焦っちゃダメだって分かってるけど

(※アリス視点)


 トントンとまな板を叩く音が聞こえる。

 今、私達は時森くんの家にお邪魔している。

 そして、キッチンでは私達に料理を振る舞うべく時森くんが調理をしていて、一方の私と麻耶先輩というと—――――


「「………」」


 リビングでお互いに黙ったままソファーに座っています。


 き、気まずいよぉ……!


 帰る時に勢いよく啖呵を切ったのはいいけど、いざ2人で話すとなると緊張してしまう。

 しかも、麻耶先輩はいつもの明るい雰囲気とは裏腹に、真面目な表情をしている。

 ………うぅ、空気が重い。


「ねぇ、アリスちゃんってさ」


「ひゃ、ひゃい!?」


 麻耶先輩が、沈黙を破るように口を開いた。

 思わず緊張して噛んでしまったのはしょうがないと思う。


「別に緊張しなくてもいいよ、怒るってわけじゃないから」


 と言われても………。

 私、初めて麻耶先輩が真面目な顔で話しているのを見たよ。

 口調もいつもと少し違うし、緊張しない方が無理だと思う。

 

 で、でもっ!

 ここで怖気付いたら、いつまで経っても麻耶先輩には勝てないと思う!


 だから私は少しでも緊張を無くそうと、ゆっくりと深呼吸して口を開く。


「わかりました」


 うん、緊張せずに言えたよ!

 頑張ればできるんだもん私!


「じゃあ、単刀直入に聞くけど………アリスちゃんって望くんのこと好きだよね?」


 本当に単刀直入だよ………。

 いつもなら恥ずかしがって誤魔化しちゃうけど、ここはしっかりと言わないといけない気がする。

 

「はい、私は時森くんが好きです」


 なので、私は麻耶先輩を見据えて真面目な表情で答える。

 そしてしばらくの沈黙が続くと、おもむろに麻耶先輩が気の抜けた声を漏らした。


「あぁー、やっぱりかー」


 麻耶先輩は力を抜いて、テーブルの上に突っ伏した。

 その行動で、先程までの重い雰囲気は呆気なく霧散してしまう。


 あれ?どうしちゃったんだろう?

 私が時森くんが好きだって言った途端、重たい空気が消えるなんて―――――私はてっきりこのまま重たい空気が続くと思っていたのに。


「ごめんね、アリスちゃん。本当に軽くおしゃべりしよっか」


「と、というと……?」


「いつもみたいに気軽におしゃべりしよってこと!もう、アリスちゃんが本気だってことは分かったし」


 そ、そういう事………。

 先程までの重たい空気は、私が本気で時森くんが好きだって試していたということなのだろう。


 っていうことは、私はちゃんと麻耶先輩に好きって伝えることが出来たんだ……。

 よ、良かったぁ。


「ありがとうございます」


「ううん!気にしないで!というより、私が空気を重くしちゃったしね〜」


 麻耶先輩は顔を上げ、気にしないでと手を振って答えた。


「あ、ちなみに私も望くんが好きだから!ライバルだね〜」


 それはついでみたいに言わないで欲しかったよ………。

 私は反応に困り、思わず苦笑いしてしまう。


 いや、これがやっぱりいつもの麻耶先輩なんだけど………こう、好きって言葉は しっかりと真面目に言って欲しかったな。


「それで、アリスちゃんは時森くんのどこが好きになったの?」


「え、えぇぇぇっと!」


 私は思わず戸惑ってしまう。

 だ、だって時森くんの好きなところだよ!?

 そりゃいくらでも言えるけど、だ、誰かに言うなんて恥ずかしすぎるよぉ!


 で、でも………いつかは告白しなきゃいけないし……ここで言えなきゃいつまでたっても言えない気がする。

 私は、今日何度目かも分からない勇気を振り絞って答える。


「や、優しいところや、困った時にちゃんと駆けつけてくれたりするところです……」


 い、言っちゃったぁぁぁぁぁ!

 お、思った以上に恥ずかしかったよぉ……でも、告白する時はどれぐらい恥ずかしいんだろう?


 私はその事を思い、恥ずかしさと共に顔を赤くしてしまう。


「そっかそっか〜、分かるよ〜」


 麻耶先輩は両手を組んでうんうんと頷いた。

 どうやら、麻耶先輩も理解してくれているようだ。


「麻耶先輩は、時森くんのどこが好きになったんですか……?」


「ほぇ?私?」


 麻耶先輩は少し驚いたのか、少し抜けた声を発した。


「私、私かぁ………」


 すると、麻耶先輩は懐かしむように上を向きながら呟いた。

 その表情は、いつもの明るい表情とは違い、苦いものと嬉しいものを混ぜたような複雑なものだった。


「私ね………昔虐められてたんだよね」


「えっ!?」


 私は思わず驚きの声を上げてしまう。


 信じられなかった。

 あの麻耶先輩虐められていたなんて、今の麻耶先輩からは想像が出来ない。


「まぁ、その話は暗くなっちゃうから止めるけど、それを助けてくれたのが望くんなんだよね。………多分その時からかな、私が好きになっちゃたのは」


「………」


「どこが好きって中々思いつかなかったけど、あえて言うなら………弱い人を見捨てないとこかな」


 麻耶先輩は少しうっとりした声でそう語る。

 聞いてる私ですら、本当に時森くんのことが好きなんだと伝わってくるほどに。


「本当に、感謝してるのは私もなんだけどなぁ」


 麻耶先輩は最後にそう呟いた。


 きっと、麻耶先輩と時森くんの仲はかなり深いものなんだと思う。

 昔からの付き合いだけじゃなくて、お互いに支え合ってきたからこその深さを2人には感じる。


 多分、私が2人のような関係になれって言われても無理だと思う。

 これは2人だからできた関係なんだ。


 ………うぅ、改めて麻耶先輩との差を感じちゃったよぉ。


「あ、そうだ。アリスちゃん、先輩からのアドバイス聞いてくれる?」


 私が麻耶先輩との差に落ち込んでいると、ふと麻耶先輩が私に声をかける。

 なんだろう?私達の関係は深いから諦めた方がいいよって忠告するのだろうか?


 ――――いや、麻耶先輩はそんな事言わない。

 ……どんどん、思考がネガティブになってきている気がするなぁ。


「敵に塩を送るってわけじゃないけど、焦っちゃダメだよ?焦っても、望くんは絶対に振り向いてくれないから」


「え?それはどういう―――――」


「おーい、飯ができたぞー」


 私が麻耶先輩に聞き返そうとしたら、キッチンから時森くんの声が聞こえた。


「はーい!―――――私はちゃんと望くんが好きな人の恋は邪魔しないし、応援もしない。だってライバルだからね。けど今のアリスちゃんは焦っているように見えたから、これだけは覚えといてね」


 そう言い残し、麻耶先輩はキッチンへと向かった。


 私は1人リビングに残されてしまう。



 ……焦ってる。確かに今の私は焦っているんだと思う。

 こうして、今時森くんの家にご飯食べに来てるのも、普段の私だったら絶対にしないこと。

 多分、こうして今の2人見ていると、負けてしまいそうで、取られてしまいそうで、怖かったんだ。


 確かに、焦ってもいい結果には向かわないのかもしれない。

 焦った分だけ、相手も自分も戸惑いが生まれ、思った結果が出ないことはがある。


 ―――――けど、


「仕方ないじゃん……本当に時間ないんだから」


 そんな私の呟きが、時森くんの家のリビングに残った。

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