桜学祭の準備も楽じゃない

 桜学祭まで残り二週間まで迫ってきた。

 各々のクラスでは桜学祭の準備に取り掛かっており、普段の教室からだんだん雰囲気が変わりつつあった。

 ————それは俺のクラスとて例外ではない。


「先生、やっぱり思い出って大切ですよね」


「そうだな」


 俺はみんなが桜学祭の準備をしている中、我がクラスの担任に向かって力説していた。


「人生で三年間しかないこの瞬間を、僕達は大人になっても思い出して笑い合いたいんです」


「素晴らしいことだな」


 先生も、俺の意見に頷きながら同意する。


「この貴重な青春の一ページを僕らは数多くの思い出で埋めていきたいんです!」


「分かった。先生もお前達の青春の一ページを埋めていけるよう協力しよう」


「————じゃあ!」


 俺達は理解してくれたことに喜び、先生に向かって思いっきり顔を上げる。


「だが、持ち込んだカメラは返却はしない」


「「「「「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」


 皆が桜学祭の準備で忙しい中、俺達は教室で悲しい叫びを上げていた。


 なんて無慈悲な先生なんだ!

 俺たちの思い出を残そうとする意志を根こそぎカメラごと取り上げようとするなんて!

 せっかく坂本○二と同じ方法で説得しようとしたのに! ────あ、そういやあっちも没収品の返却できなかったんだっけ?


「どうしてですか!」


「こんなにお願いしているのに!」


「先生には生徒のこの姿を見ても思うことはないのか!」


 男子達も必死に誠意ある姿勢で懇願する。

 だが、俺たちの気持ちはこの瞬間もひとつ――――お願いします! 俺の一眼レフを返してください!


「お前達……教室の入口で土下座している姿を見せられて俺がどういう反応をしたらいいか悩んでいるのが分からないのか……」


 そう、俺達は誠意ある姿勢────『土下座』で先生にお願いしていた。

 先生は額に手を当てて呆れているがそんなことはどうでもいい。


「俺の愛用の一眼レフを返してください!」


「靴舐めますから!」


「肩もみますから!」


「お小遣いあげますから!」


 俺達は土下座だけでなく様々なオプションをつけて先生からカメラの返却を求める。

 俺も先生の靴を磨いてあげますから!


「そんなこと言っても規則は規則だ。返却はしない」


 俺たちの必死の土下座を無視して、先生は教室から俺達のカメラを大量に抱えて去っていった。


「「「「「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」


 こんなに俺たちがお願いしているというのに、情を持ち合わせていないのかあの先生は!


 俺達の悲嘆なる叫びは、教室どころか校内中に響きました。

 ……あぁッ! 俺の一眼レフがぁぁぁ!!!



 ♦♦♦



「私達のクラスの男の子って、なんか馬鹿が多い気がするんだけど……」


「気の所為じゃないか?」


 そんなこともありながらも、俺はクラスの看板を作るべく、木の板に丁寧にペンキを塗っていた。

 うーむ、相変わらずいいセンスだ。これならメイド喫茶の入口に飾るに相応しいだろう。


「いえ、気の所為じゃないと思いますよ」


 俺の近くで、西条院と神楽坂は普段着ている制服とは違う服装で飾り付けをしていた。

 確かに、今思えば俺以外バカが多い気がするなこのクラスは。


「時森さんもバカの一人ですよ……しかも飛び抜けて」


「最近お前が俺の考えを読んでくることに驚かなくなったよ」


 今度から西条院のことをエスパー西条院って呼んでやろう。

 ……いや、『マジカル☆エスパーひいよちゃん!』の方が喜ぶのではないだろうか?


