倒れてしまった美少女はそれでも頑張ろうとする
「……あ、れ……ここは……?」
そう言いながら、目の前にいる彼女はゆっくりと目を覚ます。
「お、起きたか」
俺は目が覚めた西条院に気が付き、床に座っていた体を起こす。
「……ここ、私の家ですね」
「あぁ、すまないが勝手に入らせてもらった」
「……不法侵入ですよ」
「緊急事態だったんだ、許してくれ」
西条院は寝たまま、視線だけこちらに向けて話す。
その声はやはりどこか力ない。
それは、今の西条院の様態を現しているようだった。
「……私は学校にいたはずでは?」
「生徒会室で倒れていたのを見つけて、俺が担いで家まで運んできたんだ────あ、何もしてないから大丈夫だぞ」
俺は、至って悪いことはしていないとしっかり否定する。
あの後、西条院が倒れているのを見かけた俺は、すぐに容態を確認して家まで運んだ。
先生には一応報告はしたが、それは西条院を家に運んでからだ。
いわゆる事後報告というものである。
とりあえず住所がわからなかったので、神楽坂に連絡をとって確認し、今の状態も一緒に伝えておいた。
「神楽坂も後でここに来るそうだからな」
「……そうですか」
西条院は迷惑をかけたことに罪悪感を感じているのか、申し訳なさそうにそう呟いた。
気持ちも分からないことは無いが、今は素直に大人しくしていて欲しいものだ。
「……今、何時ですか?」
西条院は壁にかかっている時計に視線を向ける。
その時計には十時三十分と刻まれていた。
「……い、今すぐ……学校に行かないと」
「行かせるわけないだろうが」
濡れたタオルを落として起き上がろうとする西条院の肩を掴み、ゆっくりベットへ寝かす。
こう言うことを言い出すから俺は保健室に連れて行かずに、西条院の家まで連れてきたんだけどなぁ。
今の彼女を見ていると、無理にでも保健室から抜け出して桜学祭に向かうだろう。
自分にはまだやることがあるんだと、そう言いながら桜学祭をいいものにするべく動いていく、そんな気がするのだ。
「お前、今のお前の様態がわかるか?」
「……自分のことなので分かりますよ」
「いーや、分かっていない────いいか、お前は今確実に熱がある。それもかなり高いはずだ。じゃなきゃ、思いっきり床にぶっ倒れねぇぞ」
倒れた西条院に触った時はとても驚いた。
どうしてこんなになるまで頑張っていたんだと思うくらい熱かった。
まだ熱は計っていないが確実に熱はあるだろう。
……流石に男が女に熱を計ろうとするのはまずいからな。
神楽坂が来たら計ってもらおう。
「いいから今日は大人しくしとけ」
俺はそう言いながら西条院に布団を被せる。
「……で、ですが、私は行かなければならないのです……」
西条院は抵抗しようとしたが、力が入らないのか途中で布団を剥がすのを諦めた。
彼女がここまで頑張る理由は一体何なのだろうか?
俺はその事にかなり疑問を思ってしまう。
西条院はしっかり自分を見極めて判断できる人だ。
決して無理はせず、今できる最大限のパフォーマンスで物事を考え、行動していく人間なはずなんだ。
それがどうして、こんなになるまで無茶をすることになったのか?
