彼女が頑張ろうとする理由
「私の家族はお父様しかいません」
カーテンが閉め切られた西条院の部屋の中で、俺は彼女の話を床に座って聞いていた。
「お母様は私が幼いころに他界してしまい、今までお父様一人で私を育ててくれました」
西条院はベットから身体を起こしてゆっくりと俺の方を見て話す。
その声音は、どこか寂しそうに聞こえた。
「お父様はとても多忙で、お母様がいなくなってからはめっきり私と過ごす時間は減ってしまいました。家に帰ってくるのも月に一回あるかないか……生活には困らなくても、やはりお父様と会えないのは寂しかったんです」
仕方ないと割り切ることはできる。
それでもやはり本心では家族と過ごせないのは寂しく感じていたのだろう。
「けど、学校ではアリスや時森さん、生徒会の先輩方と過ごしているのはとても楽しいものでした。それこそ、寂しいという感情は感じなくなるほどに……」
西条院は一瞬、嬉しそうな表情をした。
きっと、本当に学校での生活は彼女にとって楽しいものだったのだろう。
だが、その表情もすぐに寂しいものへと戻っていった。
「けど、私はこの広く何もない家に帰るとやはり寂しく感じてしまうんです。お帰りと言ってくれる人も、おやすみと言ってくれる人もいない。ただ、無駄に広いこの家は私の寂しさを感じさせるものでしかないんです」
まだ見てはいないが、3LDKの広さであるこの家は一人で過ごすには広すぎる。
その家の広さが、余計に寂しさを感じさせているのだと思う。
誰もいない、何もないこの家を見ると「私は一人なんだ」と感じさせてしまう。
「桜学際の準備が終わりかけていた時に私は思ったんです。「お父様にも見に来てもらおう」って。そしたら、お父様は予定が調整できたら行くと言って下さりました」
その言葉は彼女にとって父に会えるという期待を抱くには十分だったのだろう。
頭では難しいとわかっていながらも、心の中では期待してしまう自分がいる。
しかも、今までに感じてきた寂しいという思いが、余計に西条院の期待を膨らませていった。
「だから私は頑張りました。もしかしたら来てくれるかもしれない。来てくれたら喜んでいってほしい。頑張っている姿を見て褒めてほしい。────そんなことを思いながら」
「……そうか」
西条院の話を聞いて、俺は小さく呟く。
「最近、私の周りには望むものばかり手に入っていました。本当の自分をさらけ出せるようになり、皆さんが仲良くなれたことで毎日が本当に楽しくなってきて、どこか調子に乗っていたのだと思います。今の自分だったら望むものは頑張れば手に入るんじゃないかって――――そんなはずがないのに」
西条院は倒れて冷静になったのか、今まで驕ってきた自分を責めるように言った。
「誰かに……それこそ神楽坂には相談しなかったのか?」
「これは私の我儘ですから……」
だからお願いなんてできません、と彼女は力なく薄っすらと笑った。
それを見て俺は少しばかりイラついてしまう。
「……今まで散々隠し撮った動画を使って脅しまがいのお願いしてきたじゃないか」
「あれは状況が状況でしたので……申し訳ないと思っています」
西条院は、そう言いながらベットの脇に置いてあったスマホを拾う。
「本当に、今まで申し訳ございませんでした────これは消させていただきますね」
彼女はスマホを操作し、画面を俺に見せながら以前撮られた俺の動画を削除した。
「これであなたは私に振り回されることもなく、自由に過ごせるでしょう。バックアップはとっていませんので安心してください。生徒会には参加していただきますが、もう私に関わる必要はありませんよ」
彼女は俺を安心させるような笑みで微笑んだ。
しかし、その笑みは誰でも分かるくらい寂しそうに感じる。
何故、西条院は俺を突き放そうとするのだろうか?
