あなたは一人なんかじゃないから

(※アリス視点)


「ふっふふ〜ん♪」


 生徒会の仕事も終わり、私は放課後の夕日が射し込んでいる廊下を鼻歌を歌いながら一人歩いている。


 今日も楽しい一日が終わった!今日の夕ご飯はなんだんだろうなぁ〜!

 そんなことを思いながら、私は一緒に帰る為、時森くんを探す。


 クリスマスから、私はこの家に帰ることが楽しみになった。

 麻耶先輩も一緒に帰っているけど、時森くんと一緒に同じ家に帰るということが夫婦になったみたいで嬉しい。


 彼は善意で住まわせてくれているけど、どうしても私は新婚さん気分になって浮かれてしまう。


「ふふっ、時森くんどこかな〜?」


 私はその事を思い、自然と笑みが零れてしまう。

 早く時森くん見つけて家に帰ろう!


 私が少し早歩きで歩いていると、廊下の曲がり角に時森くんの後ろ姿が見えた。


「時森くん!」


 私は見つけたことに喜び、時森くんのところまで駆け寄った。


 しかし、私が呼びかけるも彼からの反応はない。


 ……どうしたんだろう?


「時森くん……?」


「あ?……神楽坂か、どうした?」


 私が近くで呼びかけると、彼は私に気づいてくれた。

 ……けど、その声はいつもより低かった。


「あ、あの……一緒に帰ろうと思って……」


 私は彼の声を聞いて上手く言葉が出なかった。


 ――――こんな時森くんは見たことがない。


 彼は瞳に溢れんばかりの苛立ちを込めて、静かに、冷静な表情を作っていた。


 ……怖い。

 そう感じてしまう。


「悪い、神楽坂。先に帰ってくれ」


 私にそう言うと、彼は背中を向けて歩き出した。


 どうしたの?いつもの時森くんじゃないよ?

 こんな怖い彼は………ダメだよ。


「待って!」


 私は思わず離れようとしている彼の腕を掴んでしまう。


 ダメ……きっと今の彼を行かせちゃダメ。


 上手く言葉にはできない。

 けど、今の時森くんを行かせてはいけないような気がする。


「……離せよ」


 時森くんは私の顔を見ないで、腕を振り払おうとする。

 けど、私は負けじと腕にしがみつく。


「離せよ神楽坂ァァァ!!!」


「ダメぇぇぇっ!」


 時森くんは廊下に響き渡るような声で私に怒鳴りつける。

 けど……私はそれでも離さない。


「……ダメだよ時森くん……そんな怖い顔してどこ行くの?」


 私は時森くん顔を見上げる。

 そこには今でも掴みかかってきそうなほど、怒りに満ちた表情をしていた。


 ほんの少し触れただけでその怒りが爆発しそうなほど、今の時森くんからは怒りが感じられる。


 どこに行くか分からないけど……こんな彼をこのままどこかに行かせる訳にはいかない。


「ぶち殺さなきゃいけない奴らのところに行くんだよ」


 普段の、クラスのみんなに言っている言葉とは違う。

 本気で、彼はそんな言葉を発したのだろう。


「ねぇ、何があったの……?」


「お前には関係ないだろ」


「関係なくても教えて」


「だからぁ……ッ!」


 時森くんは引き下がらない私に苛立ちを含めた声を上げる。

 私は一瞬だけ怖く感じたけど、絶対に引かない。


 ―――――だって……今の彼は何か一人で抱え込んでぐちゃぐちゃになっていると思うから。


「……時森くん」


 私は怒りに満ちた彼を、そっと自分に抱き寄せた。


「時森くん、一人で抱え込んじゃダメだよ?」


 彼は私に抱き寄せられた時少し抵抗したが、少しだけ落ち着いたのか静かになった。


「何があったのか分からない、今の時森くんがどれだけ怒っているのかも私には分からない」


 私には今の彼の気持ちが分ってあげれない。

 どれだけの事があってここまで怒っているのか、どれだけ酷いことがあっのか、私は知らない。


「でも…それって一人で解決するような事なの?怒りに身を任せてまで行かなきゃいけないことなの?」


「……あぁ、俺がしなきゃいけないことだ。俺が解決しないといけないことなんだ」


 時森くんは私の胸に顔を埋めながら、静かに、自分に言い聞かせる様に言葉を発する。


「俺は違和感に気づいていた。おかしいと思っていたんだ、何かあれば俺が解決すればいいと、問題を先送りにしていた――――――けど、違っていたんだ」


 気づいていたけど、その違和感は後に解決するだろう。

 そう思って、彼は問題を見送っていた。


 けど、それがいけないことだって時森くんは気づいたんだ。

 きっと、それは気づきたくなかった形で、知ることになってしまったんだと思う。


「俺は、先送りになんかするべきじゃなかったんだ。あんなに苦しんでいたのに、辛い思いをしていたというのに……無理してでも知るべきだったんだ。彼女が苦しんでいたことに、辛い思いをしている事に」


