今だけ、俺が傷つくのを許して欲しい

「……てめぇ、これはどういうことだ?」


 一人の男が俺を睨めつけながらそう呟く。


「へぇ〜、生徒会が揃いも揃ってどうしたのかな?」


「結城くんまでいるじゃん!マジウケるんだけど〜」


 しかし、他の麻耶ねぇをいじめていたクラスの連中は、西条院達を見て口々に笑っている。


 ……何がおかしいというのか?


 怒りが込み上げてくる。

 あいつらのヘラヘラとした態度を見ていると、無性に殴り掛かりたくなってしまう。


「やっぱり……君たちだったんだね」


 先輩は小さく、答えを合わせをするように口を開いた。


「漠然と君たちだと言うのは分かっていた……けど、俺が聞いても、そんな事してないって言ったよね?」


「だから私達はそんな事してないって〜」


「そうそう、鷺森と仲良くお話していただけだよ」


 そう言って、彼女たちはわざとらしく嘯く。

 あぁ……この状況でもまだそんな言葉を吐けるのか。

 愚かで醜く……殺したくなるほど憎たらしい。


「嘘!あなた達が麻耶先輩いじめていたのは知っているんだからね!」


「はっ!どこに証拠があるってんだよ?」


「出せるもんなら出してみろって!」


「おい、やめろ!」


 神楽坂がいじめていた連中を睨めつけるも、知らん顔でとぼけ始める。

 しかし、先程俺の事を睨んでいた男は事の深刻さに気づいたのか、そいつらを止めようとした。


 ーーーーけど、もう遅い。


 事はもう済むところまで進んでいるのだ。


「へぇ……「出せるもんなら出してみろ」ですか…」


 西条院は額に青筋を浮かべながら、連中へと近づく。

 すると、ポケットから小型の機械を取り出した。


「これでも、あなた達はそんなことが言えるのですか?」



『ねぇ、どうせだったらこの髪を切っちゃう?』


『いいね〜!イメチェンってやつ?』


「「「ーーーーッ!?」」」


 小型の機械から連中の声が聞こえてきた。

 ……その機械は、昔俺の告白の練習の時に使っていたものと同じ。


 ーーーーつまり、盗聴器だ。


「最近の機械は凄いですよね。こんなに小さくてもあなた達の声だって言うのはすぐに分かるのですから」


「それをよこせッ!」


 西条院が胸元で機械を連中に見せびらかすと、一人の男子が西条院に詰め寄った。


「西条院に手を出そうとしてんじゃねぇよ」


 しかし、連中の手が西条院に届くことはない。


「流石です、時森さん」


「てめっ、離しやがれ!」


 俺は男の手首を握り、動けないように関節を固める。


 離すわけがないだろう?

 離したら西条院にまた掴みかかってくるじゃねぇか。


「西田を離しやがれ!」


 すると、もう一人の男が俺に殴りかかってくる。

 しかし、俺は動くことも無く男の関節を固め続ける。


「ぶべっ!?」


「はぁ……始めからこうすれば良かったんだね」


 先輩は俺に殴りかかってきた男に拳を叩き込む。

 先輩のその顔は、後悔と無力さと愚かさを自分に感じているように見えた。


 ーーーー先輩は、俺と同じで問題を先送りにしていた。


 自分にできることはしたんだと、それでも解決しないのであれば時間が解決してくれるだろうとーーーー自分に見切りをつけて。


 だからこそ、先輩は今このような表情をしているのだろう。


 ……けど、俺は先輩を責めない。

 俺に言ってくれば良かったのではないかと、少し怒りを覚えたのだが、それは自分も変わらない。


 俺も自分で解決しようとして、周りを頼らなかった。

 だから、その気持ちは分かるし、俺は責めることができない。


 責めるべき相手はーーーーー


「結城……ッ!何しやがる!?」


 目の前にいるんだから。


「何って……そんなの、君たちにイラついているに決まっているじゃないか。ーーー麻耶を傷つけ、陰でコソコソいじめて高笑いをしている君達に、どうして俺が怒らないと思えるんだい?」


「……くっ!」


 悔しそうに、男は唇を噛んだ。


「け、けど!私たち今日しかいじめないよ!?なのに、ここまでする必要あるの!?」


 女は男に駆け寄り、俺たちを批難する。


 何を戯れているのだろうかこの女は?


 今日しかしてない?ここまでする必要ある?


 ……あるに決まってんだろうが。

 一回でも麻耶ねぇを傷つけた時点でお前らはお終いなんだよ。


 ーーーーそれに、


「一回?……戯言を。あなた達が今までどこで、何時に、誰と行動をしていたかなんてすぐに分かるのですよ?ーーーーこの学校にどれだけの監視カメラがあると思っているんですか?」


「か、監視カメラ……ッ!?」


「もちろん、私達は既にあなた達が今まで鷺森さんに集団で傷つけていた事は把握済みです。これを、学校側に提出したらーーーー退学は確実でしょうね?」


「「「ーーーーーッ!?」」」


 連中の息を飲む音が聞こえる。


 そう、この学校には至る所に監視カメラが設置されている。

 教室の中も、廊下もーーーーそして、校舎裏にも。


 それを西条院の生徒会長としての権限を使って全て調べあげた。

 だからこそ、俺は西条院に協力をお願いしたんだ。


 連中は、自分が最悪の立ち位置にいることを理解すると、力なく地面にパタリと膝をつく。


「……しかし今回の件、特別に見なかったことにしてあげましょう」


 そう言って、西条院は連中に背中を向ける。




 ……ありがとう、西条院。


「その代わり、今から彼がすることは黙っていてくださいね?」


 そして、連中にその言葉を言い残し、西条院は麻耶ねぇの元へと向かった。





 西条院が協力してくれるのはここまでだ。


 神楽坂は泣き続ける麻耶ねぇを優しく支えてあげてくれている。

 先輩は情報の提供と、麻耶ねぇ為に拳を振るってくれた。


 だから、最後は俺がケリをつけたい。


 ……ごめん、麻耶ねぇ。


 今だけ、俺が傷つくのを許して欲しい。


「俺は、女だろうと特別扱いなんかしない」


 俺はゆっくりと連中に近寄る。









「俺の大切な人に手を出したんだーーーーーその報いは受けてもらうぞ」


 そう言って、俺は拳を振り下ろした。



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