神楽坂とイヴにデート!(3)

「なぁ、神楽坂さんや?」


「どうしたの時森くん?急に歳をとった様な口調になってるけど?」


 ほぇー……今日もお茶を啜りながらのおせんべいは美味しいのぅ……。

 違う違う。そういうことじゃない。

 1人で脳内ノリツッコミをさせるんじゃないよ。


「いやさ、さっきまで俺達ラブラブで水族館の中を見て回っていたよな?」


「らぶ……ッ!?そ、そうだね……ラブラブ、だね」


 神楽坂は一瞬少し驚いたが、顔を赤くして俯きながらしっかり肯定する。

 

「そこじゃない、神楽坂。俺が確認したかったのはラブラブの部分じゃなくて、館内にいたということなんだ」


 そう、俺はゆっくり神楽坂のはしゃぎっぷりを優しく見守っていたはずなんだ————館内で。

 そして、俺達はお互いに楽しみながららぶまんきちゅーしてたんだ—————館内で。

 「…愛してるよ」「私も…」みたいなやり取りをしていたんだ—————館内で。

 いや、これはしてなかったな、うん。


 それなのに一体これはどういうことなんだ?


『さて、本日のメインイベント!イルカのジョジョ君によるイルカショーの開幕です!そして、今回協力してくれるのは、なんとお熱い高校生のカップルさんです!』


「「「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 トレーナーの開催宣言により、場内が一気に盛り上がる。


 そう、俺達は何故かイルカショーに参加させられているのだ。

 というのも、館内を回っている途中—————


『ねぇ時森くん!何かあそこでイルカショーに参加するお客さんの抽選しているみたいだよ!』


『やめなさい神楽坂。あれは強制的に周りの注目を浴びるし、服が濡れてしまう可能性があるんだぞ。せっかく可愛い格好をしているんだから、会場で見るだけに—————』


『時森くん、当たったよ!』


『何で当たっちゃうの!?』


 なんてことがありまして、現在トレーナーさんの隣で開幕早々から立たされてしまっている。

 本当は無理に目立ちたくないし、濡れたくないけど————


「わぁ……!可愛いなぁ……!」


 横では神楽坂が目を輝かせて、イルカショーを今か今かと待ちわびている。


 ————こんな姿を見たら断れないよなぁ。

 男だもん、神楽坂のために我慢するもん。


『では早速ですが、イルカのジョジョ君を呼んでみたいと思います!————ジョジョ君〜』


 トレーナーさんがマイクを使って呼びかけると、大きい水槽に潜っていたイルカが大きく飛び上がってきた。


 幸いにして着水場所は離れていたため、濡れることは無かったが………あれ?意外と近くで見ると大きいんだな。


 俺は心配よりも、驚きの方が勝ってしまった。


「すごいね時森くん!大きいよ!」


 神楽坂は俺の腕に手を回し、小さく飛び跳ねながら驚いていた。

 ……こいつ、はしゃぎすぎて今自分が何をしているか分かってないな?


 腕に胸の感触が伝わってくるんだけど?さっきまでの驚きから急にエッチな気分にシフトチェンジしちゃったよ。


 けど、そんなことはとても口に出せない。

 だって今の神楽坂を見ていたら、とてもじゃないけど水を指す気になれない。


 だから俺は1人で理性をフル動員させながら、平静を装うようにつとめた。


『では彼女さん!まずはジョジョ君に向かって大きく手を上に上げてくれませんか?』


「こ、こうかな?」


 神楽坂はおずおずと右手を上にあげる。

 すると、イルカのジョジョ君は大きくジャンプをした。


『はい、今日も絶好調ですね〜!』


 どうやら成功したようだ。

 神楽坂も「やった!」と小さな声で喜んでいる。


 ふむ、ジョジョ君より神楽坂の方が可愛いな。


『では男の子には小さく手を下げて貰います!』


「こうか?」


 俺は大きく手を振り下ろす。

 すると、水面に顔を出していたジョジョ君は小さく頭をぺこりと下げた。


 ………これはちょっと可愛いな。


『ありがとうございました!最後にお二人さん、手を繋いで貰えますか?』


 何故手を繋ぐ必要があるのか?

 という疑問を持っても仕方がない、どうせやるしかないんだから。


 俺は神楽坂の手を握る。

 神楽坂はビクッとしたものの、俺の方を向いてその手を握り返してくれた。


「時森くんから握ってくれるのって、今日が初めてだね」


 神楽坂が少し赤くしながら俺に向かって微笑む。


「……からかうなよ」


 俺は気恥ずかしくなり、神楽坂から顔を逸らす。

 ……あぁ、くそっ。今日は負けっぱなしがするな。


 別に勝負なんてしていないが、どうしても俺はやり返さなくてはいけないような気がした。

 だから後で恥ずかしがらそう。


『では、私が合図をしたら握っている手を思いっきり上げてください!————いきますよ、せーの!』


 俺達は合図と共に、腕を思いっきり上にあげる。

 すると、ジョジョ君は先程よりも高く、そして近くでジャンプをした。


 そして、俺はその姿を見て思わず関心—————待って、この角度って絶対に水しぶきがかかるよね!?

 俺と神楽坂思いっきり濡れちゃうよね!?何でこんなに近くでジャンプするかな!?———おい、トレーナー!どうしてお前はそんなに離れている!?さっきまでここに居ただろ!?


『女子の服を濡らしにかかるとは—————流石ジョジョ君、俺達に出来ないことを平然とやってのける!』


『そこに痺れる憧れるゥ!』


 横からそんなに野太い男の声が聞こえる。

 ………ジョジョってそういう事?


 違う!こんな事を考えている場合じゃない!

