彼女のために支えてあげたいから

 玄関から二人の声が聞こえた。

 俺は神楽坂の部屋から出て、玄関へと向かう。


 すると、そこには神楽坂と同じ銀髪をした女性と、同い年ぐらいの日本人の男性がいた。 

 きっと、神楽坂の両親だろう。


 玄関に現れた俺に二人は驚くと、怪しむように口を開いた。


「……君は一体誰だい?」


 一瞬、男の方から強いプレッシャーを感じ身を竦めてしまったが、臆することなく俺は二人にあいさつする。


「オーチニ・ブリヤートナ。私は神楽坂————娘さんのクラスメイトの時森望です」


「まぁ!アリスちゃんのクラスメイトさんなの!」


 俺が自己紹介すると、口に手を当てて女の人が明るい声で驚いた。


「突然訪問してしまって申し訳ございません」


 俺は少し頭を下げて謝ると、女の人は少し慌てる。


「いいの!気にしないで!」


「しかし、こんなところにアリスのクラスメイトが来るとは————立ち話もなんだし、中に入ろうじゃないか」



♦♦♦



「いやー、こんなところまでよく来たね。ここまで来るなんて大変だっただろう?」


「えぇ、まぁ……」


 俺は出された紅茶をすする。

 あの後、さっきとは違い神楽坂の部屋ではなくリビングに通され、こうしてテーブルをはさむような形で座っている。


「あぁ、自己紹介が遅れたね。私はアリスの父で神楽坂幸雄という。気軽に下の名前で呼んでくれ」


「同じく母のセリアで~す!呼び方は何でもいいわよ~」


 そう言って、二人は俺に向かって自己紹介をする。


 少し話してみたが、二人は神楽坂と同じで明るい雰囲気を醸し出していた。

 特にセリアさんの方はかなり似ている気がする。


「それにしても、どうして急にここにやって来たんだい?日本から気軽に遊びに来れる距離ではないだろう?」


 幸雄さんは不思議そうに質問する。

 

 まぁ……当たり前の反応だろうな。

 こんなところに気軽に来れるのは、それこそ西条院くらいなのではないだろうか?


「そうですね……何の挨拶もなしにいなくなった娘さんに文句を言いに来た————ってところですかね」


「えっ!?」


 俺は紅茶をすすりながら二人に向かって口にした。

 すると、セリアさんから驚きの声が漏れた。

 

 それはそうだろう。

 娘が何の挨拶もなしに引っ越してしまったんだから。


 二人は結構前から引っ越すことは伝えていたので、まさか娘がだれにも話していないとは思わなかったのだろう。


「ごめんなさいね……娘が何も言わないで引っ越しちゃって」


 セリアさんは頭を下げて俺に謝る。


「それはもう大丈夫です。今、部屋の中にいる神楽坂には言いたいことはい言いましたので……」


「そうか……」


 幸雄さんは重たい呟きを漏らす。


「後で私の方からアリスには言っておこう」


「いえ、本当に気にしないでください」


 もう、二人が気にするようなことではない。

 言いたいことは言った。聞きたいことはもうすべて神楽坂から聞いた。

 

 後は———


「この話はここまでにしましょう—————お二人にお話があります」


 俺は持っていたティーカップを置き、真面目な表情で二人に向かって話を切り出す。


 ——―—さて、ここからが本番だ。


 俺のすべきことをしようじゃないか。



♦♦♦



「話というのは?」


 俺の表情を見てからなのか、二人は真面目な表情をして俺を見る。

 

「単刀直入に言います。神楽坂を————アリスを日本で過ごさせてやってください」


「え?」


 セリアさんは驚きの声を上げる。

 一方で、幸雄さんは驚くこともなく表情を変えずに俺の言葉を聞いていた。


「……どういうことだい?」


「言葉通りの意味です。ロシアでの生活ではなく、今まで通り日本で生活させてあげてください」


 急に、幸雄さんのトーンが少し低くなる。

 しかし、俺は構わずそのまま言葉を続ける。


「彼女は日本で多くの友達ができました、親友と呼べるような人もできた————今まで仮面をかぶっていた彼女も、今ではありのままの自分で過ごしていけるようになったんです。だから……お願いします」


 俺は二人に向かって頭を下げる。


 ようやく彼女は本心でみんなと過ごせるようになってきた。

 外面のかわいい神楽坂ではなく、ありのままの神楽坂になれたんだ。


 そして、彼女は自分で前に進みたいと言った。

 ここにいると、彼女はまた立ち止まってしまう。

 

