〜回想〜とある少女の過去(3)
私は時森くんに連れられて学校の屋上へとやって来た。
ここに来るまで、時森くんと私の間に一切の会話がなかった。
時森くんは終始苦い顔をしていたが、私は違った。
……だって、やっと会えたんだもん。顔がにやけちゃうのも仕方ないよね。
「ここなら誰も来ないだろう……」
そう言って、時森くんは私の手を離す。
彼の手の温もりが消えることに、私は少し名残惜しさを感じた。
「……で、どうしてお前がここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフだよ!どうして転校なんかしちゃったの!?」
私が必死に問い詰めると、彼は気まずそうにそっぽを向いた。
本当、いなくなったのはそっちじゃない!?
私がどれだけ心配したと思っているのかな!?
「……親の都合だよ」
嘘。
彼の言葉を聞いて、様子を見てはっきり分かった。
1年生の人に聞いた話はおそらく正しかったのだろう。
頬には至る所に痣があり、ちらりと見えた袖元には多くの傷跡があった。
「……嘘」
「……嘘じゃねぇよ」
しかし、彼は否定する。
それが見えを張っているのか分からない。
けど、その言葉が嘘だってことは私には分かってしまう。
「……親の都合なんて嘘なんでしょ?――――上級生と喧嘩したって聞いたよ」
「……ちっ」
彼は知られて欲しくなかったのか、軽く舌打ちをする。
「……私の為?」
私は、彼に核心に迫る質問をした。
彼が見知らぬ人と理由もなく喧嘩するような人には思わない。
……少ししか時森くんとは関わっていないけど、彼が手を伸ばしてくれる優しい人だっているのは分かっている。
だからこそ、上級生と喧嘩したのは理由があるはずなんだ。
その理由は……私しか考えられない。
逃がさない。ちゃんと理由を言って欲しい。
そんな思いを込めて、私は彼の瞳をじっと見つめる。
彼はずっと黙っていたが、しばらくすると観念したのか両手を上げて口を開いた。
「あぁーもう、降参だよ降参!―――――そうだ、俺が転校したのは上級生に喧嘩をふっかけたからだし、それはお前の為にやったことですよ」
「やっぱり……」
やっぱり、私の為だったんだ。
私はその事を聞いて、罪悪感が湧いてきたのと同時に、嬉しく思った。
我ながらなんて酷い女なんだろう。
彼が転校してしまったのは私の所為なのに、私の為にそこまでしてくれたことに思わず喜んでしまった。
けど……だからこそ思う。
「……どうして、私の為にそこまでしてくれるの?」
彼とはほとんど関わりがない。
知り合ったのも、私が自殺しようとした時が初めてだ。
時森くんと私の間には、深い絆がある訳でもない。
……だからこそ、気になってしまう。
どうして私の為にそこまでしてくれるのかを。
「言っただろ?責任はとってやるって」
彼はそう言うと、屋上のフェンスにもたれ掛かる。
「確かに、お前とはそんなに仲がいい訳でもないし、友達でもなんでもない――――けど、あの時お前の命を拾ったのは俺だ」
「……」
時森くんは何も無い空を見上げながら言葉を紡ぐ。
私は、彼が紡ぐ言葉を黙って聞いていた。
「あの時、もしかしたら死んでいた方が楽だったのかもしれない。辛い現実も、これからお前の前に立ちはだかるかもしれない」
確かに、もし違う未来があったとするならば、生き続けていた事で、もっと辛い現実が待っていたのかもしれない。
死んだ方が、楽になっていたのかもしれない。
「けど、そんなお前を俺は『生きていた方が楽しいことが起きる』っていう個人の持論で助けたんだ。……俺の勝手な持論にお前を巻き込んでしまった」
見え方を変えたらそうなのかもしれない。
他人が楽になれるかもしれないという道を、自分の持論を信じ、その道を無理やり変えてしまった。
もしかしたら、その持論が間違っていて、私が死より辛い目にあうかもしれない。
「だから、俺はお前が辛い目にあわないように、いじめている連中に喧嘩をふっかけて解決させたんだ―――――お前に生きていてよかったって、あの時の自分はなんて馬鹿なことをしようとしていたんだろう、って思って欲しくて」
私は時森くんの話を聞いて思わず涙が出そうになった。
彼はどうして他人にここまで本気で向き合ってくれるの?
