デートの終わり、想いを告げ、そして———

(※アリス視点)


 楽しい時間はあっという間に終わる。

 私はその事に今日ほど嫌に感じたことは無い。


 デートも終わり、辺りは日は沈みかけ、私達は手を繋ぎながら帰路に着いていた。


「結局、1日中水族館にいたなー」


 横で彼の声が聞こえる。

 彼はきっと今日1日を振り返っているのだろう。


「ごめんね…私が水族館に居たいって言ったばっかりに…」


 私はその事に申し訳なさを感じる。

 多分、水族館のチケットを予め買ってくれていたことを考えると、今日のプランは考えてきてくれていたんだと思う。

 ……それが私の所為で台無しになってしまった。


 うぅ…楽しんでしまった私のバカッ!


「おっと、別に責めているわけじゃないぞ?俺だって楽しかったし、それに————」


 時森くんは私の頭を優しく撫でる。


「俺にとっては神楽坂が楽しんでくれるのが1番なんだよ」


「————ッ!?」


 私は彼の言葉に思わずドキッとしてしまう。


 ……やっぱり、時森くんは優しいなぁ。


 私の中でこの感情がどんどん膨れ上がっていくのを感じる。


 こんな彼とずっと一緒にいたい。

 一緒に笑っていたい。もっとお喋りしたい。また頭を撫でて欲しい。ずっと私を見てほしい………。


 —————けど、それももうすぐ終わり。


 この時間が続いて欲しいと願っていようが、時間は勝手に進んでいくのだ。


 私達はしばらく無言で歩き進め、やがて私の家の前まで到着する。


「着いたな」


「……そうだね」


 私はこの家に帰ってくることが残念で仕方なかった。

 もうちょっと遠いところにあれば、あと少しだけ彼と一緒にいられたのに。


「今日はありがとうな……その、俺デートとか初めてだったけど……楽しかった」


 時森くんは少しだけ恥ずかしそうにお礼を言う。


 ……違う、違うよ。

 お礼を言うのは私の方なんだから。


「私も…今日は楽しかったよ」


 私はできるだけ明るく振る舞う。

 その言葉は終わりの言葉と分かっているから、余計に心が苦しい。

 けど、彼に勘づかれないように平静を装う。


「じゃあ、あんま立ち話もあれだし、俺帰るわ」


 そう言って、彼は私から手を離し、笑顔のまま私に背を向ける。

 ————私の手から、彼の温もりか消えていく。


「待って!」


 私は彼の腕を慌てて掴む。


 まだ、まだ私はちゃんと言えてない!

 この溢れる気持ちを、まだ言葉にできていない!


「ど、どうした、神楽坂?」


「……あのね、時森くん」


 私は驚く彼に向かってゆっくりと言葉を紡ぐ。

 この溢れる気持ちを、しっかり言葉にできるように。


「私の目標って覚えてる?」


「あ、あぁ……『彼氏を作る』だろ?」


「うん、そうだよ」


 始まりは時森くんが告白の練習をしている時に、私達が覗いてしまったこと。

 それから、私の物語は進んでいったんだと思う。


「————あれ、私やめるね」


「は?」


 彼は驚きの声を上げる。

 それはそうだ、私が急にこんなことを言ったんだから。


 けど、この物語にはハッピーエンドなんてなくて、結末は分かりきっている。

 そんな物語に、これ以上時森くんを付き合わせる訳にはいかない。

 あと、ひぃちゃんにも麻耶先輩にも、本当に申し訳ない。


 ………だって、私の物語はここで終わりなんだから。


 それを、今日のデートで思い知らされた。


 「あぁ、ダメだ。彼との時間を、私の我儘で奪っちゃいけないんだ」って。

 だって、私は時森くんから十分、思い出を貰ったんだから。


 だから、この立ち位置はひぃちゃんと麻耶先輩に譲らなくてはいけない。

 2人と、同じ土俵になんて立つことなんて出来ないんだから。


「ねぇ、時森くん—————」


 私は大きく深呼吸し、物語を結末に向かわせるため、最後になるであろう言葉を紡ぐ。


「私は、時森くんのことが好きです」


「……え?」


 時森くんは一瞬呆ける。

 けど、そんな彼を私は無視して言葉を続ける。


「あなたの中身を見てくれるところが好きです。みんなが外だけの私を見ていた中で、あなただけが私を見てくれた。あなたの優しいところが好きです。誰のためにだってしっかりと手を伸ばせるその性格が。あなたの心が好きです。自分の心を信じていて、それを曲げないあなたの心が————」


