西条院柊夜は一人決意する

(※柊夜視点)


 桜学祭の準備もある程度進み、生徒会の仕事も終わった私は一人自宅に帰ってきました。


 私はアリスや時森さんとは反対方向に家があるので、いつも帰る時は一人で帰っています。

 夜道は危ないからとアリスや時森さんに一緒に帰ると言われた時もありましたが、私はやんわりお断りしたことがあります。


 だって、わざわざ反対方向の私の家まで付いてきてもらうのは申し訳ないですし、ある程度の暴漢であれば一人で撃退できますから。


 私は玄関を開き自宅に入る。

 そこには迎えてくれる家族はおらず、部屋中はとても静かなものです。


「ただいま帰りました」


 私は返事も来るはずもないが、ただいまの挨拶を一人口にする。

 分かってはいるものの、返事がないのはいつも寂しい気持ちになりますね。


 私の家族はお父様一人です。

 親戚も兄弟もいません。母親は、私が幼い時に他界してしまいました。

 今はお父様と一緒に暮らしているのですが、お父様は忙しく滅多に家に帰ってくることはありません。

 自慢では無いですが、それほどまでに西条院グループ規模が大きく、それを纏めるお父様はとても多忙なんです。


 私は自室の椅子にカバンを置くと、制服から部屋着に着替える。

 時刻は十九時をまわっており、これ以上外出する気にはなれませんので、とりあえずシャワーを浴びるために浴室に移動します。


 さっき着替えたばかりの部屋着を脱ぐと、私は鏡に映った自分の姿を見ます。


「……やはり男の子は大きい方が好きなんでしょうか?」


 男の子は大きい方が好きという話をよく聞きます。

 時森さんも、いつも鷺森さんの胸ばかり見ていますし、あのような……え、えっちな本には大体胸が大きい人が載っているような気がします。


 鏡に映った自分の胸はお世辞にも大きいとは言えない。

 ……恥ずかしいですけど、この前アリスと一緒に測ってみたらやっぱりAでした。

 一生懸命よせてみたんですけど、やっぱりBの壁は高いようです。


 時森さんにはいつも胸のことでからかわれています。

 彼にはもう少しデリカシーというものを覚えて欲しいものです。


 ……しかし、私の彼氏を作るという目標達成するにはやはり胸大小は影響してくるのでしょうか?


 私はそんなことを考えながらも、浴室に入りシャワーを浴びる。


 あれから、私は未だに彼氏ができていません。

 いえ、今でも告白されていますし、作ろうと思えば作れるのでしょう。


 けど、私は好きな人と結ばれる恋愛がしたい。


 今までの私は本心を隠し、上辺だけで周りと接してきました。

 ですが時森さんに協力をお願いし、指摘されてからは少しづつありのままの私で接するようになりました。


 そのおかげで、皆さんとは今まで以上に仲良くなれたような気がします。

 未だに下心ありきで近づいてくる人もいますが、前に比べたら大分減った気がします。


 最近は忙しかったですが、私の目標はやっぱりちゃんとした恋愛をした上で彼氏を作ることです。


 その為に私はまずは好きな人を作らなければなりません。

 最近は私個人を見てくれる人も増えてきましたが、どの人も好きって思えることができないでいます。


「私の好きな人……ですか……」


 浴室にシャワーの音と私の独り言だけが響く。

 結局、私が今好きな人は誰なんでしょうか?


 私の好きな人————


 協力をお願いして、渋々と頷いてくれた彼。

 いつもはふざけた態度をとっていて、いつも周りに迷惑をかけ、女性に対するデリカシーがない。

 けど、自分の目的の為には一生懸命で、時には他人を庇える優しさをもっていて、外見では判断せず、中身をしっかり見てくれる。後、顔も意外と好み――――


「なっ、なんで……そこで時森さんが出てくるんですか!!!」


 私は自分で思ったことに慌てて、浴室の壁に頭をぶつける。

 うぅ……ちょっと痛いです。


 しかし、何で好きな人がいるか考えてきたら時森さんの顔が浮かんできたんでしょう?


 ……あ、あの人は有り得ません!


 時森さんはデリカシーがないですし、行動がちょっと恥ずかしいですし、確かにいい所はありますが……そ、それは友達として好きという意味で、恋愛感情があるといえば……うぅ……っ!


 ————そ、それに……アリスの好きな人でもありますしね。


 私は自分の中で結論を出し、シャワーの水を止めて浴室から出る。

 水気をタオルで拭き取り部屋着に着替えた私はリビングのソファーに腰をかける。


「……やはりこの家は静かですね」


 人に愚痴ると、聞こえてくるのは時計の秒針を刻む音だけ。

 そんな音を聞きながら少し寂しい気持ちになりつつも、私は一人冷蔵庫にある作り置きの惣菜を取り出した。


 ……お恥ずかしながら、料理が出来ないのです。


 私は日中に来てくれる家政婦さんが作ってくれた食事を食べて過ごしています。

 家政婦さんも夕方には帰るので、鉢合わせることはありません。


「お父様、早く帰ってきて欲しいですね……」


 やっぱりあまり会わないとはいえ、私の唯一の家族です。

 無理はして欲しくはないがどうしても会いたいという思いがあります。


「そうです! 桜学祭に呼んでみましょう!」


 私は一人思いつき、手を叩く。

 帰ってくるのは難しくても、桜学祭に顔を出すくらいは出来るかもしれません。

 そしたら、頑張っている姿を見て頂けるかもしれませんし、楽しんでもらえるかもしれません。


 私は早速スマホを開き、通話アプリでお父様に電話をかける。

 数コール鳴ると、ガチャっと電話をとる音が聞こえた。


『もしもし、柊夜か?』


「お久しぶりですお父様。夜分遅くに失礼します」


『あぁ、大丈夫だ』


 私は久しぶりにお父様の声が聞けて少し嬉しくなってしまった。

 声が弾んでしまいそうで、上がった気持ちを抑えます。


「実は、来週に私が通う学園で桜学祭というイベントがあるのですが、それにお父様を招待したくて……」


『ふむ……来週か……』


 電話越しに、お父様の考えるような仕草が伺える。

 やはり予定がつきにくいのでしょうか?


『今から予定を調整するのは難しいが、行けるようであれば行こう』


「……ありがとうございます」


『もう夜も遅い、お前も早く寝るんだぞ』


 そう言い残し、電話が切れました。


 ……やはり、お父様は忙しいようですね。


 こればかりは仕方がありません。私がもっと前々から言っていれば大丈夫だったかもしれませんが、私が急に言ってしまったのです。


 久しぶりに会いたかったですけど、声が聞けただけでも嬉しい。


「────いえ、もしかしたら来てくれるかもしれません! お父様に楽しんでもらえるように頑張りましょう!」


 そうです、もしかしたら予定の調整ができて顔を出してくれるかもしれないではありませんか。

 頑張っている姿をお父様に見せて、喜ばせてあげましょう。


 私は拳を胸元で握り、気合を入れます。


「明日からもっと頑張らなくてはいけませんね」


 一人、心の中で決意します。

 幸い、まだ改善する箇所は沢山あるのです。


 生徒会長としても、西条院柊夜としても、より良い桜学祭にするために頑張っていきましょう。



 そんなことを思いながら私は遅い夕食を食べ、明日からに備えて就寝しました。




 気持ちが高ぶっていたのか、自分の体が少しだるく感じることにも気づかずに。


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