〜回想〜とある少女の過去(1)

 私は今でも思い出す。

 あの時の苦い過去と、手を差し伸べてくれた温かさを。


 それは私を変えてくれた、人生で1番特別な出来事。

 それは良かったのか、悪かったのか―――――少なくとも、私の記憶に残るほど、その余韻は未だに引きずっている。



 ♦♦♦



「おい、お前!何やってんだ!?」


 1人の少年が、私の腕を強く引っ張る。

 そのおかげで私の体は屋上から身を投げ出すことなく、硬い床へと足を立たせた。


「馬鹿野郎!こんなことしたら死んでしまうだろ!?」


 少年は必死な顔で私を強く怒鳴る。

 歳は同い年か一つ下だろうか?

 少年からはそれくらいの幼さを感じる。


「いいでしょ……私、死にたいんだから」


「はぁ!?―――――お、お前!?手から血が出てるじゃねぇか!?」


 少年は驚き、私の言葉を無視しておもむろに服を脱ぎ出した。

 私はそれを見ても顔色ひとつ変えず、黙って体から温かさが消えていくのを感じつつ俯く。


 少年は着ていた服を勢いよく引きちぎり、私の傷口付近にぐるぐると巻いた。


「クソッ!やっぱり全部は止まらないか!――――おい、行くぞ!」


「……え?」


 その少年は、私が驚いた様子も気にせず、私を無理やり背負う。

 腕から消える温かさを、少年の背中から強く感じる。


(あぁ……暖かいなぁ…)


 私は、少年の温かさを感じながら、不思議と落ち着いた気持ちで意識を失った。



 ♦♦♦



 結局あの後、あの時の少年は私を保健室に連れて行ってくれたらしい。

 おかげで私は先生に応急処置をしてもらい一命はとりとめ、現在は近くの病院に入院している。


 お母さんとお父さんにはこっぴどく怒られ、思いっきり泣かれてしまった。


 ここまで心配されるとは思っていなかった。

 ……私はそんな両親の姿を見て嬉しさと共に、罪悪感を抱いてしまう。


(……やっぱり、どうすればよかったんだろう?)


 死んだらお母さん達が心配してしまう。

 学校側が私の周囲を調査して、いじめがあったか確認しているそうだが、私は現状が変わるとも思っていない。


 結局、退院しても元の日常に戻ってしまうだけだ。

 あの辛い、孤独な日々に。



 ♦♦♦



 入院してからというもの、お母さん達がお見舞いに来てくれている中、1人だけ思わぬ人が遊びに来てくれることがある。


「よぉ!元気にしてるか!」


 少年は両手いっぱいに花を持って私の病室にやってくる。


 そう、あの時私を生かしてくれた少年がお見舞いに来るようになったのだ。

 後から聞いたのだが、少年の名前は『時森望』と言うらしい。

 歳も一つ下で、私の予想が当たってようだ。


「……また来たんだね」


「まぁな」


 時森くんは、無駄に多い花瓶に花を添えていく。

 そして、私の近くの椅子に腰をかけた。


「ところで――――どうだ調子は?元気になったか?」


「……うん、傷口も塞がってきたし、お医者さんがそろそろ退院できるって」


「そっか」


 時森くんは安心したように胸を撫で下ろす。

 彼は本当に私の様態が良くなってきているのを安心しているのだろう。

 ……だからこそ、余計に辛い。


「……でもさ、お前昨日より元気ないよな?どうしたんだ?」


 時森くんは私の顔を覗き込んで再び心配そうな顔をする。

 ……そこには気づいて欲しくなかったなぁ。


「……なんでもないよ」


「嘘つけ。これでもお前の顔は最近よく見てるんだ――――お前が元気がないことくらいすぐ分かる」


 時森くんは私の顔を両手で包み込んで、彼の方へ顔を向けさせた。


「なんでも1人で抱え込んでんじゃねぇよ。こういう時は話してスッキリさせるもんだ」


 ……なんで、彼は私の事を心配してくれるのだろう?

 この人を包み込んでくれるような優しさを、なぜ私に向けてくれるのだろう?


