チャイナ服も男のロマン!

 俺が神楽坂ファンから恐怖の鬼ごっこで逃げ回ってから二日後の放課後、俺は神楽坂と一緒に視聴覚室に来ていた。


「今日が確か実行委員会だったよね?」


「俺と神楽坂の記憶が改竄されてない限りそのはずだ」


「じゃあ、今日が実行委員会だね!」


 というわけで本日は桜学祭実行委員会。

 女装はもう仕方がないとはいえ、我がクラスのメイド喫茶を磐石なものにするために今日の話はしっかりと聞かなければならない。


「神楽坂、今日はしっかり話を聞くんだぞ。メイド喫茶が素晴らしいものになるかは全てお前にかかっている!」


「……どうしてかな、あまりやる気が出ないよ」


「どうした神楽坂!? お前のメイド愛はそんなものだったのか!」


「私はそんなにメイド好きじゃないよ!?」


 なんていうことだ…!? 神楽坂にメイド愛があまり無かっただなんて…ッ!

 これじゃあ敵地で闘志を失った戦士と一緒に立ち向かっているようなものじゃないか!


「くそっ! こうなったら一人で戦ってやる!」


「誰と戦うの!?」


 俺達はそんなやりとりをしつつ、実行委員会が開かれる視聴覚室の扉を開く。

 するとそこには、全員揃っている訳では無いが各クラスの実行委員と思われる人が各々の席に着いていた。


「時森、お前も実行委員だったのか」


 視界の端にいた暑苦しいガタイのいい先輩が俺を見かけると、俺達に向かって声をかけてきた。


「サッカー部の先輩じゃないですか。凄いですね、一発で先輩だと分かりましたよ」


「お、そうか」


 一人だけガタイが飛び抜けてるんですよ。もう悪目立ち。

 チンパンジーが集まる檻の中にオスゴリラを一匹入れてる感じで目立ってるんですよ。


「そこの君はこの前見学に来てくれた子だよな」


「は、はい! 神楽坂アリスです!」


 神楽坂はサッカー部の先輩に話しかけられ、緊張しているのか上擦った声で返事をした。

 ……この人相手にそんなに緊張しなくていいのに。


「というか、先輩も実行委員なんですね。こういうことしない人だと思っていました」


「ん? あぁ、本当は俺もやりたくはなかったんだが、クラスの連中がどうしてもって言われてな」


「実行委員をやって欲しいって言われたんですか?」


「いや、お前の力で中華喫茶をやってくれと男子達にはお願いされてな。どうせなら実行委員になった方がいいと思ったんだ」


「ちゅ、中華喫茶……だとッ!?」


 そ、そんな……まさか!?


「どうしたの時森くん?」


 神楽坂が俺の発言に心配して顔を覗かせてくる。

 ちょっと顔が近いし、神楽坂の透き通った瞳と薄桃色の唇に何故か目が離せない。

 えぇい! 近い可愛い! 可愛い!


 しかし! 今はそんなことを考えている場合ではない!


「先輩」


「なんだ?」


 俺は真っ直ぐ、サッカー部の先輩の方に真面目な視線を送った。


「中華喫茶なんですか?」


「あぁ」


「チャイナ服ですか?」


「そうだ」


「お団子ですか?」


「もちろん」


「女子だけですか?」


「その通りだ」


「foooooooooou!!!」


 俺はあまりの嬉しさに思わず奇声をあげてしまった。

 その所為で、周りにいた実行委員の人達からは変な目で見られてしまったが、こればっかりは仕方がないだろう。

 ……神楽坂がドン引きしていたが、こればっかりは仕方がないだろう。


なぜなら、男のロマンpart2————


『お団子チャイナ』が見られるんだから!


 俺も迷ったさ、メイドかチャイナで。

 しかし、俺はあえてメイド服を選んだ! 本当に悩みに悩んだんだ!

 俺の中では僅差だった。今でも少し後悔する時もある。


 けど、先輩のクラスがチャイナ服を着た中華喫茶をやってくれるなんて!

