落ち込んでいる姿は、あなたには似合わない
(※柊夜視点)
「ふふっ、今日はいい天気ですね」
私は今、近くの公園に向かって歩いています。
今日はクリスマス。
町中が彩りで賑わいながら、活気を見せている。
「はぁー」
私は小さく息を吐く。
吐いた息は白く、思わず手をこすってしまう。
現在朝10時前。
今日は時森さんとデートの日。
本人はデートというより、多分買い物の付き添いくらいにしか思っていないかもしれないが、私にとってはこれがデートなのだ。
私はその事を思うと、浮かれてしまい思わず笑みがこぼれてしまう。
————いけません、あまり浮かれすぎると時森さんにからかわれてしまいます。
私は浮かれる気持ちを抑え、住宅街を歩く。
そして、しばらく歩くと待ち合わせ場所の公園まで到着した。
ちらりと携帯の画面に目を落とす。
時間は———ちょうど10時ですね。
私は公園の周りを見渡し、時森さんの姿を探す。
すると、公園のベンチに座っている彼の姿が見えた。
私は彼を見つけると、思わず胸が高まるのを感じる。
ふふっ、時森さんの姿を見ただけで喜んでしまうなんて……恋って凄いですね。
私はそんなことを考えながら少し小走りで彼の元に向かう。
しかし、私は近くまで来ると、彼の雰囲気に違和感を覚えた。
「時森さん……?」
時森さんは厚手のコートに黒いジーンズ、そしてグレーのマフラーをしていて、とても……か、かっこいいのですけど—————少し様子が変だ。
「お、西条院か」
彼は私に気づき、声をかけた。
その声も、どこか沈んで聞こえる。
「え、えぇ……お待たせしました」
私は、その雰囲気に少し戸惑ってしまう。
………どうしたのでしょうか?
まるで、突然訪れた現実を受け入れることが出来ず、落ち込んでいるようだった。
「時間もピッタリだしな————じゃあ、行くか」
時森さんはそう言ってベンチから腰をあげる。
彼は私に気づかれないように、普段通りの振る舞いをする。
しかし、私からしたらその反応は空虚なものに見えた。
「……何か、ありましたか?」
「いや、何もないさ」
私が心配して声をかけると、彼はなんでもないと小さく否定する。
……はぁ、全く。時森さんは分かりやすいですね。
「あなたの雰囲気を見れば、何かあったのはすぐ分かりますよ」
「だから何でもないって」
彼は少しだけ苛立った様子で否定する。
しかし、私は引き下がりません。
彼が話してくれないと、落ち込んだまま時森さんデートをすることになってしまいます。
それではせっかくのデートも楽しくない。
だから私は彼の目をじっと見つめ、真面目な表情で彼に問う。
「話してくれるまで、私はここから動きません————何があったのですか?」
彼は私をじっと見つめる。
それは折れて欲しいと願っているように見えたが、私は引き下がりません。
しばらくして、彼は小さくため息を吐いた。
「はぁ……分かった、話すよ。—————全く、お前には適わねぇ」
彼は肩を少し下ろし、降参したかのように両手を上げた。
ふふっ、時森さん私に勝てるなんて100年早いですよ。
彼は上げた腰を再びベンチに下ろした。
それに続いて、私も時森さんの隣に腰を下ろす。
それを時森さんが横目で確認すると、小さく口を開いた。
「実は————」
♦♦♦
「………そうですか」
私は、彼の話をじっと、黙って聞いていました。
アリスと2人でデートをしたこと、アリスに告白された事、そして————アリスがいなくなった事。
私は彼の話を聞いて凄く驚きました。
アリスは私にそんな事を話してはくれませんでしたし、どうして話してくれなかったという怒りも込み上げてきます。
—————けど、それと同時に私は彼に少し怒りを覚えた。
「……あなたは、何を落ち込んでいるのですか?」
「……え?」
彼は少し驚きの声をあげる。
まさか私にこんなことを言われるとは思っていなかったのでしょう。
……あなたの事を見ているんですから、それくらい分かりますよ。
けど、あなたが落ち込んでいる姿は—————私は嫌いだ。
「アリスに告白の返事が出来なかったからですか?アリスがいなくなって寂しいからですか?黙ってどこかに行ってしまったことですか?」
「………」
時森さんは私の言葉を黙って聞く。
図星なのか、思っと通りに言葉が出せないのか分かりません。
「多分、全部なのでしょうね。……落ち込んでいる理由も私には分かります」
けど—————、
私は立ち上がり、俯いている彼の顔を思いっきり両手で叩いて顔を覗く。
彼は驚いて目を白黒させているが、私は構わず言葉続ける。
「けど、あなたはそこで止まる人間ではないでしょう?」
そう、彼はどんな時も構わず前に進んで行ける人だ。
