再び、私の物語は動き出す

(※アリス視点)


「待って!お父さん、お母さん!」


 私はドアを開け、みんながいるリビングへと顔を出した。

 時森くんは少し顔を驚かせていたが、お父さん達は入ってきた私をじっと見つめる。


 一瞬、お父さんの気迫に狼狽えそうになったけど、私は我慢してお父さん達を見据える。

 私だって、頑張らないといけないから!


 時森くんは頭を下げて私の為にお願いしてくれている。

 そして、ドア越しに聞こえた時森くんの声。


『アリスは俺の大切な人です。あいつが日本にいたいと言った。前に進みたいと言った。もう後ろは振り返りたくないと言った—―――だから俺はあいつのために支えてやるんです。あいつが前に進むために、笑って過ごせるように』


 嬉しかった。

 本当にまた泣いてしまうほど、時森くんの言葉は私の心に響いていった。


 時森くんが私のためにここまでしてくれたんだ。

 だったら、私も前に進むために頑張るしかない!


「お願い!私を日本にいさせてください!」


 私はお父さん達に向かって頭を下げる。

 しっかりと私の気持ちが伝わるように。


「で、でもねアリスちゃん……親から離れて過ごすなんて大変なことなのよ?」


 お母さんが心配そうに私に声をかける。

 ……そんなの、分かってる。


「大丈夫、分かってるよ。きっと、私が想像している以上に、お母さん達から離れることは苦労するんだと思う」


 ――――――けど、


「それでも、私は日本にいたい。みんなと一緒にいたい、前に進みたい、ちゃんと向き合いたい」


 私は顔を上げて2人を真っ直ぐに見据える。


 そうだ、私は前に進みたいんだ。

 くだらない過去に囚われないで先に向かって1歩踏み出したい。


 背中を押してくれると言ってくれた人がいる。

 怖がらなくてもいいと言ってくれた人が――――私の隣にいる。


 ……だから、今の私は怖くない。


「時森くんには絶対に迷惑はかけない。バイトもしてお金も稼ぐし、家事だって、料理だって覚える―――――だから、お願い!」


 私はもう1回頭を下げる。


「日本にいたい!大切な友達もできた!やっとみんなと心の底から仲良くなれた!毎日が楽しくなってきて―――――好きな人もできたんだよ……」


 我慢していたはずの涙が溜まっていくのを感じる。


「ねぇ、お願いだよ……私から、今ある幸せを取らないで……私だってもう一度前に進みたいから……」


 すると、私の涙の雫は床にポツポツと零れ始めた。

 あぁ…前に進みたいって言ったのに、また泣いちゃったな……。


 しばらくの沈黙がリビングに包まれる。


 けど、その沈黙はお父さんが口を開いたことで破られる。


「2人の言いたいことは分かった――――だが、今の君たちの発言では所詮子供の戯言の範疇から出ない」


 その言葉は、私達の言葉をバッサリ切り捨てるようなものだった。

 ……伝わらなかった。お父さん達からは私が親元から離れるのはダメなのかもしれない。


 それでも、私は頭を下げ続ける。

 この気持ちが届いて欲しいから。


「アリス、今まで家事もしてこなかったお前が独り立ちできるのか?バイトをしながら学業と両立なんてできるのか?」


「する!……始めは時森くんに手伝って貰うことになるけど――――それでも私は前に進むために頑張るから!みんなと、時森くんとずっと一緒にいられるために頑張るから!」


 私がそう言うと、お父さんは時森くんの方を向く。


「君は簡単に住む場所を提供すると言っているが、若い男女がひとつ屋根の下で暮らすんだ―――間違いが起きるかもしれない。今日初めて会った君に娘を任せれると思うのか?」


「確かに、今の俺にはあなた達に信用してもらえる根拠を示せない―――――だから、俺はこの先の行動で示していきます。あなた達の娘さんが幸せになれるように、ずっと一緒に支えます。前に進めるように、俺が背中を押し続けます。間違いが起きたら、私は首をつってお詫びします。……俺は、それくらい本気です」


「………」


 私も時森くんも、しっかりと想いを言葉にしてお父さんに伝えた。

 正直、今の言葉も所詮口だけだ。


 確たる証拠もなしに、口だけで説得しようとしている。

 ……けど、私達にはこれくらいしかできない。


 だから…お願いっ!