 

 俺は神楽坂が濡れないように彼女を自分に引き寄せ、思いっきり抱きしめる。

 すると、ジョジョ君が勢いよく着水し—————



♦♦♦



「ほんと、変えの上着持ってきていて良かったわー」


 現在時刻は12時すぎ。

 俺達はお腹が空いたとの事で館内にあるレストランに来ていた。


「大丈夫だった?思いっきり水被っていたけど……」


「まぁ、大丈夫だな。コートは席に置いていたし、濡れたのはシャツだけだったしな」


 神楽坂はテーブル越しに心配そうに見つめてくる。


「そんな心配すんなって。もう1枚シャツも持ってきてるしな」


「よくもう1つシャツ持ってきてたね……」


「あぁ、神楽坂が何かやらかすかもしれないと思ってな」


「やらかすって何!?」


 いや、実際にやらかしたじゃん。勝手にイルカショーに参加させたじゃん。俺濡れたじゃん。


「けど……その…ありがとうね…嬉しかったよ…」


 神楽坂は嬉しそうに小さくお礼を言った。

 よせやい、照れるじゃないか。

 俺は単に神楽坂に濡れて欲しくなかっただけで————


「抱きしめてくれて……」


「え?そっち?」


 庇ってくれたことじゃなくて抱きしめたことなの?

 えー、普通は庇ってくれたことにお礼言うべきじゃない?


 ………けど、


 俺は神楽坂が抱きしめたことを嬉しく感じているならそれでもいっかって思ってしまった。

 しょうがないじゃん。神楽坂、可愛いんだから。


「お待たせしました〜」


「わぁ〜!美味しそう!」


 料理が運ばれてくると、神楽坂は先程とは違い明るい声で喜んだ。


「じゃあ、早速食べるか」


「ちょ、ちょっと待って!」


 俺が箸を持って料理を食べようとしたら、神楽坂が手を前にして静止してくる。

 どうしたの?僕お腹が空きすぎてやばいんだけど?


「は、はい……あーん…」


 そう言って、神楽坂は俺の料理を箸で掴むと、顔を赤くしながら俺の前まで運ぶ。


 ……ちょっと待とうか。

 今日の神楽坂、本当に積極的過ぎない?大丈夫、無理してない?

 ………いや、嬉しいんだけどね?

 しかも、恥ずかしがりがならやってくるので余計にタチが悪い。


 —————けど、俺も男だ。

 これはデートだし、別におかしな事じゃない。

 さっきもやられてしまったことだし、ここでやり返すチャンスかもな。


「あーん……うん、美味いな」


「……そ、そう?」


 俺は恥ずかしい気持ちを片隅に置いておき、動揺を見せないように神楽坂から美味しくいただく。


 ……次は俺の番だな。


「ほい、神楽坂————あーん」


「ふぇっ!?」


 俺は神楽坂の料理を掴むと、先程と同じように口の前まで持っていく。

 それに対し、神楽坂は驚いていた。


 フッ、俺はやられたらやり返す男だぜ?


「………あーん」


 しかし、神楽坂は若干顔を赤くしながらも、狼狽える様子もなく口にする。

 何故だろう?神楽坂の口から目が離せない。

 

 神楽坂の可愛らしい口が、俺の箸に触れてしまった。

 その事を考えると、俺は気恥ずかしくなると同時に神楽坂の口を意識してしまう。


「………どうしたの?」


 神楽坂は俺がぼーっとしていると、心配そうにこちらを伺う。


「だ、大丈夫だ!」


 俺は神楽坂に悟られないように、料理を食べることにした。

 神楽坂も一瞬頭にハテナが浮かんだものの、気にせず自分の料理を食べ始めた。


 ……今思ったけど、これって間接キスじゃね?


 俺はその事をふと思い、顔が熱くなるのを感じた。



♦♦♦



「ごちそうさん」


「ごちそうさまでした!」


 俺達はしばらくして、お互いに料理を食べ終わった。

 

「いやー、美味しかったね!」


「確かにな、あの味付けは素晴らしかった」


 俺達は互いに味の感想を口にする。

 どうやったらあの味になるんだろ?

 ちょっと気になるな……。


 俺はそんなことを思いながらも、壁にかかってある時計をちらりと見る。


 時刻は既に13時を過ぎており、時間も残りわずかだ。

 せっかくのデートプランも少し遅れが出ており、ここいらで別の場所に向かいたい。


「よし、じゃあそろそろ出るか」


「そうだね!」


 俺達は席を立ち、会計を済ます。

 もちろん、ここはジェントルマンとしてお金は俺が出す。

 だって、俺ジェントルマンだから!


なので、神楽坂よりも先にレジに向かい、早々とお金を払う。


「……どうして払わせてくれないの?」


「カッコつけたいんだよ」


 神楽坂は不満そうに頬を膨らませるが、俺が頭を撫でるとすぐに風船みたいに縮んでいった。

 ……ちょっと可愛いな。


 俺はそんなことを思いつつ、神楽坂の頭を撫でながら店を出る。


「じゃあ、時間もいいし次の場所行くか」


「あ、………そ、そうだね!」


 神楽坂は一瞬物寂しそうな表情をする。

 その視線も、まだ水族館に居たいと訴えているようだった。

 ……はぁ。


「……もう1回、見て回るか」


「えっ?—————うんっ!」


 神楽坂は嬉しそうに満面の笑みで答えた。

 俺はそんな神楽坂を見て、心臓の鼓動が早くなってきているのを感じる。


 ……全く、しょうがないな。


 折角のデートプランは大幅に狂ってしまったが、俺は何故かショックを受けなかった。

 それはきっと、彼女が楽しそうにしてくれているからだろう。


 まだ時間は残されている。

 俺達はお互いに手を繋ぎながら、再び水族館の中を見て回った。

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