体の調子が悪いからネガティブな思考になってしまっているのだろう。
しかし、そう分かっていても込み上げてきた気持ちは―――――苛立ちだった。
「ふざけるなっ!!!」
「ッ!?」
俺は込み上げてきた苛立ちから、部屋中に響くような怒鳴り声をあげた。
突然俺が怒鳴り上げてしまったためか、西条院は思わず肩をビクっと震わせながら驚く。
「何でそうなるんだ!? 俺が動画のためだけにお前と一緒に過ごしていたと思ているのか!? ————そんなわけがないだろ!!!」
確かにきかっけはそうだったのかもしれない。
彼女たちの彼氏を作りたいというお願いは面倒くさいもので、始めは関わるのも仕方なくだった。
「お前は胸のことになるとすぐ怒るし、手加減もなく暴力は振るうから、嫌に思ったことは何回もある」
「……それはあなたが悪いですよね?」
「————けどッ!」
西条院と過ごすうちに楽しいと思い始めたんだ。
ありのままの自分で接してくれた彼女は、おしとやかな雰囲気とは裏腹に冗談を言ったりする可愛らしいところもあるし、自分に与えられたことはしっかりとこなし、他人を見捨てず一緒ん頑張ってくれる――――優しい女の子なんだ。
「————お前といる時間は楽しくて、一緒にいる自分が誇らしくて、これからもずっと一緒にいたいって……俺はそう思っているんだよ!」
「………」
西条院は俯きながら俺の話を聞いていた。
その頬にはうっすりと涙が光っていたが、それは何を思って流しているのか俺には分らない。
溢れだした言葉は一度吐き出したら止まらなかった。
「仲良くしたいって言いだしたのはお前じゃないか! そんなお前がどうして俺を突き放そうとする!? そんなに頼ることが嫌なのか!? 俺達は友達じゃなかったのかよ!?」
「友達だと思っていますよ!!!」
西条院は立ち上がり俺に向かって、涙を見せながら叫ぶ。
「友達だと思っていますよ! 私も始めは彼氏を作るために時森さんと過ごしてましたが、いつの間にかずっと一緒に過ごしていたいって思い始めたんです! 好きなんです! このみんなで過ごす時間が、あなたと一緒にいる時間が!!!」
彼女も、俺と一緒で溜め込んでいた心の思いを叫びとして吐き出す。
そして、一度吐き出してしまった思いはまたしても止まらない。
「けどっ! 時森さんにお願いして幻滅されたくなかったんです! こんな理由で頑張っていることを知られたくなくて、時森さんに嫌われたくなくてっ……! 私は一人で頑張っていたんです! この埋めれることのない寂しさを埋めたくて、私は今まで頑張ってきたんです! ————だから!」
西条院は溢れる涙を流しながら俺の胸へと顔を埋める。
そして、小さな嗚咽と共に最後に溜まっていた気持ちを吐きだした。
「だからぁ……私のこと嫌いにならないで――――嫌いにならないでください……」
西条院はそんな言葉を零しながら、俺の背中に手を回して抱きついてきた。
「……俺は、お前のことを嫌いになることなんてない」
俺は西条院の顔を上げ、その澄んだ瞳をまっすぐ見つめる。
「どんな理由であろうと、俺は頑張ったお前を嫌いになることはない。お前の頑張りは俺が知っている。一生懸命頑張ったやつをどうやって嫌いになれっていうんだ」
「……時森さん」
「だからさ……」
俺は綺麗な金髪を撫でながら、ゆっくりと未だ泣いている彼女を抱え、ベットに寝かす。
西条院は喋り疲れたのか、少しばかり熱が上がっているように感じた。
「後は俺達に任してゆっくり休んどけ────明日になったら、一緒に桜学際を回ろうぜ」
俺は、西条院を安心させるために優しく声をかける。
そうだ、彼女はこんなになるまで頑張ってきたんだ。
後は俺が彼女のために頑張る番だ。
「わ、私は……」
「ひいちゃん大丈夫!?」
すると、玄関から神楽坂の大きな声が聞こえてきた。
どうやら桜学際の一日目が終わり、急いで学園から帰ってきたのだろう。
「俺はもう行くから、後は神楽坂に看病してもらえよ」
俺はベットに横になっている西条院に背を向け部屋を出た。
……最後に、彼女はどんな顔をしていたのだろうか?
安心してくれているといいのだが……。
部屋を出ると、服を乱し息を荒らしている神楽坂がやってきた。
「時森くん! ひいちゃんは!?」
「今、ベッドで横になっている。おかゆを作っておいたから、食べられそうになったら食べさせてやってくれ」
「うん、分かった!」
そう言い残し、神楽坂は西条院の部屋に入っていった。
「さてと……俺もやることをやりますかね」
俺は自分のカバンをリビングから持ってきて、西条院の家を出る。
外は日が沈みかけ、ちらほらと生徒が帰っていく姿があった。
俺は玄関から少し歩き、検索ツールで『西条院グループ 本社』と調べた。
そして通話アプリを開き、調べた番号を入力し、ボタンを押して電話をかける。
『お電話ありがとうございます、西条院グループ本社でございます』
「あ、お世話になっております。時森と申すものなのですが、娘さんの件で社長に話があります」
西条院は倒れるまで頑張ったんだ、誰に頼ることもなく一人で。
だから彼女は絶対に報われなきゃいけないはずだ。
なら、俺は彼女が報われるためにできることは何でもしよう。
明日、笑って桜学際を一緒に過ごせように。
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読んでいただきありがとうございます!
もう少し真面目な話が続きますが、引き続き応援してくれると嬉しいです!
ギャグはもうちょっと待ってください!
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