「あなた……」


「あぁ………分かっている」


 お母さんがお父さんに目配せをすると、お父さんは小さく頷いた。

 少しだけ考え込むと、やがて口を開いた。


「仕方ない……アリス日本にいさせてやろう」


 そして紡がれた言葉は言葉は、私達のことを信じてくれるという言葉。


 その言葉を聞いて、私は一瞬頭が真っ白になった。

 驚きと、嬉しさが、頭の中でごちゃごちゃになってしまったからだ。


「え……?いいんですか…?」


 そして、時森くんが驚きながらもお父さんにそう聞いた。

 多分、私と同じで、お父さんの言葉に驚いたんだと思う。


「何を驚いているんだ。君たちがお願いしてきたことだろう?」


「そ、そうなんですが……正直、信じて貰えるか怪しかったもので…」


「確かに、私は完全にまだ君を信じたわけじゃない―――――けど」


 お父さんはお母さんに目配せをすると、お母さんは私の元までやってきて、私の頭を撫でた。


「アリスちゃんがはじめてここまでお願いしたんだもの……親として、娘を信じてあげたくなっちゃった―――――それに、アリスちゃんのためにわざわざロシアまで来るような子ですもの、この子なら私達の娘を預けてみようって思ったのよ」


「……お母さん」


 私は嬉しくて、また泣いてしまう。


 認めてくれた、信じてくれた、私たちの思いが届いたんだ……そう思うと、自然に目から涙が零れるのは当たり前だった。


 ……嬉しいっ。

 認めてくれたことに、お母さん達が信じてくれたことに。


「時森くん……」


 お父さんは時森くんを真っ直ぐ見つめる。


「娘は優しくて明るい子だ――――けど、すぐに1人で抱え込んでしまう。……正直君のことは完全には信用した訳では無いが……娘をどうかよろしく頼む」


 そう言って、お父さんは時森くんに向かって頭を下げる。


「はい、任せてください――――必ず、アリスを幸せにしてみせます」


 私はそう力強く頷く彼の姿を見て、胸が高鳴ってしまう。

 胸の鼓動が早くなり、顔が赤くなっていくのを感じる。


 だって…だって、仕方ないじゃん。


「良かったな、神楽坂……」


 私のために日本からロシアまでやって来て、励ましてくれた。

 前に進むお前を支えてやると言ってくれた。

 後は任せろと言って、私を日本にいさせてくれた。


 そんな彼を、私は好きにならないはずがない。


 この胸の高鳴りは、きっと必然で、運命的なものだったんだと思う。


「アリスも、お金のことは気にせず学業や交友しなさい。ちゃんと仕送りはしてあげるから」


「うん……ありがとう、お母さん!」


 私は涙が零れながらも、お母さんに明るくお礼を言う。

 あぁ……ダメだな。まだ涙が止まらないや。


「今日はもう遅い。時森くんは泊まってていきなさい」


「ありがとうございます」


 あぁ…神様。私を彼に出会わせてくれてありがとう。


 こんな素敵な人と過ごさせてくれてありがとう。


 私は、これから彼と一緒に前に進んでいこうと思います。


 ひぃちゃんや、みんなと向き合って、私は成長していきます。


「時森くん……」


 私は立ち上がり、彼の隣に向かう。


「ありがとうっ!本当に大好き!」


 彼に思いっきり抱きついて、溢れんばかりの感謝と想いを伝える。

 ありがとう、本当に大好きだよ。


 結末は自分では決めれなかった。

 終わりだと思っていても、王子様が舞台へと引き上げてくれた。


 私は、まだお姫様になれます。


 ――――神様、見ていてください







 私の物語は、王子様のおかげで再び動き出しました。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ※作者からのコメント


 やっと……ここまで書けたぞーーーーー!

 読んでくださった皆さん、お付き合いしてくれてありがとうございます。


 アリス編完結まで後2話!

 頑張りますので応援よろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る