 彼の言葉は自分の過ちを悔いるように聞こえる。

 話してくれている時森くんは、いつの間にか小さく震えていた。


「……だから、俺が解決しなきゃいけないことなんだ。俺の過ちで彼女に辛い思いをさせてしまった――――だから、これは俺の責任なんだ」


 ……あぁ、そっか。

 彼はきっと誰かの為に怒っているんだ。


 誰かを救えなくて、自分の力が無くて、自分が問題を先送りしていたせいで、誰かが傷ついてしまったと思っている。

 だから時森くんは、己の不甲斐なさと、傷つけた者への怒りで溢れかえっているんだ。


「……時森くん」


 私はそっと彼の髪を撫でる。


 ……どうして時森くんはこうなのかなぁ?


 自分に厳しくて、周りには優しくて――――勝手に傷ついていく。

 でも、そんな彼の事が私は好きなんだ。


「ロシアで私に言った言葉覚えてる?」


「……何を?」


 彼は不思議そうに私を見る。


「私を支えてくれるって言ったよね?挫けそうになったり、負けそうになったら手伝ってくれるって」


「………」


「私も同じ気持ちなんだよ?」


 そうだ、時森くんはなんでも一人で抱え込みすぎなんだ。

 他人のことは助けるくせに、自分のことは助けてあげない。


 自分が傷ついていくのに、他人の心配をして、その重荷を誰かに手伝ってもらおうとしない。

 ……今までの彼はずっとそうして生きてきたのだろう。


 一人で解決しようとして、勝手に傷ついて、救われた人には笑顔を向けて、それで全てを終わらせてきた。

 ―――――けど、もうそんな生き方は許さない。


「時森くんが困っているなら助けてあげたい。一人で悩んでいるなら一緒に悩んであげたい。一人で怒るんじゃなくて一緒に怒ってあげたい」


 私は黙って聞いている彼の頭を撫で続ける。

 ……今が遅い時間でよかった。

 こんな姿を他の人に見られたら恥ずかしいから。


「今、あなたが何に悩んで、怒って、後悔しているのか分からない―――――けど、それってひとりじゃなきゃダメなの?」


 一人で悩む必要なんかない。

 私が、ひぃちゃんが、傍にいて支えてあげれるから。


「私たちに頼ってよ。そして一緒に解決しようよ。……自分は気づかなかったって言っているけど、私も同じ。気づかなかった私にも責任がある」


 ―――――だから、


「ねぇ、時森くん?一人で抱え込まないで。私が側にいてあげる、一緒に悩んであげる、あなたがしてくれたように、私もあなたを支えたい」


 私は時森くんの顔を上げて、彼の瞳に訴えかける。


「元気を出して一緒に解決しよ?最後はみんなで笑っていられるように―――――私の好きな人に怖い顔は似合わないぞ!」


 そう言って、私は満面の笑みを彼に向ける。

 彼に届いているのか分からない。


 けど、きっと届いているはずだ。

 彼は、少し後ろを向いていただけで、すぐに前を向いて走り始めるはずだから。


「そっか……そうだよなーーーーーあの時とは違って一人じゃないもんな」


 そう言って、彼は私から離れて立ち上がる。


「ありがとう…神楽坂」


 その表情は、先程の怖い顔とは違い、優しくて真っ直ぐな晴れ晴れとしていた。

 あぁ…やっぱり、この顔の方が好きだなぁ。


「ううん………もう、大丈夫だね」


「……あぁ。お前のおかげで気がついたよ」


「……そっか」


 私の言葉で、彼が元気になってくれた。

 問題は解決したわけじゃないけど、私はそれだけで嬉しく思う。


「神楽坂……先輩と西条院を呼んできてくれないか?」


 ――――協力して欲しいことがある。


 その言葉を聞いた私は、迷わず頷いた。


「うん!」


 私は、彼に背中を向けて生徒会室へと向かった。

 きっと、まだ二人は残っていると思うから。



 けど、時森くんに頼ってもらえることがこんなに嬉しいものだったなんて思わなかった。


 だから張り切って頑張ろう。

 誰かを助けるために、一緒に解決していこう。









 こうして、未だ助けを求める誰かのために、私たちは動き出す。

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