助けてくれたのは、一人じゃなかった

(※麻耶視点)


「あぁ……お前やっぱムカつくわ」


 そう言って、クラスの男子の一人が私を突き飛ばす。

 私は勢いを殺しきれず、そのまま床に倒れてしまった。


 ここ最近はずっとこんな感じで、放課後に呼びつけられては、みんなから罵倒されたり、まだ過激にはなっていない暴力を振るわれている。


「自分がモテるからってどうせ私達のこと見下しているんでしょ?」


 ……違う。

 私はそんなこと思っていない。


 モテるからって他人を見下していない。

 だって、私が振り向いて欲しい人には振り向いてもらっていないんだから。


「いいよな、お前は顔がいいだけでチヤホヤされるんだから、さっ!」


 そう言って、男の子は近くにあった筆箱を私に投付ける。

 筆箱は私の顔に当たり、少し切れたのか額からうっすらと血が滲む。


 ……大丈夫、私が我慢すればいい事だから。


「ねぇ、どうせだったらこの髪を切っちゃう?」


「いいね〜!イメチェンってやつ?」


「だ、だめっ!」


 私は思わず声を荒あげてしまう。

 今までずっと我慢して黙って耐えてきたのに、その事だけはどうしても無理だった。


「あ?」


「こ、この髪だけは……だめ…」


 私は長い髪をみんなから守るように抱える。


 だめ…これは望くんの為に伸ばした髪なんだもん……こんなことで傷つれられるなんて……いや!


「ははっ!お前の意見なんて聞いてねぇっつーの!」


「いいからさっさと切ってしまおうよ、みんなで押さえれば楽勝でしょ?」


「そん時に変なところに触ったらごめんなぁ?」


 何人かが、楽しそうに笑いながら私にジリジリと躙り寄る。

 私は怖くて後ろに下がるも、すぐそこは壁だった。


「さぁ、早速イメチェンの時間だ」


「いやぁ!」


 私は必死に抵抗するも、やはり男の子には適わないのか、呆気なく床にうつ伏せにされてしまう。


 ……どうして、どうしてこんなことができるの?


 私の大切なものを、どうして笑いながら簡単に奪えるの?

 この人達の……気持ちが分からない。


 男の子が持っているはさみが私の髪へと近づく。

 私は腕や体を必死に動かすものの、ハサミから逃れることが出来ず、徐々に近づいてくる。


 だめっ…切られちゃうっ。

 私は怖くて目を瞑ってしまった。


 ……助けて。

 助けてよ……。


「……望くんっ!」


「あんたら、いい度胸してるじゃねぇか?」


「……てめぇ、誰だよ?」


 不意に、押さえられている手が私から離れていく。

 そして……どこか聞きなれた声が近くから聞こえてきた。


 ……でも、どうして……どうしてここにいるの?


 私はゆっくり涙に滲んだ瞼を上げる。

 そこには、私を庇うように前に立っているたくましい背中があった。


「……望くん」


「遅くなってごめんな……」


 ――――後は任せろ。


 そう言って、望くんは私の頭を優しく撫でた。

 ……来て欲しくないと思っていたのに、彼が傷ついてしまうと分かっているのに。


 ――――ここに来てくれて嬉しいと思ってしまう。


 その言葉を聞いただけで、私の目から涙が溢れ出す。

 それは安堵からきたものなのか、彼が傷ついてしまうから流れるのか、自分でも分からなかった。


「ははっ、ヒーロー気取りかよ」


「今時そんなのかっこよくねーっつーの!」


「はんっ!集団で動かなきゃ何もできねーやつに言われたくねぇよ」


 そう言って、望くんは相手の挑発を嘲笑う。

 それにムカついたのか、クラスメイトの額には若干青筋が浮かんでいた。


「へぇ〜、どこの誰だかわかんねぇが、いい度胸じゃねぇか?」


「麻耶ねぇの弟だ……覚えとけ」


 そして、望くんはみんなの顔を見据えながら、堂々と胸を張って言い放った。


「いい度胸?度胸もクソもないだろ……こんなクズの相手するだけで。どんな理由で麻耶ねぇをいじめてるのか分からねぇ。嫉妬?妬み?恨み?嫌悪?――――どれでもいいが、陰でコソコソ隠れて集団で他人陥れるやつに…………度胸なんて必要ないだろ?」


 ……もしかしたら、あの時もこんな感じだったのかなぁ?

 一人で上級生達と喧嘩した時、彼はこうやって立ち向かっていったのかな?


 でも、もしそうなら、望くんはまた傷ついてしまう。

 自分を犠牲にして、他人を救って、自分を助けてあげない。


「てめぇ……っ!」


 それだけはダメだ。

 私は望くんに傷ついて欲しくない。


 だから私はここから離れて欲しいと願いながら、彼の制服を掴む。

 すると、望くんは私の方を向いて、そっと微笑んだ。


 安心してくれ、と言っているように見えた。


「――――それに、」


「あら?何やら楽しいことをしていますね」


 すると、この教室のドアが開かれる音がした。


 望くんが振り返ると、そこには柊夜ちゃんとアリスちゃん、陽介くんの姿があった。


 ……え、え?どういうこと?

 どうして、生徒会のみんながここにいるの?


「麻耶先輩!大丈夫ですか!?」


 アリスちゃんは私を見つけると、勢いよく駆け寄ってきた。

 けど、私は今の現状追いつけず、頭が真っ白になってしまう。


「麻耶ねぇ…」


 そして、望くんは顔を見せず、背中越しに私に向かって言い放った。


「俺はもうあの時とは違う。一人で麻耶ねぇ助けるんじゃなくて、手伝ってくれる人がいる。自分を傷つけないように麻耶ねぇを助けることが出来る、堂々と胸を張ってクズを倒すことが出来る―――――だから」


 ……そこで見ていろ。俺が、俺達が麻耶ねぇを助けてやる。










 その言葉に私は再び涙が零れる。

 私を助けてくれることに、彼が成長してくれたことに、彼が傷つかない分かったことに。


 あぁ…私はもう大丈夫なんだ。

 私はアリスちゃんに支えられながら、そんな安心感に包まれた。



「……うんっ!…私を助けてっ!」


 溢れる涙は、止まらなかった。

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