これがクラスのマイブーム!

 神楽坂にイヴのデートのお約束をいただいてから、早いもので数日が経った。

 クリスマスイヴまで残り1週間。

 まだ外には雪は見えず、相変わらずマフラーと手袋が必要になる寒い日が続いていた。


 そんなある日のこと、俺たちのクラスの男子達の間ではあることが流行りだしていた。


「お願いします!どうか、俺とクリスマスのデートを!」


「いやいや、こんなやつより俺と!」


「どうせだったらこの僕を!」


 教室ではそんな男子達の声があちらこちらから聞こえてくる。

 それはもう必死に、自らが寂しい夜を過ごさないために、クラスの女子にお願いをしていた。


 —————地面に頭をこすりつけながら。


「えぇ………」


「流石にちょっと引くんですけど…」


「マジ引くわー」


 そんな男子達の光景を見て、お願いされている女子からは侮蔑の視線が男子達に贈られる。


 そう、今俺のクラスの男子達で流行っていることそれは————


「どうして!?こんなにお願いしてるのに!」


「この姿が目に入らないというのか!?」


「いや、目に入っているけど……」


「土下座でお願いしてくるのは流石に……」


 土下座である。


 クリスマスイブまで残り1週間。

 始めは「まぁ、俺だったらクラスの女子に誘われるのも時間の問題かな~」なんて思っていた男子達は、時間が経ち、一向に誘われない現実に「あれ、そろそろやばいんじゃね?」と危機感を覚え始めたのだ。


 そこで、遠回しアピールから一転、ド直球の誠意ある姿勢へと進化し、女子達にクリスマスのデートのお誘いをしている。

 こんな光景が最近ほぼ毎日のように繰り広げられ、今では土下座がクラスのマイブームになってしまった。


 ………あぁ、なんとも愚かしい行為よの。


 俺はそんな男子達の哀れな姿を見ながら、自分の机で持参したティーセットで優雅にお茶。

 あぁ、今日もいい天気だ。


「あれ?望は参加しなくてもいいの?」


 俺が優雅にお茶をしていると、女子達にクリスマスのお誘いを受けていた一輝がやってきた。

 ………いつもだったら、ここで恨みや嫉妬で一輝を断罪しているのだが、今の俺は違う。

 何せ、俺は紳士だからな。


「いや、何を言っているんだい一輝?土下座してお願いなんて、女子達に迷惑じゃないか?」


「……大丈夫?望が当たり前のことを言うなんて————熱でもあるのかい?」


「おい、俺が当たり前のこと言ったらおかしいか?あぁん?」


 随分失礼な親友である。

 

「だって、考えてみろよ。土下座したところで、女子たちの好感度が上がるわけでもなく下げるだけなんだぞ?」


「……本当に大丈夫?保健室行く?」


 本当に失礼な親友である。

 まったく、俺は人として当たり前のことを言っているだけなのに……。

 

 確かに、ちょっと前までの俺だったら男子達に混ざって土下座していただろうが————


「お願いします!(土下座)」


「俺、何でも奢ってあげるから!(土下座)」


 あいつらとは住む世界が違うんだよねぇ~。

 だって~、俺、イヴの予定埋まってるし~、焦る必要ないから~。

 あぁ、滑稽滑稽。小鳥のさえずりが聞こえてくるな~。


「……まったく、疲れました」


 俺が男子達を滑稽に思っていると、先ほどまで10人くらいの男子達から土下座されていた西条院がやってきた。

 その光景ははたから見ると女王と下僕。

 しかし、当の女王様は終始苦笑いだったけど。


「お疲れ~」


「お疲れ様」


 俺と一輝はそんな女王様をお出迎え。

 といっても、跪くこともなく優雅にお茶を嗜みながら。

 ……うぅむ、今日のダージリンは格別だなぁ。


「アリスは—————まだ続いているようですね…」


 西条院は、神楽坂がここにいないことに疑問を思ったようだが、教室の端を見て小さくため息をついた。

 そこには未だに抜け出せないまま、クラスの男子達から土下座という熱烈なアプローチを受けていた神楽坂の姿があった。

 ………哀れだな男子共よ。神楽坂にはイブのお相手がいるっていうのに。


「それにしても珍しいですね。時森さんが土下座しないなんて」


「待て西条院。その言い方だと俺が日常的に土下座しているみたいじゃないか」


 まだ、一輝みたいに「女子にお願いしに行かなくてもいいの?」みたいなことだったらまだ分かるが、俺が日常的に土下座しているみたいなことを言われるなんて不名誉極まりない。今から名誉棄損で訴えてやろうか?