「君は自分が何を言っているのか分かっているのかい?親元から離れさせ、日本に娘を一人置いていく……君はそう言ったんだよ?」


 強いプレッシャーを幸雄さんから感じる。


 ……当たり前だ。

 見ず知らずの男が娘と離れさせ、別々に暮らせと言っているのだから。


 普通に考えれば、「馬鹿を言うな」と言って怒られるだけだろう。

 それでも、俺はこの意見を二人に通したい。


「はい、分かっています」


 だから俺は臆することなく、肯定する。

 自分の意見は何の間違いはないのだと。


「私たちだって、アリスちゃんには悪いと思っているのよ……でも」


 セリアさんは申し訳なさそうに、言葉に詰まりながらも俺に言う。


「大人の事情で悪いとは思うが、まだ子供なのに娘を一人置いていくなんてできるはずがないだろう?」


 当然だ。

 まだ神楽坂は俺と同じ高校1年生。


 親元を離れる年齢にしては若すぎる。

 一人で過ごさせるなんて親からしてみれば心配に決まっているのだ。


「それでも……あいつを日本にいさせてあげてください」


 分かっている。それでも、俺は神楽坂を日本で過ごさせてやりたいのだ。


「そうは言うが、もう前の家は引き払ってしまった—————住む場所はどうする?」


「俺の家で過ごさせます。……俺は一人暮らしです。部屋もいっぱい余っています」


 俺の家は親が残してくれた一軒家だ。

 昔、家族民で済んでいたこともあるので、女の子一人ぐらいはしっかり住めるようなスペースもある。


「食事はどうする?アリスは自慢ではないが、料理はできないんだぞ?」


「俺が作ります。体を壊さないように、栄養面も考えます」


「お金はどうするんだ?」


「俺があいつの生活費を払います」


 幸い、俺には貯金がたくさんある。

 それなりに神楽坂一人不自由に過ごさせないような貯えはあるはずだ。

 もし、足りなかったらバイトでも何でもしてやろう。


「……」


 俺は幸雄さんの言葉に臆することなく言い放つ。

 すると、幸雄さんは俺の言葉を聞いて黙ってしまった。


「……本気なの?」


 セリアさんは、幸雄さんとのやり取りを聞いて俺にそう言いてきた。


「本気ですよ————俺はあいつが日本にいられるのなら……どんなことだってします」


 俺はセリアさんの目をまっすぐに見つめる。

 

 そうだ、俺は彼女のためになら何でもやってやろう。

 神楽坂が困らないように住む場所も、食事も、生活費も俺がすべて与えてやる。


 それぐらいの覚悟は、二人にお願いする前にできている。


「……何故アリスを日本にいさせようとする?君の声を聞いていれば本気だっていうのは伝わってきたよ————だからこそ、君はどうしてアリスのためにそこまでするのかい?」


 幸雄さんは閉じていた口を開く。


 ……何故?どうして?

 

 そんなの、決まっている。


「アリスは、俺の大切な人です。あいつが日本にいたいと言った。前に進みたいと言った。もう後ろは振り返りたくないと言った————だから、俺はあいつのために支えてやるんです。あいつが前に進むために、笑って過ごせるように」


 俺は二人の顔を見据えて、俺の気持ちを口にする。


 神楽坂は俺にとって大切な人だ。

 恋人でもないし、親友でもないけど————笑っていてほしいと思える……そんな人だ。


 だからこそ、俺は彼女の支えになりたいと思った。

 そんな彼女が、やりたいことを俺にしっかり伝えてくれた。

 一歩踏み出したいのだと、前を向いて笑いたいのだと———そう伝えてくれた。

 

 だったら、俺は俺にできることをやろう。


 神楽坂のために、俺が好きなあいつでいてもらえるように。


「だからお願いします!あいつを日本に居させてやって下さい!」


 俺は椅子から立ち上がり、二人に向かって頭をいっぱいに下げる。

 しっかりと、俺の気持ちが伝わるように。


「二人の気持ちも分かります。娘が離れた場所で過ごすことに心配になるのは親として当たり前です」


「「……」」


「もし、あいつが不幸になるようなら俺が文字通り腹を切ってお詫びします!どんなことをしてでもあいつを俺が幸せにしてみせます!」


 俺は二人の顔も見ずに必死に言葉を続ける。

 

「あいつは自分で前に進みたいと言ったんです!みんなと居たいって、涙を流しながら自分の口で言ったんです!————そんなあいつを、俺は支えてやりたい!」


 だから————


「お願いします!あいつを———アリスを日本にいさせてあげてください!」


 俺は自分の気持ちを伝え終える。

 けど、しっかりと伝わるように、俺は頭を下げ続ける。


 二人は俺の言葉を聞いて黙っている。

 何を考えているかわからない。


 もしかしたら、子供の戯言だ、そんなの口だけに決まっている————そう思っているのかもしれない。


 けど、それでも俺は頭を下げることしかできない。

 俺には、これ以外に二人に伝える手段なんてないのだから。


「時森くん、君の言いたいことは分った」


 一時の沈黙を破り、幸雄さんが口を開く。

 俺は何を言われるかわからず、体が強張ってしまう。


「君は————」


「待って!」


 幸雄さんが言葉を続けようとすると、後ろから違う声が聞こえてくる。


 俺はその声のもとへと振り返ると、そこには目を腫らしている神楽坂の姿があった。


「待って、お父さん、お母さん!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


※作者からのコメント


何か今回は真面目な話ばかりな気がします……。

あぁ、ギャグも書かないと…。


それとは別に、皆さん応援コメントありがとうございます。

そのおかげで、モチベも下がらず書くことができました!


さて、クリスマス編終了まであと少し———これからもよろしくお願いします!


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