私は現実に怯え……傷ついていく
「私ね、ひぃちゃんと出会う前————小さい頃凄く仲のいい友達がいたんだ」
2人きりの空間で神楽坂の声と、時計の針の刻む音が聞こえる。
「いつも一緒にいて、笑ったり泣いたり、遊んだり—————本当に楽しかった」
神楽坂は懐かしむように言葉を続ける。
多分、本当にその少女とは仲が良かったのだろう。
神楽坂の声からはそんな風には感じる。
「その時に約束したんだ————『ずっと一緒にいようね』って」
「………」
「けど、お母さんの都合で急に引っ越さくては行けなくなって、ちゃんとお別れをしようって………そう思って、その子にお別れの言葉を言ったんだ」
神楽坂の声のトーンが徐々に沈んでいく。
そして、少し悲しそうに、傷ついた過去を掘り返すようにその先を口にする。
「そしたら、その子にこう言われちゃった」
『どうして!?ずっと一緒にいるって約束したのに!?』
『嘘つき!アリスちゃんの大嘘つき!』
『もう大っ嫌い!あなたとなんか絶交してやるっ!』
「………」
俺は神楽坂の話に口を開かない。
その時の神楽坂は好きで引っ越したかったわけじゃないのだろう。
けど、子供にはそんな大人の事情なんて理解出来ないのだ。
だから、その子は神楽坂の別れに対して、きっと裏切られたような気持ちになったのだ。
「……結局その後、その子とは会えなくて引っ越ちゃった—————その時の私は本当に苦しかったなぁ」
神楽坂は辛そうに、当時の自分を振り返る。
きっと、ちゃんと仲良くお別れ出来なかったことや、そんな言葉を言われたこ と————それらが当時の彼女には辛かったのだろう。
「それからかな……『もし次にみんなとお別れしちゃったら、同じこと言われるのかな?』って思い始めたのは」
「………」
「……分かっているよ、みんなはそんな事言わない人だって。けど、頭で思っていても、どうしても怖くなっちゃうんだ—————みんなに嫌われちゃったらどうしようって」
それは、きっと彼女のトラウマの所為だ。
頭では理解していても、どうしても不安が残る。
俺達に「そんな事を言われたらどうしよう?嫌われちゃったらどうしよう?」と、どうしても考えてしまったのだろう。
「だから……私はみんなに————ひぃちゃんや時森くんに言えなかったんだ。嫌われたくなくて、あんな事を言われたくなくて………逃げたんだ」
神楽坂はひとしきり言い終わると、ゆっくりと顔をあげる。
その顔はどこか怯えている小さな子供を見ているようだった。
結局は彼女は勇気を振り絞ることが出来なかったんだ。
過去のトラウマを引きずり、起こることの無い現実に怯えて、伝えることが出来なかった。
「なぁ、神楽坂……」
俺が声をかけると、神楽坂は少しだけ怯えるような表情をした。
しかし、そんな彼女を無視して言葉を続ける。
「俺はお前がどんな辛い思いをしたのか分からない。今お前がどんな気持ちでいるかも分からない—————けど、一つだけお前に言ってやる」
何も気づかない、ちゃんと周りを見ていない彼女に、俺は……俺の思っていることを口にする。
「俺はお前が嫌いだよ」
♦♦♦
(※アリス視点)
「俺はお前が嫌いだよ」
私はその言葉を聞いて、鈍器で頭を殴られたような気分になった。
その言葉に冗談の色は含まれておらず、彼は本気で言ったのだろう。
だからこそ余計に辛かった。
昔の友達に言われた時よりもずっと。
「現実を見ないで過去ばっかに囚われたお前が、周りを見ないで自分勝手に動くお前が————俺は嫌いだ」
私は思わず泣きそうになる。
覚悟はしていた。
黙っていなくなった私に怒るのは当たり前で、嫌われるなんて覚悟していたはずなのに……。
彼に言われると、こんなにも辛い気持ちになるだなんて思ってもいなかった。
「俺達はお前がいなくなるだけで、責めるようなやつだと思うか?俺も麻耶ねぇもクラスの連中も、そして西条院も————そんな奴に見えるか?」
違う、みんなはそんなことは言わない。
仲良くなったみんなは優しくて、私のことをちゃんと見てくれて、私を励ましてくれる。
そんなみんなが、責めるようなことを言うとは思わない—————けど…
「何故お前は、決まってもない現実に怯える?未来なんて誰にも分からないはずなのに————けど、進まなきゃ何もわからず過去に捕われるだけなんだぞ?」
分かっている…分かっているけど………。
「お前は負けたんだよ。ありもしない現実に、ただ背中を向けて逃げたんだ」
「時森くんに何が分かるのっ!!!」
私は彼の言葉を聞いて思わず叫んでしまう。
限界だった。
私の中の気持ちの堤防は、ヒビが入り、そして決壊する。
「分かってるよ!みんながそんなことを言わないことくらい!みんなが優しい人だってことくらい!」
口から溢れ出した気持ちは止まらない。
ただ、彼に向かって吐き続けるだけだった。
「時森くんに私の何が分かるの!?あの時言われた時の辛さや、私がどんな思いをしてみんなから離れたか!」
彼は真面目な顔で私の話を黙って聞いている。
「怖いに決まってるじゃん!もし言われたら私はまたあの時の辛さをもう一度味わなくちゃいけない、嫌われるかもしれない!……けど、しょうがないじゃん!私だって好きでみんなから離れたわけじゃないんだよ!?」
叶うことならずっと一緒にいたい。
けど、どうしてもその願いは叶わなくて、私は1人辛い気持ちになるかもしれない現実から目を背けてしまった。
「やっとみんなと本当の意味で仲良くなれたし、毎日が楽しくなってきて……そして、好きな人ができたんだよ……」
私の頬から温かいものが流れていくのを感じる。
「何で……分かってくれないの……あんなに私のこと見てくれたじゃん……」
それはやがて小さな嗚咽に変わる。
あぁ、ダメだ。
私はこれ以上、耐えられない。
気持ちをさらけ出しても、私の気持ちが晴れることは無い。
ただ、余計に胸が苦しくなるだけ。
そんな私の言葉を聞いても、彼は黙っている。
……もう、これ以上時森くんと話したくない。
————本当に、心が傷ついていくだけなんだ。
「神楽坂……」
けど、そんな私の気持ちを無視して、彼は言葉を紡ぐ。
やめて……これ以上私を傷つけないでよぉ……。
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