昔の俺達じゃないから
「俺、強くなったよ」
俺は膝を抱えて泣いている麻耶ねぇの頭を撫でながら、優しく言葉をかける。
「昔みたいな弱い俺じゃなくて、ちゃんと強くなった」
確かに、昔の俺は己の意見を通す力も、誰かを助ける力もなかった。
……いや、助けれる力はあったかもしれない。
けど、俺は自分が傷つく方法でしか、助けることができなかったんだ。
でもーーーーもう昔の弱い俺じゃない。
「自分にできることが限られていて、拳を振るうことしか出来なかったあの時とは違う。俺の周りには、ちゃんと協力してくれる、一緒に前に進んでくれるーーーーそんな人がいるって気づいた」
あの時、神楽坂が教えてくれなかったら気づかなかった。
俺の責任だから、俺が解決しないといけないーーーーそう思っていた。
けど、違ったんだ。
一人で解決するんではなく、みんなで協力して解決することによって、誰も傷つかず、最後には笑って終わることができる。
その事に、俺は気づいたんだ。
「気づいた時には、分かったんだ……俺は弱くなんかないんだって」
膝に顔を埋めて泣いている麻耶ねぇの顔をそっと上げる。
透き通った瞳には未だに涙が浮かんでいた。
俺はその涙を、優しく拭う。
「あの時、どうして麻耶ねぇが俺の学校に転校してきたのか、あれからずっとそばにいてくれているのか……分かってる」
俺は麻耶ねぇにしっかりこの想いが届くように、俺は言葉を紡ぐ。
「俺が弱いから、俺が危なっかしいから……傍で支えてくれているんだって分かってる。葬式の時に、絶望していた俺に投げかけてくれた言葉を、今でも覚えている」
『大丈夫、おねぇちゃんがいるから。ずっと望くんのそばにいるから…』
「俺はその言葉に救われた、あの時の言葉のおかげで立ち上がることができた。麻耶ねぇがいなかったら……今の俺はいないんだ」
こんなクソッタレな俺でも、前を向いて進むことができた。
笑って、泣いて、今という時間を過ごすことができた。
「麻耶ねぇは弱くなんかない……俺の中では1番強くて、優しくて、明るくて、俺を支えてくれた……素敵な人なんだ」
「……望くん…っ!」
「今日だって見たろ?最後はやらかしてしまったが、ちゃんと傷つかずに、みんなで麻耶ねぇを助けることが出来たーーーーーもう、傷つかずに麻耶ねぇを助けることが出来る」
俺は優しく麻耶ねぇを抱き寄せる。
その震える体を安心させるように。
「俺は大切な人が傷ついて欲しくない、笑顔でいて欲しい、幸せでいて欲しいーーーーもう、俺は弱くなんかないから」
ーーーーだから、
「助けて欲しかったら言ってくれ。麻耶ねぇがしてくれたように、俺も麻耶ねぇを救いたいーーーーー俺にとって、大好きで大切な人だから」
「うんっ…うん……っ!」
俺はひとしきり言い終わると、背中をそっと撫でた。
震える体は落ち着きを取り戻し、聞こえてくるのは麻耶ねぇのすすり泣く声。
やがて、麻耶ねぇは泣きながら、己の溜め込んだ気持ちを声にした。
「私……辛かったよぉ…っ!」
「……うん」
「望くんの為に伸ばした髪が切られそうになった時も、水をかけられた時も……昔を思い出すようで怖かった!」
「……ごめんな……遅くなって」
「……でも、私お姉ちゃんだから……我慢しないとって……望くんが傷つくからって…っ!」
「もう、大丈夫だから……」
「私、もう大丈夫なんだよね……もう、我慢しなくていいんだよね……?」
「あぁ……今度は、俺がーーーーいや、俺達が守ってやるから…」
「……嬉しいなぁ……もう、昔の私達とは違うんだね…」
「そうだな……昔みたいに、麻耶ねぇや俺が傷つくことはなくなった。一人で抱え込まず、助けて欲しい時は、みんなで支え合っていけばいいんだから……」
「………うんっ!」
俺と麻耶ねぇはお互いに言葉を紡ぎ終える。
昔とは違うんだと、今の自分達は成長したのだと、そう確かめ合うように。
二人しかいない生徒会室に、再び静寂が訪れる。
しかし、その静寂も今の俺には心地よかった。
だって、今の麻耶ねぇは安心して、嬉しそうに笑ってくれてるのだから。
♦♦♦
「と・き・も・り・く〜ん!」
「おまっ!?どうしてここにいる!?」
「へへっ、転校してきちゃった♪」
「転校してきちゃった♪じゃねぇよ!?……っていうか離れろ!」
彼は抱きつく私を払い除けるように体を動かす。
しょうがないので、私は頬を膨らませながら離れることにした。
「……はぁーーーーー別にあの事を恩に感じなくてもいいんだぞ?」
彼は小さくため息をつく。
違うなぁ。
時森くんはなんにも分かっていない。
「別に感謝してるけど、それで私はここに来たんじゃないよ」
「だったらどうして……?」
私は、時森くんに背を向けながら、廊下の先を歩く。
「君は放っておけないからーーーーーお姉ちゃんがそばにいないとね」
「……そうかよ」
「だからーーーーー」
私は振り向いて、彼の顔を覗き込む。
彼は一瞬驚いたが、それでも私は彼に向かって口を開いた。
「これからよろしくねーーーー望くん!」
「……あぁ、よろしくな麻耶ねぇ」
私達は隣に並びながら、夕日が照らす廊下を二人で歩いていった。
懐かしい昔の記憶。
けど、もうあの頃の私達はもういない。
互いに支え合い続けることには変わりはないけど、私達以外にも支えてくれる人を見つけた。
だから、これからは私達は傷ついても、助けを求めても、前を向いていられる。
けど、この気持ちだけは今も昔も変わらない。
助けてくれたあの時から、ずっと私の中では彼は特別なんだ。
大好きだよ、望くん。
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※作者からのコメント
ついにこの章も次回で最終話。
今回のお話は結構重たい話になってしまいましたね……すみません。
不快に思われた方もいらっしゃると思いますが、何とかいい形で終われたのではないでしょうか?
次回は明日更新します!
引き続きよろしくお願いします!
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