 その事に私は不思議に思ってしまう。

 そして、私は彼の優しさに負け、ゆっくりと口を開いてしまった。


「さっきね、廊下でお母さんが泣いているのを見たんだ……」


 私が少し御手洗に行きたくて、廊下に出ようとした時。

 さっきまでお見舞いに来てくれていたお母さんが、廊下に座り込んで泣いていたのを見てしまった。


「「なんであんなに優いい子がこんな目にあわなくちゃいけないの?」って、ずっと泣いてたんだ…」


「………」


 時森くんは私の話を黙って聞いていた。

 だけど、震える私をそっと安心させるように手を握ってくれている。


「それを見てすごい罪悪感が湧いた……お母さん達をこんなに悲しませてしまったんだ……って」


 私がしようとした事は本当にいけないことなのだろう。

 大事な娘が、親よりも先にいなくなってしまうことが親にとってどれだけ悲しいことか。


 ―――――けど、


「……ねぇ、時森くん?私……どうすればよかったのかな?」


 私は溢れそうになる涙を必死に堪えて、私の話を聞いてくれてる時森くんに投げかける。


「好きでこの顔に生まれた訳じゃないんだよ……?……好きで、みんなからの告白を断っていたわけじゃないんだよ?……ただ、好きって気持ちがわからないだけで……顔がいいってだけで……どうして私はこんな目にあわなくちゃいけないのかな……?」


 そして、溢れる気持ちは涙とともに、止まることも無く流れ始める。


 私が何か悪いことをしたのだろうか?

 顔だって生まれついたものだし、好きって気持ちも理解しようとしても分からないんだ。


 なのに、どうして周りは私の事をいじめて排除しようとするの?


「ねぇ、時森くん……教えてよ?……私を生かしたのは時森くんだよね……?どうすれば良かったのかなぁ……死ぬ以外に、私が辛くなくなる方法ってあったのかなぁ……?」


 私はベッドに座りながら大量の涙を流す。

 その姿を見ても、時森は黙ったままだ。


 しかし、しばらく時間が経って、静寂に包まれた病室に時森くんの声が響く。


「お前がどれだけ辛い思いをしてきたのは分からねぇ。お前が頑張って話してくれても、知ることは出来ても感じることはできない」


 私の思いを聞いて、少年は思った事を口にする。


「けど、これだけは言える。生きていると今よりもずっと楽しいことが起きる。……今は辛いかもしれないが、お前にとって絶対にいい事なんてこの後いくらでも起こるんだ」


 時森くんは立ち上がり、私の髪を撫で始めた。

 彼の手の感触は、沈んだ私の心をそっと暖かく包み込んでくれているようだった。


 それでも、私は涙が止まらない。


「確かに、死んだ方が楽なのかもしれないが、それでも生きて欲しい。お前に辛い思いをさせてまで生かしてしまったのは俺だ」


 ―――――だから、と。


 時森くんは優しい笑みを私に向けると、病室の扉を開く。


「俺が責任もって何とかしてやるよ」



 ♦♦♦



 それから数日して、私は退院した。

 学校も、いつも通り登校することになり、私は重たい足取りで学校へ向かう。


 お母さん達はすごく心配してくれたが、それでも行くしかない。


 私は学校に着くと、思わず体が震え出してしまう。


 ……怖い。怖い。怖い。


 私はそんなことを思いながら教室の前まで着いてしまう。

 そして、勇気を振り絞り私が教室に入るとみんなの視線が一斉にこちらに向いた。


 私は怖くて思わず身構えてしまう。

 何かされるのだろうか?悪口を言われてしまうのだろうか?


 しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に、みんなは一斉に私に詰め寄って来て、心配したり謝ってきた。


「ごめんね!大丈夫だった!?」


「もうあんなことしないから!」


「怪我はもういいの?」


 今にしてみれば見事な手のひら返しだなと思うが、その時の私は嬉しかった。

 いじめの主犯格だった少年少女も、私に必死に謝ってきてくれた。


 あぁ…これで私は大丈夫なんだ……。


 私はいじめが無くなったことに嬉しくなって、休憩時間に時森くんがいる教室へと向かう。


 お見舞いに来てくれた彼に、心配してくれた彼に、助けてくれた彼に。


 この想いを伝えたい。








 けど、どこの教室に向かっても彼の姿は見えなかった。


「今日は休んでいるのかな?」


 私は疑問に思い、思わず横を通った1学年下の生徒に時森くんはどうしたのかを聞いてみる。


「時森くんっていう人は今日はお休みなのかな?」


 すると、話しかけられた生徒は不思議そうに口を開いた。

 知らないのですかと。そう言っているような目をしながら。


「あぁ、時森なら一昨日転校していきましたよ―――――理由は親の都合とか言ってましたけど、多分上級生に暴力を振るったから転校したんじゃないですかね……?」


「――――え?」



 私はその話を聞いて頭が真っ白になった。

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