 私が告白されて、襲われそうになった時、それはダメだと助けてくれたこと。

 私の頑張りをしっかり見てくれて、すごいと褒めてくれたこと。

 私のいい所も悪い所も理解して、落ち込んだ私を慰めてくれたこと。


「好きなんです。—————私は、そんなあなたのことが大好きです」


 私は溢れるこの気持ちをしっかりと言葉にした。

 そんな私の言葉を、彼は黙って聞いてくれた。


 この物語の王子様は間違いなく彼だ。

 強くて、かっこよくて、優しくて、お姫様を救ってくれる————そんな王子様。


 けど、王子様と私が結ばれることは無い。


 私がお姫様になるには、あまりにも無謀すぎた。


 それでも、私は彼にこの思いを伝えたかった。

 大好きだと、今までありがとうと、感謝の気持ちを好きと一緒に伝えたかった。


「お、俺は———」


「ダメ、それ以上はダメだよ」


 私は彼の口に手を当てる。

 これ以上、彼の口から言葉の続きを聞きたくない。


 返事が聞かせて欲しい訳でもない。

 ………だって、答えは分かりきっているから。


 きっと時森くんはまだ私のことを友達としてにしか思っていないだろう。

 だから、せめてそれ以上の言葉を聞かせて欲しくない。


 フラれてしまうと分かっているとしても、このまま王子様との楽しい思い出だけ残して、結末に向かわせて欲しかった。


「返事はいらないよ、欲しくて言ったわけじゃないから………その代わり————」


 私は押さえた手を離し、少しだけの背伸びをして


「————ッッッ!?」


 そっと触れるだけのキスをした。

 唇に、彼の暖かい感触が伝わってくる。


「ふふっ、……これは私のファーストキスだよ。これだけ受け取って欲しいな」


 私はそう言って、彼の唇からそっと離れる。


 彼は目を白黒させた。

 ふふっ、驚いてるね。……ちょっと可愛いな。

 私の初めてだもん、それぐらいの反応してもらわなくちゃ。


「じゃあね、本当に……ありがとう」


 私は彼の反応を見ることはせず、そのまま玄関のドアを開け中へと入る。


 ……きっと、彼はまだ外で呆けているだろう。

 でもダメ、これ以上彼と一緒にいると、私は彼を求めてしまう。


「あーあ、これで終わりかぁ……」


 私は玄関のドアを閉め、もたれ掛かりながらしゃがみこんだ。

 そして、終わりを寂しがるように私の口からそんな言葉が漏れる。


「本当に…今日は楽しかったなぁ………ひっぐ……うぅ…」


 すると、私の目から涙がこぼれる。


 ……思い出すのは彼と一緒に過ごした時間。

 彼と一緒に居ると楽しかったし、とても心地よかった。


 笑った顔も、真面目な時の顔も、ふざけた顔も、どれも好き。

 そんな時森くんの顔を思い出すだけで、私の涙は止まることなく流れ続ける。


「ちゃんと覚悟をしたつもりだったんだけどなぁ……」


 小さな嗚咽が玄関に響く。

 誰に声をかけられることも無いまま、私は1人泣き続けた。



 これで、私の物語は終わり。

 これ以上先に進むことも無く、幕を閉じたのであった。



♦♦♦



 昨日はどうやって家に帰ったか分からない。

 俺は神楽坂と1日デートをして、無事家に送り届けた。


 そして、彼女から好きだと告白され、それから————


 俺は重い瞼を持ち上げ起き上がる。

 昨日はロクに眠れなかったので、まだ眠い。


 俺は眠ることもせず、昨日の出来事をずっと考えていたのだ。


 昨日、俺は人生で初めて告白された。

 好きだと言って貰えた時は呆けてしまったが、もちろん嬉しかった。


 しかし、それに対して俺は返事をすることが出来なかった。

 別に答えが出ている訳でもない。


 今まで、俺は彼女を作ることを目標に行動してきた。

 しかし、それが神楽坂の場合だとどうなるのか?


 神楽坂は今まで友達だと思ってきた。

 もちろん告白されるとは思っていなかったし、好きかと聞かれたら……好きだと答えると思う。


 しかし、それが異性として好きかと言われれば……少し違うような気がする。


「ダメだ……まとまらない」


 俺は自分の考えがまとまらず、頭を抱える。

 そして、そっと自分の唇を触る。


 思い出したのは神楽坂の柔らかい唇の感触。


 ………俺、キスされたんだよな。


 その事を思い出すと顔が熱くなっていくのを感じる。


 俺は時計をちらりと見た。

 時刻は8時前。


 西条院との待ち合わせまで後2時間はある。


「ちゃんと言葉にしないといけないよな………」


 俺はゆっくりベットから起き上がると、急いで私服に着替える。


 やっぱり、きちんと神楽坂には返事をしよう。

 たとえ、自分の中で答えが出ていなくても、思っていることを伝えた方がいいと思うから。


 俺はそう思うと、出かける準備をして朝ごはん食べることも無く家を出た。



♦♦♦



「起きてるといいんだが……」


 俺は少し早歩きで、神楽坂家の前に到着した。

 少し急いだ所為か、若干息が荒い。


 だから、俺は少し息を整えると、玄関横のチャイムを押した。


「あれ…?まだ寝ているのか?」


 しかし、誰も反応することも無く、チャイムの音だけが響いた。

 俺は外から中の様子を覗こうとしたが、窓には全てカーテンがかかっていて、中の様子は見れなかった。


 ……この時間だと誰かしら起きていそうな気もするのだが。

 そして、まだ寝ているにしても、あまりにも神楽坂の家は静かすぎた。


 大丈夫なのだろうか?


 俺は不安に思いながら、再度チャイムを押す。


 ————ガチャり。


 すると、不意にドアが開く音がした。

 しかし、それは神楽坂の家のドアではなく、隣の家のドアだった。


「あら、神楽坂さんに何か用?」


「あ、はい。ちょっと神楽坂さんに用がありまして」


 俺は出てきたおばちゃんに声をかけられる。

 俺は少し驚いたが、すぐに返事を返した。


 しかし、そのおばさんの声はどこか不思議そうな感じがする。

 まるで、「知らないの?」と言っているかのようだった。


 —————嫌な予感がする。


 しかし、俺はその考えを頭の片隅へと追いやる。

 気の所為であって欲しい、多分俺の勘違いだ、どうせ寝ているだけに違いない。

 そんな根拠の無い考えに縋ってしまう。



 だが、現実とはいやでも直面することになる。

 ————それは突然に、何の告知もなく訪れる。


「ごめんなさいね、神楽坂さんなら昨日の夜に家族全員で奥さんの実家に引っ越されたのよ————確か……モスクワだったかしら?」


「—————は?」




 そして、その嫌な予感は悲しくも的中してしまった。

 神楽坂が突然いなくなるという形で。



 こうして、俺達の物語は1つ消えてしまった。

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