「あながち間違いではないんじゃないかな?」


「えぇ、クリスマスのお誘いで土下座する以外にも1日に1回はしていましたからね」


 ……そんなことないと思うぞ?


「まぁ、いいです————それより、時森さん?」


「ん?」


 西条院は俺に少し近づき、少しモジモジしながら俺に声をかける。


「私に……その…お願いしなくていいのですか?」


 西条院は俺に上目遣いでそう尋ねてきた。

 ……やばい、少しドキッとした。


「い、いや……別にしないが」


「そうですか……」


 西条院はあからさまにしょんぼりした。

 えぇ……なんでそんなに落ち込むの?


 ———ハッ!?


 もしかしてこれは遠回しに「私を誘って♪」って言っているのではなかろうか?

 ————だが、しかし………俺には神楽坂とイヴにデートをする約束がッ!


「何か予定でもあるのですか?」


「あぁ、イヴに神楽———―—ッ!?」


 すると、俺は何やら謎のプレッシャーを背後から感じ、俺は勢いよく振り返る。

 そこには、先ほどまで土下座していた男子達が一斉にこちらを凝視しているのが見えた。


 その男子達の目はまるで「発言次第では殺すッ!」と言わんばかりのものだった。


 ————こっわ!?

 何!こいつら、こんなに怖かったっけ!?

 人は嫉妬であそこまで怖くなれるもんなんだぁ……。

時森くんまたこれでひとつ賢くなっちゃたぞ☆


「イヴに————ナンデスカ?」


 俺は前を向くと、何故か目が笑っていない西条院がいた。

 ……えぇ、なんでこいつもこんなに怖いの?

 俺何もしてないんだけど?


 しかし、こんな事ばかり考えても仕方がない。

 西条院に聞かれている以上、答えなければ怪しまれるし、正直に答えたら男子達に殺されてしまうし、もしかしたら————西条院にも殺られるかもしれない。


 けど、「ちょっと、友達と遊ぶんだ!」とありきたりな答えを言えば、「誰とですか?どこで?」って追及されてしまいボロが出てしまう。

 くそぅ!神楽坂に自分で忠告しておきながら自ら墓穴を掘ってしまうとは!?


 どうすれば………どうすればッ————そうだ!

 女子が追求しづらい事を言えばいいんだ!


 そうすれば西条院も「そ、そうなんですか…(ポッ///)]」と恥ずかしがって追及してこないはず!

 そうと決まれば————


「あぁ……実は俺、イヴに好きな〇V女優の握手会に————」


「行かせませんよ♪」

 

「———参加するぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁッ!?どうして!?西条院!そっちに関節は曲がらなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺がそう言うと、何故か西条院は流れるような動作で俺の手首をしっかり掴み、背後に回って関節を曲げてきた。


 どうして!?追及されないよう恥ずかしがるようなこと言ったのに、追及されるどころか有無を言わさず関節をキメにかかってきたんだけど!?


「おい、あいつせっかくのクリスマスに握手会に行くらしいな」


「流石にそれは引くよな……」


「多分、女子から誘われなさ過ぎて頭がおかしくなってしまったんだろう」


 酷い言われようである。

 どうして、命の危険を避けるために嘘ついたのに、現在進行形で命が危ない状況にされ、男子達から哀れな目で見られなくてはならんのだ。

 ………俺、どうすればよかったの?


