少し真面目に口を開いた。


「私は柊夜に会社を継いでほしいとは思っているが、正直今の柊夜だけだと心配という気持ちがある。まぁ、とりあえずは大学に進学して、私の元で勉強してからになるな」


 まぁ、それはそうだろう。

 いきなり娘に会社を継がすわけにはいかないだろうし、西条院グループとなれば大学にも進学しなければいけないだろう。

 娘だからってあまり贔屓せず、しっかり経験を積まそうとするところは、流石だと思う。


 そして、何故か西条院の親父は俺の方を向いた。


「……時に少年。私の元で働く気はないか?」


「は?」


 その発言に俺は思わず食べていた手を止める。


「……急にどうしたんだよ?」


「いやね、柊夜に会社を継がすのはいいのだが、やはり柊夜を身近で支えてくれる人がいた方がいいと思ってね。—————西条院グループは今ではかなり大きい会社だ。それを柊夜一人でこれから動かしていくとなると負担も大きいはずだ。だから、それを仲のいい君にお願いしたいと思うんだ」


 俺は真面目に話す西条院の親父の話を聞いて少し考える。


 ……驚いてしまったが、正直この話はかなり悩ましい。

 将来、安定した職に就こうと思うのであれば、この話を受けた方がいいに決まっている。

 西条院グループは上場はもちろんのこと、安定して業績も呼びていると聞く。


 しかも、毎年募集をかけているみたいなのだが、その入り口はかなり厳しいものだそうだ。

 それを、社長じきじきに働かないかと誘ってくれている。


 こんなチャンス、二度とないかもしれない。


 ———けど、やりたいことも見つけずに、この話に乗ってもいいのだろうか?


「私としても、時森さんが入っていただけると嬉しいですね」


 横で西条院が俺に向かって笑いかけてくる。

 その笑顔は、大人の雰囲気の服装と重なって、どこか色っぽい。


 俺は思わず、西条院を見てドキッとしてしまい、そしてふと思った。


「そっか…」


 ここで首を縦に振れば、西条院とこれからも一緒にいられる。

 そんな考えが俺の頭に浮かんだ。


 高校を卒業してしまえば、俺たちはずっと一緒にいられるとは限らない。

 それぞれの進路に向かって、同じ方向を進んでいくことはできないかもしれないのだ。


 麻耶ねぇは、これからも家族として一緒にいられると思う。

 そして、少なくとも神楽坂は大学を卒業するまでは俺の家に暮らすことになると思う。


 けど、西条院はどうなのか?


 こうして、彼女は親の会社を継ぐと言っている。

 勿論、一生会えないというわけではないのだろうが、継いでしまったら忙しくなり、滅多にしか会えないのかもしれない。


 ……それは、嫌だ。


 こんなにも素敵な人と出会ったんだ。

 離れ離れになるのは———嫌なんだ。


 俺はしばらく考えこんでしまう。


 やりたいことを見つけて、己の進路に進むか、彼女と一緒にいられる道を選ぶのか。

 ……本当に、悩んでしまうな。


「すぐに答えが出るものでもないだろう……もし少年さえよければ、しばらく私の秘書として、バイトしてみる気はないか?勿論、学業優先で構わないし、バイト代もしっかり出そう」


 ……どうして、そこまでしてくれるのか?

 俺と西条院の親父にはそこまでの関係はないと思っていたのだが……。


 いや、それを考えるのは後にしよう。


 もしかしたら、ここでバイトしてみて俺のやりたいことが見つかるのかもしれない。

 西条院の親父には少し申し訳ないが、ここでお言葉に甘えてさせてもらおう。


 ……優柔不断なのかもしれないが、やっぱり俺はまだどっちを取るか決めきれないんだ。


 だから————


「すみません、そのバイトの話受けさせていただけないでしょうか?」


 俺はそう言って西条院の親父に頭を下げる。


「そうか!いやぁ、君がそう言ってくれて嬉しいよ!また、詳細は追って娘の方から伝えよう!」


「……いいんですか時森さん?私としては嬉しいのですが…」


 横で西条院が心配そうに俺に声をかけてくれる。


 きっと、そんな簡単に決めてもいいのか?ということを心配してくれているのだろう。


「いいんだよ、ちゃんと考えたことだ」


 俺は西条院の頭を安心させるようにそっと優しく撫でる。


「俺が何をしたいか見つけるいい機会だし、西条院グループで働けるチャンスなんてもうないかもしれない。それに—————俺は卒業してもまだお前と一緒にいたいからな。もし、ここでやりたいことができたら、お前とまだ一緒にいられるかもしれない。……だから、この話を受けたんだ」


「………それは、ずるいですよ」


 俺がそう言うと、西条院は顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。




 ……全く、こんな話をされるとは思わなかったな。

 人生、いつどこで何が起こるか分からないものだ。




 こうして、俺は西条院の親父の元でしばらく働くことになったであった。


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