西条院家とのお食事(1)

「なぁ、西条院?」


「何ですか?」


 俺は上を見上げながら、隣にいる西条院に尋ねる。

 視線の先には、何十階もあるような立派なホテルがあった。


「俺、食事に誘われたから、こうして放課後にお前と一緒にいるんだよな?」


「えぇ、だからこうして一緒にお父様が待っているお店の前まで来ていますね」


 西条院は平然と答える。


 いや、それは分ってるよ。

 昨日西条院に『放課後は迎えが来るので一緒に帰りましょう』と言われ、見るからに高級そうなリムジンに乗せられて、こうして俺はここまでやってきた。


 しかし、これは一体何だ?


「ふふっ、その服よく似合っていますよ?」


「ありがとう、西条院。今すっごく昔作っていてよかったって思うわ」


 俺はそう言って自分の服装を見る。


 今の俺はネイビーのチェックジャケットとニットを合わせたジャケパンスタイルの服装。

 落ち着いた雰囲気の大人スタイルという、いわゆるスマートカジュアルだ。


「そういう西条院も、よく似合っているぞ?」


「そ、そうですか……ありがとうございます」


 俺が褒めると、西条院は少し頬を赤らめて照れてしまった。


 今の西条院は透け感のある袖黒ワンピースのワントーンコーデにバイカラーのパンプスを合わせた服装で、どこか色っぽい雰囲気を醸し出している。

 初めて西条院を見た時はドキッとしてしまったほど、その服装はよく似合っていた。


 ————けど皆さん、お気づきだろうか?


「これって、いわゆるドレスコードというやつだよな?」


「そうですね」


 そう、俺たちは今スマートカジュアルなホテルの服装をしているのだ。

 西条院に持ってこいって言われた時から薄々嫌な予感はしていたのだが———


「……おかしくない?」


「おかしくありません」


「……そうなのか?」


「そうですよ。とりあえず早く中に入りましょう、お父様を待たせていますから」


 そう言って、西条院は俺の手を取って、いかにも高級そうなホテルへ向かっていく。


 ……放課後にドレスコードしなきゃいけないレストランに行くっておかしくないのか?

 今時の高校生ってこんなことするのかな?


 ————今日、菓子折り持ってこなくてよかったわ。

 場違い感が半端ないからな。


 そんなことを思いながら、俺は西条院に連れられて中に入っていくのであった。



 ♦♦♦



「やぁ、来たね少年」


「ぶち殺すぞ?」


 俺はエレベーターで最上階まで上がり、入口すぐのレストランに入ると、見知った顔から声をかけられた。

 思わず、ここまで連れてこられたイライラのおかげで失礼な言葉が出てしまったが、これは許してほしい。


「ははっ!相変わらず変わらないな、君は!」


 そう言って、西条院の親父は愉快そうに笑う。

 俺は全く面白くないんだけど?


 どうして、こんな高級なレストランに連れてくるのか?

 高校生にはまだ早いと思うし、すっごい落ち着かないんだけど?


「まぁ、そんなに怒らないでください時森さん。お父様はこういうところしかあまり行かないんです」


 自慢か?

 庶民に対する自慢なのか?


「まぁ、そんなにテーブルマナーとか周りの視線も気にしないでくれ。今日は貸し切りにしているし、シェフにもちゃんと伝えてある」


 さっすが、西条院グループの社長。

 やることの次元が庶民とは違いますね。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は用意されていた椅子に座る。

 それに続いて西条院も椅子に座った。


「アペリティフは、いかがされますか?」


 それと同時に、ウェイトレスがやってきて、俺たちに尋ねてくる。


「私はプロセッコでお願いするよ」


「あ、じゃあ俺はミネラルウォーターのガス入りで」


「私も同じで大丈夫です」


「かしこまりました」


 西条院パパはワイン、俺たちがミネラルウォーターを注文するとウェイトレスは一例をしてキッチンへと向かった。


 ……それにしても、ここってフランス料理のレストランだったんだな。

 メニュー表見ていなかったから、アペリティフを聞かれる分からなかったわ。


 ちなみに、アペリティフとは食前酒という意味で、フルコースの前に頼むものである。

 そして、ガス入りというのはいわゆる炭酸のことだ。


 こういうところで、酒を飲めない人がソフトドリンクを頼むのはあまりよろしくないとされる。

 というのも、別にコーラとか頼んでもマナー違反ということはないのだが、強烈な味のする飲み物は味を変えてしまうので、ミネラルウォーターなどの味をひきたてるものがベストだと言われているのだ。


「……少年、意外と慣れていないかい?」


「そんなことないですよ」


 慣れているわけないだろう?

 こんな高級そうな店に何度も足を運べる金はねぇっての。


「いえ、普通初めての人はアペリティフと言われても分からないはずなんですが…」


「それはあれだ、こういうのを知っていた方がモテるだろ?だから昔に勉強したんだ」


「ここでもですか……」


 西条院は何故か頭を押さえる。


 どうしたというのか?

 普通はモテたい男子だったらこういうことは勉強しているものだろう?


 そしてすぐに、ウェイトレスがそれぞれの飲み物を持ってきてくれる。


 流石貸し切り。お仕事がお早い事。


 俺はナプキンを二つ折りにして、折り目を自分の方に向けてふとももの上に置く。


「テーブルマナーも分かっているのですね……」


「これは最低限の常識だ」


 ちなみに、ドリンクを運ばれた時に、ナプキンを広げるのはテーブルマナーの一つだ。

 みんな、覚えておくように。


「これなら、私も心配する必要はないようだね」


 はっはっはーと、西条院の親父が豪快に笑う。

 おい、こういうところではあまり大きな声は出さないほうがいいんじゃないのか?

 というか、うざいぞ?


「それでは、早速乾杯といこうじゃないか」


 そう言って、西条院の親父はグラスを持ち上げた。

 俺達も、それに続いてグラスを持ち上げる。


「「「乾杯」」」


 そして、俺たちはグラスを合わせ、少しだけ口に含む。


 こうして、場違いな俺の高級レストランでのお食事会が始まっていった。

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