「はぁ………本当はアリスと予定があるんですよね」


 西条院は小さくため息をつきながら俺の腕を離す。

 ————分かっているなら関節をキメないでほしかったです。

 ……あぁ、まだ痛いよぉ。


「あぁ、その通りだ……」


 俺は痛めた関節をさすりながら答える。

 これ、外れてないよね?あまり感覚がないんだけど?


「………まぁ、アリスが誘うことは想定内ですし、あの発言からはまだ大丈夫なはず」

 

 何が大丈夫だというのか?

 西条院は小さくブツブツと一人で呟いていた。


「イヴに予定があるってことはクリスマスは予定が空いているのですよね?」


「だから、お前らは何故空いている前提で話をする」


 こいつらは俺がモテないと馬鹿にしているのだろうか?

 だったらその喧嘩買ってやろうじゃないか?今なら諭吉をばらまいてでも買ってやろう。


「いいじゃないですか、どうせ空いているんですよね?」


「だから、俺を馬鹿にしてるのか?」


 こいつは馬鹿にしすぎではないだろうか?

 俺、泣いちゃうよ?悲しくて君の前で泣いちゃってもいいの?


「いいか、西条院。俺はクリスマスの日はわざと予定を入れていないだけなんだ。これはモテないからというわけではなく、己の体を心配して休もうと「では、私とクリスマスにお出かけしませんか?」もちろん構わないさ!」


 俺は反射的に西条院のお誘いにサムズアップする。


 ————ハッ!?しまった!?

 あまりの嬉しさで、せっかく見栄を張っている途中なのに親指を立ててOKしてしまった。


「ふふっ、では決まりですね」


 西条院は嬉しそうに上品に微笑んだ。

 そのしぐさに、思わずドキッとしてしまい、顔が赤くなっていくのを感じる。


 ………いかん、いかん。

 これでは俺がまた女なれしていない男だと思われてしまう。


 落ち着くんだ俺。顔の熱を冷まして、冷静に対応するんだ。

 俺だって、クリスマスのお誘いするのは西条院だけではない。

 神楽坂にもこの前誘われたばりで、女性からお誘いを受けるのは経験は初めてじゃない。


 先ほどは思わず喜んでしまったが、一度経験している以上、冷静に、そう、クールに対応出来るはずさ————


「いぃぃぃぃやっほうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 無理でした。

 やっぱり嬉しいものは嬉しいものです。


 俺は、こぶしを天井に突き上げ、声を大にして喜んでしまった。


 だってそうじゃないか!

 あの学園3大美女である二人からイブとクリスマスにお誘いされたんだよ!?

 これを喜ばないなんて男じゃないよね!?


 あぁ、クリスマスが楽しみだなぁ~!


「おい、今の聞いたか?」


「あぁ、悲しいことにな」


「あいつが幸せを味わう前に————」


「「「殺すしかないな」」」


 ………やっべ、忘れてたわ。


 おそらく、今の会話は絶対に聞こえていただろう。

 見てみてよ、みんな鈍器を持って鬼のような表情でこちらに近づいてきてるんだよ?

 これってあれだよね、俺処刑パターンだよね。


 しかし、俺は処刑されるわけにはいかない。

 思い出すのは二人の美少女からお誘いを受けた時の光景————彼女たちのためにも、俺は絶対に生き残ってみせる!


「さらばだッ!」


「「「Execution of the death penalty!!!」」」


 俺は二人の思いに応えるため、授業のチャイムが鳴りつつも必死に廊下を駆けていく。

 相も変わらず、男子達はご丁寧に鈍器を抱えて俺を追いかけてきた。


 ————さぁ来い男子共!今日の俺は一味違うぜ!






 結局、今日も俺たちは仲良く生徒指導の先生につかまり、生徒指導室でお説教と反省文をいただいた。

 男子達は終始泣きながら反省文を書いていたが、俺は不思議と反省文を書くのは苦じゃなかった。


 よし、さっさと反省文書きますかね~。

 えーっと————


 『先生、俺クリぼっちじゃなくなりました』っと。


 これで、先生も喜んでくれるだろう。

 さて、今日は帰ったら赤飯かな!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※ちょっと書いていておかしかったので修正しました。

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