 よし、試しに呼んでみよう。


「マジカル☆エスパーひいよちゃん♪」


「不快、不愉快、気持ち悪い」


「分かった、俺が悪かったから、関節キメて喉元にハサミを突きつけるのはやめてくれ」


 俺が謝ると、西条院はため息を吐きながらいつの間にか喉元に突きつけていたハサミを放した。


 ……本当に日に日に西条院の動きが全く見えなくなってきている。動きが洗礼されてきているような。

 俺と先輩以外に使うこともないのに、何故にそんなに極めていけるのだろうか?


「でも、何で皆カメラを持ってきていたの?」


 神楽坂が窓枠に花の飾りをつけながら聞いてきた。


「そりゃ、お前らのその格好で分かるだろ」


 神楽坂と西条院は今だけ、我がお手製のメイド服を着ている。


 そう、本日は試着会も兼ねての桜学祭の準備。

 今彼女たちが着ているのは、俺が今日まで徹夜して完成させた逸品だ。


 完成度は今の彼女たちを見ればわかるだろう!


 彼女たちはフリルが着いているロングスカートのメイド服をバッチリ着こなしていた。


 神楽坂はその明るい雰囲気とメイド服のおかげでドジっ子メイドっぽく、西条院はその清楚な雰囲気とメイド服がマッチしており、余計にお淑やかなオーラを醸し出していて、見ている側はどこぞのお坊ちゃまになった気分だ。


 さらに、彼女達の服には一切のシワもないよう作っている!


 サイズはぴったしだ。本当は俺が測ってサイズを合わしたかったのだが……神楽坂にビンタ、西条院に右ストレートを食らってしまったので、自己申告でサイズを教えてもらった。


 そして、なんと驚くことに神楽坂は胸がDあったのだ!


 本人は顔を赤らめながら胸囲を教えてくれたのだが、調べてみるとカップがDもあったんだ!

 パッと見た感じではDでは無いように見えるが、着痩せするタイプなんだろう。


 それに比べて西条院は……うぅっ!


 悲しい気持ちになるからこれ以上は言わないようにしよう。


「私達のメイド服がどうかしたの?」


「ほれ、あれを見ろ」


 俺はそう言って、教室の隅っこを指さす。

 神楽坂と西条院もそれにつられて隅っこに顔を向ける。


「何とかギリギリ撮影できた神楽坂のメイド服、まずは三千円から!」


「四千円!」


「四千五百!」


「六千円!」


 そこには、ギリギリ撮影できた神楽坂の写真をオークションで競り落としている男子の姿があった。

 その男どもの喧騒は賑やかのものであり、周りにいる女性陣は絶賛ドン引きである。


「私の写真で何やってるの……」


「肖像権もへったくれもないですね……」


 全くである。

 このクラスでメイド服を着ているのは西条院と神楽坂だけだ。

 本音を言えばほかの女子達にも着て欲しかったが、用意できなかったので仕方がない。


 しかし、西条院と神楽坂は校内屈指の美少女。

 その為、この二人が着ているのメイド服の写真はとても男子達には需要がある。

 よく見れば他のクラスの男子達もオークションに参加していた。


 ……全く、この学校の男子達には困ったものだ。

 もうちょっと自重していただけないと、このクラスがおかしな奴らばかりと思われるじゃないか。


 ————さてと。


「すまん、俺も急用があるからちょっと―――――」


「どこ行くのですか?」


 俺がその場から立ち上がると、西条院が俺の腕を掴んで俺が動くのを止めてきた。


「離してくれ。俺には行かなければならない場所があるんだ」


 早くしないと、神楽坂のメイド服が落札されてしまう。

 俺のありったけの財力で今すぐにでも入手しなければ。


「時森さんもあれに参加するのですか?」


「あぁ、神楽坂のメイド服姿だけはどうしても欲しいんだ」


「アリスだけの……ですか」


 西条院が小さく呟いているが今は関係ない。

 だって、今逃したら桜学祭まで見られないじゃないか!

 この絶好の機会……逃す訳にはいかない!


 何の為に俺が一眼レフを学校に持ってきたと思うんだ。

 一重にメイド服をフィルム焼き付けるためなんだ!


