クリスマスイヴにデート約束………いただきました!
薄く明るい街灯が俺達を照らす。
俺達は晩御飯を食べ、現在暗い夜道を一緒に歩いている。
美少女と夜道に2人っきり………ハッ!な、何もしませんからね!?
お巡りさん呼んじゃダメだからね!?
「今日は美味しかったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
神楽坂は俺の隣を歩きながら、お礼を言う。
そう言って貰えると、俺も頑張って作った甲斐があるってもんだ。
「ごめんね、わざわざ送ってもらって」
「気にするな、こんな夜に1人で帰させるのは男として気が引けるからな」
俺は麻耶ねぇを家に送ったあと、こうして神楽坂を家まで送っている。
まぁ、本人は家が近いからと言って断ってきたのだが、ここは男としては譲る訳にはいけない。
紳士たるもの、レディを送るのは当然だからな。
……あれ?俺ってかっこよくない?
「でも、本当に時森くんはすごいね。料理も美味しかったし、なんでも出来るんだもん」
「よせやい、照れるじゃないか」
俺は神楽坂の言葉に冗談で返す。
いや、女の子から褒められるのは嬉しかったよ?
けど、少し見栄を張りたくなるのが男ってものである。
「本当に……すごいなぁ」
しかし、俺の冗談とは違い神楽坂はしみじみと呟いた。
………どうしたんだろうか?
神楽坂は家に来てからというもの、妙に落ち込んでいる。
というよりは元気がないように見える。
「そんなことないぞ?」
「ううん、時森くんはすごいよ……」
「それに比べて私は……」と、こんな静まりかえった夜道に消えてしまいそうな声でそう呟いた。
「お前にだって、十分すごいだろ」
「いや、私なんて全然すごくないよ。麻耶先輩やひぃちゃんに比べたら—————私なんて何も持ってない…」
神楽坂は神妙な顔つきで、俺に向かってそう言った。
彼女なりに何か悩んでいるのだろうか?
神楽坂の弱ったところを久しぶりに見た気がする。
そんな彼女を見て、俺はおもむろに彼女の髪をわしゃわしゃと掻き回す。
「えっ!?ちょ、どうしたの!?」
神楽坂は驚いて自分の髪を押さえる。
しかし、それでも俺は無視して引き続き髪を掻き回す。
「どうしたも何も、お前が変なこと言い出すからだろ」
「え?」
「「え?」じゃねぇよ………全く、どうして西条院といい神楽坂といい、しょうもないことで悩むんだか」
俺は思わずため息をついてしまう。
だってそうだろう?
神楽坂は自分で気がついていないだけで、それは簡単なことなんだから。
「お前が何に悩んでいるか分からんが、一つだけ言ってやる—————お前は十分にすごいやつだ」
「—————ッ!?」
俺は神楽坂の目を見て真面目に彼女に向かって語る。
「確かにお前はちょっとドジだし、西条院みたいに目に見えた結果を残した訳でもない」
「………」
「けど、前にも言ったが、お前は誰に対しても明るく、どんな事でも一生懸命になれるやつだ。それは誰にでもできる訳では無い、凄いことなんだよ」
「………」
神楽坂は掻き回す俺の手を払いのけるのを止め、俺の言葉を黙って聞いた。
そう、神楽坂すごいやつなんだ。
一見、誰にでもできるような簡単なことだと思うかもしれない。
けど、それは難しいことなんだ。
誰に対しても優しくできるのは心が広い人しかできない。
誰だって好き嫌いはあるだろう。それを態度に出さす、全員に優しく接するのは思っている以上に難しい。
どんな事にも一生懸命取り組むのは難しいことだ。
自分の興味が無い事だったら、どうしても飽きて手を抜いてしまう。
それは人として仕方がない。興味無いことを一生懸命にするのは精神を使うし、場合によっては辛いことだ。
そんな事を神楽坂はやっているのだ。
俺は素直にすごいと思う。
「それに、人と違うのは当たり前だ、同じことが出来たらそれは双子かクローンのどっちかだよ。確かに西条院と麻耶ねぇは色んなことが出来るかもしれない————けど、お前は2人にはできないことができる」
俺は掻き回す手を止め、優しく神楽坂の頭を撫でた。
「だから胸を張れ。お前がすごいやつだってのは俺がちゃんと分かってるから」
そして、俺は最後に優しくそう口にした。
—————ん?俺、結構恥ずかしいこと言ってない?
「……やっぱり、好きだなぁ」
すると、神楽坂は小さく何かを呟いていたが、残念なことに聞こえなかった。
だってしょうがないじゃん、自分でキザなセリフを吐いてしまったんだから恥ずかしくて顔を逸らしちゃったんだもん。
「ごめん、聞こえなかったわ………なんて言った?」
俺は冷たい風で顔を冷ますと、神楽坂に改めて聞いた。
すると神楽坂は顔を上げ、先程とは違い、明るい表情でこちらを向いた。
「ううん、何でもないよ!時森くんおかげで元気になった!」
「そ、そうか……」
俺は神楽坂から再び顔を逸らす。
これも仕方ないと思う。
だって、頬を赤らめて満面の笑みで微笑んだ彼女は、とても魅力的でドキッとしてしまったんだから。
「本当に……悩んでいたことが馬鹿みたい……いつも通り、私らしく頑張ればいいだけだったのにね」
神楽坂は薄く光る夜空を見ながらそう呟いた。
………どうやら、いつもの明るい神楽坂に戻ったな。
俺も、キザなセリフを吐いた甲斐があるってもんだ。
「ねぇ、時森くん」
神楽坂は後ろを振り向き、俺を呼んだ。
しかし、その表情には少しばかり決意を含んでいたように見える。
「24日のクリスマスイブ、予定って空いているよね?」
「なぜ貴様は空いている前提で話をする?」
もしかしてあれか?俺ごときが女の子と遊ぶ予定なんかあるわけないと思っているのか?