いじめが起きていても無視すればいいのに、命を助けてくれたことだけでも周りから感謝されることだというのに……時森くんはそこでは終わらなかった。
まだ助けていないと、これから不幸になるかもしれないと、そう心配して私を助けてくれた。
本気で私のことを心配してくれて――――私が不幸にならないように自らの手を汚してしまった。
本当はいけないことなのに……どうしても涙が出そうになる。
「……でも、暴力で解決する以外にも方法はあったんじゃないの?」
私は泣きそうになるのをぐっと堪えて、時森くんにそう聞いた。
私を助けてくれるのは嬉しい。
けど、彼が転校しなくてもいいような解決方法が他にあったのではないのか?
彼が手を汚さずに、彼が傷つかなくてもいい方法はあったのではないのだろうか?
「……そりゃ、他にも色々方法はあったと思うさ……けど――――俺にはこれしか思いつかなかった」
時森くんは自分の手を見てそう呟いた。
「俺って、お前が思っているほどすごいやつじゃないんだよ。1人でできることなんて限られているし、思いついた方法なんてこんなことぐらいだった―――――いや、違うな。……俺にはこれしか出来ないんだ」
時森くんは私の方を見て自嘲気味に小さく笑った。
その表情は、とても寂しそうに、悲しそうに見える。
「所詮、1人で色んな持論を持っていようが、女の子を不幸な目に合わせないように頑張っても………俺にはこの方法しかとれない。自分を傷つけて、相手を黙らせるしか出来ないんだ」
―――――だから、
「今回のことはお前が気にしなくてもいいんだよ。俺の持論にお前を巻き込んでしまって、俺が勝手に解決しただけなんだから」
そう言って、時森くんは私の頭を優しく撫でた。
あぁ……そっか。
彼は、私が思っているほど強くないんだ。
自分の中に強い芯を持っていても、それを守り抜くだけの力が足りない。
人に頼ることもなく、自分で解決しようとするからこそ―――――脆い。
――――だからこそ、
「……うんっ、でも……ありがとうっ」
私は泣きながら彼にちゃんとお礼を言った。
彼には傷ついて欲しくない。
これ以上、他人のために自分を犠牲にして欲しくない。
だから、私が時森くんの傍で支えてあげるんだ。
彼が傷つかなくてもいいように――――――
♦♦♦
あぁ…どうして今昔のことを思い出しちゃうんだろう?
今、望くんのことは思い出したくなかったな……。
「ははっ、いい気味だぜ!」
「ほんと、あんたは濡れている方がお似合いよ」
そう言い残し、私のクラスメイトが立ち去っていく。
私はその後ろ姿を、びしょ濡れになりながら見ていた。
真冬に水をかけられてしまうのは本当に辛い。
私は、校舎裏の壁にもたれ掛かりながら震える体を抱く。
――――ほんと、なんで昔の事を思い出しちゃったんだろう?
私がこんな目あっているから、望くんに助けて欲しかったのだろうか?
また、昔みたいにかっこよく助けてくれることを望んでいるのだろうか?
「………けど、ダメだよ」
そんなことしたら、望くんがまた自分を犠牲にしてまで助けようとするだろう。
望くんはそういう人だ。
他人が辛い思いをしていると、迷わずその手を伸ばしてくれる。
けど、その伸ばしてくれた手はとても傷だらけで、私の手は綺麗なんだ。
だからこそ、私は望くん助けを求めない。
こんな目にあっているなんて知られたくない。
望くんには傷ついて欲しくない……笑って幸せに過ごしていて欲しい。
――――けど、
「……辛いなぁっ…苦しいよぉ……望くん…っ」
私は小さな嗚咽を漏らしながら、膝を抱えて一人で泣いた。
誰にも気づかれないように、小さく、昔のことを思い出しながら。
「麻耶ねぇ……」
そんな彼女の姿を、血が滲むほど強く拳を握りながら、一人の少年が見ていた。
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