困った様子もなく、いつも笑って、自分の中に強い芯を持っていて、いつもみんなを引っ張っていける————そんな人だ。
「あなたはいつも目標のために弱音も吐かず、しっかり前に進んでいける。他の人が困っていると、無茶をしてまで助けてくれる」
「………」
「でも、あなたはどうして落ち込んで立ち止まっているのですか?あなたは急な現実に負けるほど、弱くはないでしょう?」
そうだ、私が1人無理をして倒れてしまった時も、私のために後も考えずに行動してくれた。
そんな彼が、落ち込んでいるなんて似合わない。
「あなたが受け止めきれない現実に落ち込んでいるのも分かります。私だって、アリスがいなくなったことにショックを受けています。ですが————」
私は彼の顔に近づき、彼の目をじっと見据える。
「あなたはどうしたいのですか?アリスが黙っていなくなってしまったことや、告白されたことに対して、あなたはこのまま黙っているのですか?」
私は、彼の本心に問いかけるように言葉にする。
本当はどうしたいのか、どういう結果にしたいのか。
私はそれを彼の口から聞きたい。
「俺は……」
そして、彼はゆっくり自分の中にある答えを探すように口を開く。
「……俺は、神楽坂が黙っていなくなった理由を聞きたい、これからの新しい生活を笑って見送ってあげたい、そして—————俺の想いをしっかりと神楽坂に伝えたい」
彼は自分の気持ちを、何をしたいかを自分の中で探り、しっかりと言葉にした。
多分、きっとこれは彼の本心なのだろう。
私は、しっかりと言葉にしてくれた彼をそっと優しく抱きしめ、頭を撫でる。
「ちゃんと分かっているじゃないですか……」
私は彼が言葉にしてくれたこと、そしてちゃんとやりたいことを見つけてくれたことに嬉しく思った。
私は彼の頭を撫でながら言葉を続ける。
「落ち込むな、とは言いません。誰だって、急に訪れた現実に負ける事だってあります。けど———あなたはそこで立ち止まるような人じゃない」
人は急に受け入れ難い現実に驚き、焦り、戸惑い、そして落ち込む。
しかし、誰だってそこから前に進むことは出来る。
受け入れ難い現実に抗い、理解し、受け入れ、そして前に進める。
彼には、笑いながら抗って、理解して、強く前に進んで欲しい。
こんなことで落ち込んでどうする、俺にはまだ出来ることがあるんだと、いつもみたいに無茶をして、誰かを救って欲しい。
—————きっと、アリスは彼からの助けを求めている。
長年友達として接してきた私にも黙っていなくなったぐらいだ。
きっと、アリスなりの理由があるに違いない。
「だから、あなたは前を向いて抗ってください。そして、自分が今何をしたいか、何をするべきか考えて、行動してください—————私の好きな人はこんな所で落ち込んでいるような人じゃありませんよ」
そう言って、私は彼からのそっと離れる。
彼の表情は少し驚いていたが、すぐにいつもの彼に戻っていった。
「………そうだよな、俺は何を落ち込んでいたんだろうな—————やりたいこと、すべき行動なんて分かっていたはずなのに……」
彼はそう言うと、立ち上がり私に向かって口を開く。
もう、先程の落ち込んだ姿の時森さんではなく、いつもの、逞しくて、頼りになる……かっこいい姿に戻っていた。
………焚き付けておいて、少し妬けてしまいますね。
彼が向けている相手は私ではない。
でも、それでも私は今の彼の姿を見て嬉しく思う。
————だってこれこそ、私の好きな人なんですから。
「悪いな西条院。ちょっとやりたいことができた」
「はい」
彼は私を見据えて、己がすべきことに向かって進んでいく。
「今日の埋め合わせは絶対にする」
「はい、倍にして返してください」
「ははっ、それは大変そうだ」
彼はいつもと変わらない笑みを漏らす。
……もう、私が背中を押す必要もありませんね。
「だからさ、西条院————」
彼はやりたい事を、そして、自分が何をすべきかを自分で見つけた。
……ここからは彼に任せましょう。
私が出る幕は、もう少し後で構いません。
「————あいつが今いる住所を教えてくれ」
「………はい」
全く……貸一つですよアリス。
こんな彼を今だけあなたのためにお譲りします。
私に向けて欲しい気持ちも、今はそっと心にしまっておく。
今だけは、アリスのために前に進む彼を見て、私は満足しておきますから。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※追記
まだまだ終わらせませんよ!
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