……くそぅ、俺がモテないって思ってるんだろ。
俺だって3年後には予定埋まってらぁ!
—————3年後って……遅すぎるなぁ。
「ち、違うよ!朝言ってたじゃん!予定ないって!」
……確かに、そんなこと言った気がするな。
男子達に襲われていた記憶が強すぎて忘れてたわ。
「も、もし良かったら!—————私と1日付き合ってくれないかな!?」
「ふぁっ!?」
俺は彼女からのお誘いに思わず変な声が出てしまう。
だってあれだよ!?クリスマスの誘いだよ!?
聖なる夜にラブまんきちゅーだよ!?
しかもお相手は美少女の神楽坂ときた。
これは変な声が出てもしょうがないよね。
……いや、しかし俺の勘違いかもしれない。
クリスマスには女子にとって喜ばしい特売セールをやっていると聞く。
きっと荷物持ちで誘ってきたんだろう。
うん、そうに違いない。
「……言っとくけど、荷物持ちじゃなくて、デ、デートのお誘いだからっ!」
「ふぁっ!?」
俺がそんなことを思っていると、神楽坂は俺の考えを読んでか、俺の考えを否定してきた。
で、でも……本当ですか!?デ、デートのお誘いでお間違いないのですか!?
荷物持ちではなくてラブまんきちゅーの方で合ってますか!?
俺は神楽坂に視線でしっかり確認する。
すると、神楽坂は小さく頷いた。
どうやら間違いないようだ!
3年間はクリぼっちだと思っていたのに、今、ここで!イヴに!デートのお誘いが!
ん〜〜〜、キタァァァァァァァァ!!!
「ダ、ダメ……かな?」
—————これは、断るわけないな。
でも、落ち着け。
ここは緊張せず、いかにも余裕のある男のような返事をするのだ。
じゃないと、俺が女なれしていない男に思われてしまう。
だからここは紳士的に—————そう、ジェントルマンに!
「お、おーけーでちゅ!」
「ぷっ、あはははははっ!」
………噛んでしまった。
おかしい、あんなに告白の練習してきた俺が、土壇場で噛んでしまうなんて……ッ!
神楽坂はお腹に手を当てて盛大に笑ってるし—————死にたい。
「ごめんね、笑っちゃって。時森くんも噛んじゃうことってあるんだね」
神楽坂は笑って出た涙を拭いながら、謝ってきた。
俺だって噛むことくらいあるわい。
初告白で噛んだことを忘れてるのかね?
—————そういえば、言ってませんでしたね。
「あるわいバカタレ」
と、恥ずかしくて顔を逸らしてしまったが、少しばかり冗談口調で言った。
冷たい夜風が、妙に気持ちよかった。
♦️♦️♦️
「じゃあ、私この家だから」
そんなやり取りをしつつも、俺達は神楽坂の家の前まで来ていた。
時刻は21時を回っており、かなり冷え込んできた。
あぁ、何か羽織って来ればよかった……。
普通に寒いんですけど。
「おう、じゃあまた明日な」
俺は神楽坂を玄関まで見送ると、来た道へと体を向ける。
「あ、あのっ!時森くん!」
すると、後ろから玄関にいる神楽坂に声をかけられた。
「イヴ、楽しみにしてるね!」
満面の笑みで、彼女はそう言った。
それはあまりにも眩しく、思わずドキッとしてしまう。
………やばい、可愛すぎる。
暗いおかげで神楽坂には見えないだろうが、多分今の俺の顔は赤くなっているに違いない。
「そうだ、この事は他の奴らに言うなよ!」
「………?うん、分かった!」
神楽坂は頭に疑問符が浮かび上がっていたが、快く返事してくれた。
だって、クリスマスイヴに神楽坂デートするって知られたら、クラスの連中に何されるか分からんからな。
神楽坂は大きく手を振って自宅へと入っていった。
それを見送った俺は、自宅に帰るべく帰路に着く。
—————しかし、
「この俺がデート………かぁ」
夢にも思わなかった。
長年彼女が欲しいと願ってきた俺がクリスマスイヴにあんな美少女とデートできるなんて。
昔の俺なら発狂するほど喜んでいただろう。
………いや、違うな。
「あぁー!イヴ楽しみだなー!」
今の俺も十分に喜んでいる。
今でも嬉しくて胸がこんなにもドキドキしているんだから。
俺はそんな気持ちになりつつ、暗い夜道を1人、軽い足取りで歩いた。
さぁ、早く家に帰ってイヴに着ていく服でも考えようかね!
しかし、このクリスマスイヴを境に、俺と彼女の関係を大きく変えてしまうことになるなんて、この時の俺は夢にも思わなかった。
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