 しかも女子だけ!


 ……俺、この学校入ってよかった。


「先輩……これを」


 俺は懐から一枚の紙切れを取り出して先輩に渡す。


「これはなんだ?」


「僕が借りている倉庫の住所とパスワードです。この中に俺が作ったチャイナ服が入っているので、クラスの参考にしてください」


 先輩は、紙切れを少し見つめ、顔を上げてお礼を言う。


「ありがとう、使わせてもらう」


「その代わりと言ってはなんですが……」


「結城にも言われたからな、お前は優先的に客として迎えよう」


「……先輩ッ!」


 流石先輩だぜ! 俺がチャイナ服を見たいだろうと確信して、予めサッカー部の先輩に話を通しておくなんて……本当にリスペクトっす!


「時森くん……」


 俺が感動している中、声をかけられて振り返ると、何故か目が笑っていない神楽坂が薄く微笑んでいた。


「ど、どうした神楽坂?」


 俺は何故か背中に悪寒を感じ、恐る恐る聞いた。


「そんなに他の女子達のチャイナ服がみたいの? どうして? 私のメイド服じゃだめなの? 時森くんは生粋の変態さんなのかな? かな?」


「怖い怖い。神楽坂、目からハイライトが消えているぞ」


 え、あの皆に愛される可愛いマスコットキャラの神楽坂さんってこんなことも言うの?

 俺の中のイメージがどんどん変形していくんだけど?


 おかしいな? ひぐらしのなく声が聞こえたよ。


 神楽坂も西条院も、だんだん本心で話してくれるのは嬉しいんだけど、本心の見えちゃいけない部分が見えちゃうから怖いんだよ………本当に。


「あ、そうだ時森」


 俺が1人だけ真冬のような寒さを感じている中、先輩が思い出したように声をかけた。


「どうしたんですか? 俺は今、相方の原因不明の病に立ち向かっているのですが」


 本当にどうしたんだろうか神楽坂は?

 俺が男の欲望に忠実な変態だってことは今更だろうに。


「あぁ、この前約束していた合コンなんだがな、他校の女子生徒と今度の土曜日に行う事になったのだが……時森の予定は空いているか?」


「俺の予定は天使の翼のように真っ白ですよ先輩」


「なら決まりだな。みんなに言っておこう」


 俺は以前約束していた合コンに行けることに喜び、思わずハイライトを消している神楽坂を放置してガッツポーズをとる。


 あぁ、最近は忙しくて彼女を作るための行動を疎かにしていたからな。

 こうやって合コンに行くのも久しぶりな気がするなぁ〜。

 帰って、合コンに行くための服のコーディネートを考えなきゃ。


 俺が喜びに耽っていると、神楽坂が俺の袖をくいっと引っぱった。


「どうした神楽坂?」


「時森くんはこの学園内じゃなく、他校の女子も狙っているんだね……」


「お、おう……そうだな」


 なんだ、今日の神楽坂は何故か怖いぞ。

 声のトーンがいつもよりかなり低く聞こえてしまう。


「……行くから」


「???」


「私も……その合コン行くから」


 神楽坂はそう言い残し、俺達のクラスの席に座っていった。


 ……自分から合コンに行きたいなんて、本当にどうしたんだろうか?


 多分、彼氏作りの為に自分から行動しようとしているのだろうが、あからさまに神楽坂のテンションが低い。


 というよりかなり不機嫌なように感じる。


(俺、何かしたっけ?)


 俺は先程までの自分の行動を振り返ってみる。


 教室に入った→異様に目立つサッカー部の先輩に出会う→チャイナ服が見られることに歓喜→合コンに誘われて歓喜→何故か神楽坂が不機嫌


 ……思い返してみてもやっぱり分からん。


 やはり女子の考えていることは男には難しいようだ。


 俺は不思議に思いつつも、サッカー部の先輩に神楽坂も合コンに行く意志を伝え、自分達のクラスの席に向かった。

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