「……お、お父様……」
西条院は少しばかり起き上がろうとしたが、やがて小さな呟きを残して眠ってしまった。
「……気づいてやれずにごめんな」
俺は寝ている西条院に向かって小声で謝った。
西条院がこんなになるまで気づいてやれなかったのは俺の責任だ。
いや、心のどこかでは気づいていたんだと思う。しかし、西条院なら大丈夫だと勝手に決めつけて、その小さな異変に目を逸らしていた。
けど、その事が間違っていたんだと、目を逸らしていただけなんだと気づかせてくれたのは倒れた西条院だった。
気付かされた時にはもう遅く、彼女は倒れてしまった。
俺はなんて馬鹿だったんだろう。
西条院の寝息と時計の刻む音が静かな部屋に響く。
その静かさが、今の俺には己の愚かさに向き合えと言っている様に思えた。
♦♦♦
(※柊夜視点)
「………んっ」
私は、額に冷たい感覚を覚えながら目を覚ましました。
ゆっくりと体を起こすと、濡れたタオルが額から落ちる。
きっと彼が置いていてくれたのでしょう。
「……また寝てしまったのですね」
視線を時計に向けると時刻は十五時を過ぎていた。
今から桜学祭に向かっても、着いた頃にはほとんど終わってしまっているでしょう。
部屋の中には彼の姿がありません。
きっと桜学祭に参加するために学園に向かったのでしょう。
あれだけメイド服が見たいと言っていましたからね……。
私はそれが当たり前だと言うのに、寂しいと思ってしまう。
病気というのは恐ろしいですね、どんどん思考がマイナスの方向になってしまうのですから。
「それにしても……」
あれから五時間くらい寝ていたというのにまだ体がだるい。
薬を飲んでいないからでしょうか?
「どうだ西条院、だいぶ良くなったか?」
すると、時森さんがお盆と小さな土鍋を持って部屋に入って来ました。
私は彼がこの部屋にいることに驚いた。
――――どうして、
「……どうして時森さんはまだここにいるのですか?」
この時間ならもう学園に行っても間に合わない。
私なんか放っておいて学園に行けば間に合ったというのに。
「そりゃ、お前を放っておけるわけないだろ」
彼はそう言いながらベットで横になっている私の近くに座り、お盆を近くに置いた。
「時森さんは、あれほど桜学祭を楽しみにしていたじゃありませんか……。桜学祭に出てメイド服を見たかったのではないのですか?」
違う、私はこんなことを言いたいのではありません。
彼が傍にいてくれる事が嬉しいはずなのに、頭が回らず、申し訳なさとマイナス思考が重なって、少し責める口調で勝手に口から出てしまった。
「馬鹿かお前。そんなことよりお前の方が心配だからに決まっているだろうが。それに、明日でもメイド服は見られるからな」
時森さんは私にそんなことを言われながらも気にせず、落ちていたタオルを拾い近くに置いてあった水桶で濡らしていた。
――――彼はこういう人でしたね。
一緒に過ごした時間は少ないですが、誰に対しても優しく、自分のことより他人を心配してくれる人なのは分かっている。
その優しさが、今の私にはとても嬉しく感じるものだった。
申し訳なさと体調のせいで悪い方向に考えてしまう思考も、彼の言葉で消えていくような気がしました。
……私って結構単純なのでしょうか?
「どうしてお前はあんなに頑張っていたんだ? 仕事を手伝っていたから分かるが、あれは普通の量じゃなかっただろ?」
時森さんは濡らしたタオルを横に置いて私に視線を向ける。
その表情は真剣で、話してくれるまで私を逃がさないと言っているように感じました。
「それは――――」
私は俯き口ごもってしまう。
今まで頑張ってきたことは全て私の我儘だ。
それを彼に言ったらどんな反応をされるのだろうか?
幻滅されるのでしょうか?
笑われてしまうでしょうか?
そんなことを考えてしまって、上手く言葉が出ない。
私の我儘でこうして彼に迷惑をかけているのだ。
先程消えた申し訳なさが蘇ってしまう。
「大丈夫だ西条院。俺はお前の考えを悪いとは思わないから」
時森さんは私の考えていることが分かったのか、安心させるように頭を撫でながら優しい声で言った。
————あぁ、彼には敵いませんね。
私は、未だに申し訳なさを感じつつも、やはり彼には言わないといけない……そんな気がしました。
だから、
「私が頑張っていたのは――――」
彼に今まで頑張ってきた理由を話す。
彼の手のひらの温もりを頭に感じながら、私はゆっくりと口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます