彼女は過去と向き合い、前へ進む
「え……?まこちゃん……?」
神楽坂は、驚いた声をあげる。
俺達が西条院の部屋に入ると、そこには白いセーターを着たショートヘアの少女が座っていた。
どうやら神楽坂は、彼女がここにいることに不思議に思っているようだ。
「俺が西条院に頼んで、彼女をここに呼んだんだ。多分、この人が昔、喧嘩別れになってしまった人だろ?」
神楽坂は今起きている現状に驚いて、口をパクパクさせている。
「前に進むと言ったんだ―――――まずはしっかり過去に向き合ってこい。……それが、最初に踏み出す、お前の1歩だ」
神楽坂は前へに進むためにここに来た。
まずは過去にしっかり向き合ってもらう。
みんなはお前がいなくなることで嫌いになったりしない。
それを確かめるためには、まずは自分の過去を否定しないといけないんだ。
俺は、必要な舞台を整えた。
「後は―――お前が頑張れよ」
俺はそう言って神楽坂の背中を押す。
神楽坂は1歩前に進み、そして昔の友達へと向き合った。
「本当に久しぶりだね………5年ぶりくらいかな?」
「う、うん……それくらいだね」
2人の会話は少しぎこちない。
神楽坂もよく見たら手が震えている。
……それはそうだろう。
何せ昔喧嘩別れしてしまって、しばらく会っていなかったんだから。
――――けど、神楽坂。前に進みたいんだろ?
「頑張れ、神楽坂。俺が見ていてやるから」
俺は背中越しに神楽坂を応援する。
そうだ、俺が見ていてやる。
お前が頑張る姿を見ていてやる。
だから恐れるな。
しっかりと過去に向き合え。
すると、神楽坂は小さく頷き少女を真っ直ぐに見据えた。
「あ、あのね!まこちゃん!」
そして、意を決して閉ざしていた口を開く。
「私、やっぱりまこちゃんと友達でいたかった!確かにお別れしたのはごめんって思ってるけど……それでもまこちゃんと過ごした時間は楽しかった!まこちゃんが嫌いになってしまっても私は好きだから!――――友達だと思っているから!」
離れていても友達だと思っている。
例え、嫌いと言われても、神楽坂の気持ちは変わらない。
―――友達だと、そう思っているんだ。
「うん………私もね」
少女は神楽坂に近づき、神楽坂の震えている手をとった。
「あの時は本当にごめんね?別れるのが嫌で、悲しくて、ついアリスちゃんに当たっちゃった……あの後、ものすごい後悔した――――どうしてちゃんとお別れを言えなかったんだろうって……アリスちゃんだって好きでいなくなるわけじゃなかったのに……」
そう言って、少女の瞳から小さな涙が浮かび上がる。
「だから、今度こそちゃんと言いたな―――私達、離れてもずっと友達でいてくれないかな?私も、アリスちゃんと過ごした時間は楽しかった。………だから、お願い。私とずっと友達でいてくれませんか?」
「ま、まこちゃん……」
そして、神楽坂の瞳にも涙が浮び上がる。
それは、悲しくて、辛くて浮かび上がったものでは無いだろう。
「……私もっ!私もまこちゃんとずっと友達でいたい!例え離れ離れになってもずっと仲良くしたいっ!だって、まこちゃんのこと好きだから!あの時過ごした時間は、私にとってかけがいのないものだったから!」
そして、浮かび上がった涙は自然と溢れはじめる。
止まることも無く、今まで溜め込んできた気持ちと共に床にこぼれ落ちる。
「……ありがとうっ、アリスちゃん……!」
少女も、神楽坂の姿を見て涙が溢れはじめ、支え合うように抱き合う。
2人は互いに泣きあい、過去の過ちを正し、お互いの気持ちを零し始める。
「……あとは2人で大丈夫そうだな」
「そうですね」
俺と西条院は部屋から出る。
部屋には小さな嗚咽が響いているが、それは悲しいことじゃない。
「良かったな、神楽坂」
これで、彼女は過去に囚われることも無く前に進んでいけるだろう。
喧嘩別れした友達に向き合い、いなくなることで、みんなから嫌われることなんてないと思えるようになっただろう。
俺はその事に嬉しく思う。
神楽坂、これからはしっかり胸を張って前に進んでいけ。
また立ち止まりそうになったら、俺が支えてやるから。
♦♦♦
「お疲れ様です」
そう言って、西条院は俺にコーヒー手渡す。
「おう、ありがとう」
俺は西条院にお礼を言うと、コーヒーを口に含む。
あぁ……あったまるなぁ。
「それで、このお話はどういう結末になったのですか?」
西条院は俺の正面に座り、自分もコーヒーを飲む。
「あぁ、可哀想なお姫様が過去に囚われ、先の見えない現実に怯えていたのだが、勇気を振り絞って前に進む決意をした――――って所かな」
お姫様は過去のトラウマのせいで現実に向き合えなかった。
ありもしない未来に怯え、前に進めずに現実から逃げてしまった。
しかし、お姫様はそれではダメだと、前に進みたいと決意した。
そしてその1歩を、今日彼女は踏み出したのだ。
「あなたは―――――ちゃんとやりたいことはできましたか?」
「あぁ、したいことも、やるべきことも、しっかりとやって来れたよ」
俺の言葉を聞き、西条院は小さく笑った。
俺も、急に訪れた現実に戸惑い、落ち込み、前に進めずにいた。
それを、目の前に座っている彼女に救って貰った。
『あなたはこんな所で立ち止まるような人じゃありません』
そう言って、彼女は背中を押してくれた。
だから、俺も前に進むことが出来たんだ――――そして、誰かを支えようと思えた。
「では、今回のお話はいい結末を迎えたようですね」
「……そうだな。今回は誰もが幸せなハッピーエンドだ」
そう言って、俺も小さく笑った。
「ありがとうな西条院」
俺は今回の俺のお願いを聞いてくれた事と、俺を励ましてくれたことに、改めて感謝を告げる。
「いえ、あなたとアリスの為ですから」
そう言って、西条院は優しく微笑む。
……全く、俺はいい人達に巡り会えたもんだ。
俺はそんなことを思いながら、再びコーヒーを啜った。
そして、今では先程とは違い、西条院の部屋からは楽しそうな声が聞こえてくる。
それを聞いただけで、彼女が前に進めた事が分かってしまう。
その事に、俺は再び嬉しく思うのであった。
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※あと1話!
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