ことの終わり、私の気持ち

「時森さん……流石にやりすぎなのでは…?」


「……すまん」


 俺はちらりと横を見る。

 そこには顔にいくつもの痣がついて、気絶している連中の姿があった。


「ま、まぁ……ちゃんと女の子には何もしなかったんだし、いいんじゃないかな!」


「神楽坂ちゃん……それはフォローになってないよ」


 ……仕方なかったのだ。

 あの時の怒りは本当に限界を超えていて、つい連中に手加減なんか出来なかったのだ。

 その光景を見て、女達は途中で気絶してしまい、そして何人かは抵抗して俺も頬にかすり傷がついてしまった。


 ……こういう方法で解決するのは良くないとは思っている。

 暴力では何も生まないし、何も解決しない。

 褒められた行為ですらないし、互いが傷ついていくだけ。


 けど、どうしても連中を見て我慢が出来なかったのだ。


「はぁ……まぁ、退学させても報復しないとは限りませんし、中途半端に痛めつけても懲りない可能性があるのでいいですけどね」


「……西条院ちゃんも中々に物騒だよね」


 先輩は西条院の発言に少し苦笑いのようだ。

 ……その気持ちは少しは分かります。


「と、とにかく!この人達どうする?」


「まぁ、私たちの方で何とかしましょうーーーーーそれより、」


 西条院は俺と麻耶ねぇを一瞥する。


「時森さんは鷺森さんと先に生徒会室に戻っていてください……後は私達で片付けておきますので」


「そっか……悪いな」


 俺は西条院にそう言われると、未だに泣き続けている麻耶ねぇの元に向かう。

 小さな嗚咽が、未だに彼女から聞こえてくる。


「行こっか、麻耶ねぇ」


「……ゔんっ」


 俺は麻耶ねぇの手を取り、立ち上がる。

 その手は震えていて、驚異が去ったのにも関わらず怯えているようだった。


 ……どこまで、麻耶ねぇは傷つけられていたのか?


 少しだけ治まった怒りが、ふつふつとこみ上がってくるのを感じる。


「……ごめんね、麻耶。君が苦しんでいるのに、俺は何も出来なかった……許してくれとは言わない……けど、ごめん」


 先輩は、俺達が教室に出る間際にそう口にした。

 その声は、やはり暗く、己の無力さに嘆いているように聞こえる。


 しかし、その言葉を聞いて麻耶ねぇは首を大きく横に振る。

 ……麻耶ねぇは、先輩のことは気にしてないようだな。


 それを見た俺はみんなに頭を下げると、そのまま麻耶ねぇの手を取り教室を出た。



 ♦♦♦



(※麻耶視点)


 私は未だ涙が止まらない状態のまま、望くんに連れられて生徒会室へと入った。

 ……あぁ、みっともないなぁ……私。


 みんなが私の為に動いてくれたというのに、私は未だに俯いてばっかだ。

 助けてくれた嬉しさと、込み上げてくる思いが、涙を止めさせてくれない。


「麻耶ねぇ……とりあえず座ろっか」


 そう言って、望くんは私をゆっくりとソファーに座らせてくれた。

 そして、少しの沈黙が生徒会室を包む。


「なぁ、麻耶ねぇ……その、ごめんな?」


「なんで……望くんが謝るの?」


 望くんの言葉に、私は顔を上げる。


 ……どうして?

 望くんが謝ることなんて何もないはずなのに。


「俺は、麻耶ねぇが傷ついていることに……気づかなかった」


 ……違う、違うよ。

 私は、気づいて欲しくなんてなかっただけなんだよ?


 私が辛いことも、傷ついていることも、望くんには知られて欲しくなかった。


「……違う」


「いや、違わないさ」


「違うよ!」


 私は立ち上がって、思わず大きな声を上げてしまう。


「私が!望くんに知られて欲しくなくて黙っていただけなんだよ!?……また、こんな目にあっていることは嫌だったけどーーーーーそれでもっ!私は望くんだけには知られて欲しくなかった!」


 彼が知ってしまったら、きっとまた私を助けてくれる。

 けど、それは同時に彼を傷つけてしまうことになってしまう。


 だから、私は言えなかったし、言わなかった。


「昔も、私を助けてくれた!望くんがいつだって誰かに手を伸ばしてあげれる優しい人だっていうのは分かってる!私じゃなくても、誰だって困っている人がいたら望くんは助けに行くーーーーーーけどっ!」


 私は大粒の涙を零しながら、望くんに向かって止めどない感情を吐き出す。


「望くんは自分を傷つけてまで手を伸ばそうとする!自分のことは二の次で、いつだって誰かが傷つかないように助けようとする!ーーーーーー私はそれが嫌なの!」


「………」


 私は望くんが傷ついてまで助かりたくない。

 辛いけど、苦しいけど、私は望くんが傷つく事が一番嫌なんだ。


「あの時から……助けてくれた時から、私の中ではずっとそう思ってる。望くんは思っているほど強くないから……お姉ちゃんがしっかりして、傷つかないように支えてあげようって……思ってたのに……」


 あの時、屋上で話す彼の姿を見て、私の中のイメージが崩れ去った。

 強いと思っていた彼の心は、細く、薄く……弱そうに見えた。


 だから、これからは私が支えてあげようって、傷つかないように見守ってあげようって、笑って過ごせるように寄り添ってあげようって……思っていたのにーーーー


「私が……望くんに迷惑なんてかけれないよぉ…っ。また、昔みたいに傷つくんじゃないかって……私が耐えればいいんだって思ったから……黙っていたの…。だからーーーーー望くんは悪くないんだよ…」


 私は、溜め込んだ気持ちを吐き出すと、涙を隠すように膝を抱えて顔を埋める。


 望くんには安心して欲しくて、大丈夫だよって思って欲しいはずなのに……どうしても涙が止まらない。


 彼の申し訳なさそうな顔を見ると、胸が引き裂かれそうになる。

 こんな顔をして欲しかったんじゃないのに、ただ素直に助けてくれてありがとうって言えばそれで終わりのはずなのにーーーーーー


「ごめんね……こんな弱いお姉ちゃんで……ごめんねぇ…っ」


 どうしても、私の口からは情けない言葉が出てしまう。


「麻耶ねぇ……」


 ゆっくりと、望くんが泣いている私に近づく。


 今、望くんはどんな顔をしているのだろう?

 悲しそうな顔?哀れんでいる顔?辛そうな顔?


 気になる……けど、今は顔を上げて彼の顔を見たくない。


 だって、今の私の顔を望くんだけには見られたくない。

 こんなに弱い私を見て欲しくない。


 そんな事を思っていると、不意に頭に暖かい手の感触が伝わってきた。

 そして、ゆっくり、安心させるように私の頭を撫でる。


「俺、強くなったよ」


 そんな望くんの言葉が、私の横から聞こえた。

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