「だ、ダメだよ!? 恥ずかしいからやめてよぉ!」


 神楽坂はちょっと顔を赤らめながら反対側の腕を掴んで西条院と一緒にオークション参加を止めてくる。


 ……恥ずかしいならオークション自体を止めに行けばいいのでは?


「というわけで二人とも、俺の腕を離してはくれまいか? 俺は何としてでも神楽坂のメイド服の写真をゲットしなくてはならんのだ!」


 俺は必死に二人に訴えかける。

 お願いだ! 早くしないと落札されてしまう。


「そんなに時森くんが見たいなら……」


「見たいなら?」


 神楽坂が俯きながら小声で俺に向かって言ってくる。


「時森くんの為にいつでもメイド服着てあげるから、写真だけはやめてぇぇぇぇぇぇ!!!」


「「「……」」」


 神楽坂の必死の叫びが教室中に響き渡り、クラスに静寂包まれる。

 オークションしていた連中も一斉に静まりこちらに視線を向けた。


 ………っていうか、いつでも着てくれるの!?

 やったね! 望くんテンションアゲアゲだよ!


 それなら写真はいいかな〜。

 今度神楽坂に合わせたメイド服ver2を作っておこうかな。


「オークションの前にあいつ殺っとくか」


「そうだな、あいつだけメイド服が見られるのは理不尽だしな」


「羨ましい……僕も一緒に殺っちゃうよ〜」


「………殺気っ!」


 殺気を感じ振り向くと、いつの間にか取り出した鈍器を構えてオークションに参加していた連中が俺に向かって殺気を放っていた。


 やばい……俺だけ幸せを味わうことが出来る神楽坂の発言により、奴らの殺意が芽生えてしまった。

 何とかして逃げなければ!?


「くそっ! せっかく神楽坂がメイド服を着て、俺に何時でもスキンシップ多めのご奉仕してくれるって約束してくれたのに…ッ!」


「そこまで言ってないよ!?」


 俺は生きて神楽坂からご奉仕されるべく、急いでその場から離脱するため窓から飛び降りようとする。


 ————しかし、


「西条院さん、俺は今から般若の面をしている連中から逃げなきゃいけませんので……その腕を離してはいただけませんか?」


 西条院が俺の腕を掴んだまま離してくれない。

 西条院を見ると、顔は笑っているが目が全く笑っていなかった。


「どこ行くのですか? まだ作業が終わっていませんよ?」


「いや、後でちゃんと終わらせますから」


 だからお願いします! 離してください!

 ほら、男子達が鈍器を振り回しながらこちらにじわじわと近づいてきてるじゃないか!


「お願いします! 本気で殺されちゃいますから! ご奉仕が病院のベットの上だなんて嫌だから!」


「嫌です♪」


「何故にッ!?」


 俺は西条院の発言に絶望する。

 こうなったら無理やりにでも―――――強い!? 握力が強すぎて振りほどけないんですけど!?


「さぁ、三途の川を拝みに行く準備は出来たか?」


「冥土の土産はいらないよな」


「一思いに殺っちゃうよ〜」


 そうこうしている間に、気がつけば男達が周りを取り囲んでいた。

 やばいッ、退路がない!?


「お、落ち着けお前ら……冷静に話し合おうじゃないかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 命乞いも虚しく、男達は鈍器を振りかざした。

 そして、俺の絶叫が校内中響き渡ったのは言うまでもないだろう。


「どうして私はこんな事をしたのでしょう……?」


 そんな西条院の言葉は俺の耳には当然聞こえなかった。

 俺に聞こえたのは自分の骨が鈍器とぶつかる音だけ。


 俺は結局、文字通りフルボッコにされた。

 せめてもの救いは、あの後神楽坂がメイド服を着て保健室で看病してくれたことだろう。




 ……本当に、あいつらは容赦がないよぉ。

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