違和感に気づいていても

 麻耶ねぇの様子がおかしい。

 そう思い始めたのはここ数日の事だった。


 生徒会室で一緒に仕事をしている時も、本人は明るく振舞っているが、時折瞳に陰りが映ったりしている。


 そして、たまに髪が少し濡れた状態で生徒会室に来るのだ。

 1回ならまだしも、数日の間に何回も続いている。


 その時服も濡れたのか、たまに体操服に着替えて来てたりしていた。


 それに、学校が始まってからというのも1度も俺の家に遊びに来ることがなくなった。

 今までは週2、3でやってくるのだが、ここ1週間は1度も来ていない。


 ……本当に様子がおかしい。


 神楽坂と西条院は気づいていないのか、いつも通りに麻耶ねぇと接していた。

 けど、先輩は違和感に気づいているのか、麻耶ねぇの事を心配そうに見つめていたりしている。


 今の麻耶ねぇの事が心配になり、俺は本人に直接聞いてみたのだが


『別に〜!私は大丈夫だよ〜!』


 と言われてしまった。

 しかし、その麻耶ねぇを見ていると、何故か怯えた赤子が平静を装おうとしているだけにしか見えなかった。


 けど、そう言われてしまえばこれ以上追求できない。

 無理に問い詰めても、軽くあしらわれて余計に追い詰めてしまうだけなのかもしれない。


 だから俺は先輩にも聞いてみることにした。


『何にもないと思うよ少年。気にせず仕事をしててくれ』


 と、先輩は申し訳なさそうに俺に言った。

 何も無いと言うのであれば先輩のその心配そうに見つめる瞳は何なのか?申し訳なさそうに言ったのはなんだったのか?


 そんな事を思ってしまうが、俺は出そうになった言葉をぐっと飲み込む。

 今声を出したら怒鳴り散らしてしまいそうだったから。


「くそっ」


 俺は生徒会室を出ると、階段傍の自販機の近くでこのもどかしさに悪態をついてしまう。


 俺の勘違いなのか?

 あの表情は俺が見間違えてしまっただけだというのか?


 状況を聞きたくても先輩は教えてくれない。

 俺一人が集められる情報なんて限られている。


「……俺の勘違いなのか?」


 勘違いじゃないかもしれない。

 けど、勘違いだと証明できるものや否定できるものが存在しない。


 俺は自販機の横で、誰にもみられないように座り込む。


 俺は無力だ。

 所詮1人でできることなんか限られている。


「西条院と神楽坂や一輝に相談してみるか……?」


 いや、相談してもあまり意味が無いだろう。

 本人達は違和感を抱いていないと思う。

 その違和感の正体を探ってくれとお願いしても、その違和感自体が分からないのであれば無理な話だ。


「……もうしばらくは様子をみよう」


 もう少し時間が経てば違和感がなくなっているかもしれない。

 俺の勘違いで、俺の思いすごしで、明日にはひょこっと元気になっているかもしれない。


 ―――――けど、


 もし、これで麻耶ねぇに取り返しのつかない事になってしまったら?

 このまま麻耶ねぇが傷ついてしまうようなことがあったら?

 そんな事が今も尚続いているとしたら?


「……そしたら、俺が壊してでも何とかしてやる」


 俺は立ち上がり、再び生徒会室に戻る。


 今の俺の顔はどんな表情をしているのだろうか?

 少なくとも、きっと穏やかでは無いだろう。


 俺は、生徒会室に戻るまでにこの表情を何とかして、平静を装いながら生徒会のみんなとの仕事に戻った。



 ♦♦♦



(※陽介視点)


「……どうすればいいのだろうか?」


 俺は小さく誰にも聞こえないように呟く。


 あれから、麻耶の様子はおかしい。

 クラスの友達にも、神楽坂ちゃんや西条院ちゃんにも明るく振る舞っているが、どこか怯えているように見える。


 けど、そんな麻耶の異変にやはり少年は気づいてしまった。

 いや、気づくのは当たり前なのか……何せ、麻耶と少年は長い付き合いなのだから。


 ……様子がおかしくなった原因は分かっている。


 俺がノートを見てしまった日――――新学期初日から、麻耶の様子がおかしくなった。

 ……おそらく、いじめなのだと思う。


 表立っての行動は見受けられないが、きっと裏では麻耶に対するいじめが行われているはずだ。

 俺はそれに気づいた時から、色々と解決しようと動き回った。


 クラスメイトや麻耶にもそれとなく聞いてみたり、クラスで評判の悪い奴らを見張ったりもし、注意を呼びかけたりもした。


 ―――――しかし、誰がやっているのか、いつ行われているのか分からず、麻耶に対するいじめを未だに止めることが出来ない。


 俺は、自分の無力さに思わず唇を噛み締めてしまう。


 ……いや、本当は分かっているんだ。


 俺の力は弱くて解決できないということも、「気にしないで!」と言っている麻耶が、本当は助けを求めていることぐらい。


 麻耶を助けることは少年にしかできない。

 俺はそう思っている。


『麻耶ねぇの様子がおかしいと思うのですが、先輩は何か知りませんか?』


 と聞かれたことがある。

 けど、それに対して俺は知らないと答えてしまった。


 本当に、少年にはすまないと思っている。

 あの、どうにかできないのかと、悔しがる少年の顔を見ると俺の心が削られていくのを感じてしまう。


 分かっている。麻耶を助けたいなら少年に言うのが一番だっていうことぐらい。


 ―――――けど、


『この事は、絶対に望くんには言わないで』


 あの時の彼女の表情を見ると、俺はどうしても少年に言葉を紡げなかった。

 今でも泣きそうで、怖くて怯えた子供みたいな表情。

 そんな表情で麻耶は俺に向かって言ってきたのだ。



「……俺は、どうすれば」


 俺はファイルを棚に戻しながら、小さく呟く。


 このまま俺だけで解決するように動くのか、それとも麻耶を救ってくれるであろう少年に告げるのか。


 そんなことを考えながら、俺はいつも通り作業を進める。






 こうして悩んでいる間にも、彼女は傷ついていくというのに。

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