第2章 桜学祭編

この時を俺は待っていたッ!

 あれから一週間が経った。

 特にこれといった変化がある訳でもなく、平和な日々が続いていた。


 ――――何か変化があったといえば


「と、時森くん! ここに資料置いておくね!」


「お、おう……」


 神楽坂が以前よりよそよそしくなってしまったということだろうか。

 俺、なにか悪いことしたっけ?


 麻耶ねぇも結城先輩も「この泥棒猫ついに……ッ!」「どうしたのかな神楽坂ちゃん?」と神楽坂を心配していた。


 ……いや、麻耶ねぇは心配してなかったな。うん。


 ということもあって、西条院が何か知っているかと思って聞いてみたのだが


「一応知っているのですが……時森さんには教える事はできません」


 と、何故か俺から目を逸らし教えてくれなかった。


 本人に聞いてみても────


「え、えーっと……べ、別によそよそしくなんてないったら無いかもしれないと思うかもだよ!」


 と何を言っているか分からなかった。


 俺も「あと何日かで問題なくなるだろう」と思い放置することにした。

 時間の流れはお互いの気持ちも忘れ去ってくれるはずだから。


 ————何も変わらなかったらどうしよう……。


 というわけで、これ以外特に変わったこともなく、平和な時間を過ごしていったのだった。



♦♦♦



 少し肌寒くなってきた十一月の水曜日の朝。

 俺はポケットに手を突っ込みながら登校した。


 まったく、冬が近づいてきてるっていう感じがして嫌だねぇ。

 だってさ、冬なんてリア充さんのイベント盛り沢山じゃないか。


 クリスマスに初詣、バレンタインにホワイトデー……非リアにとっては辛いものがある。


 あぁー、彼女欲しいなー。


 ということを考えながら教室のドアを開ける。


 すると、俺の席の近くで一輝と神楽坂が机を引っつけて話していた。


「……ど、どうしたらいいのかな?」


「うーん、望は案外鈍ちんだからねー」


 会話の内容は聞こえなかったが、何やら親密そうだ。


 うんうん、彼氏を作るべく自ら一輝と話して仲良くなろうとしている神楽坂……偉いぞ!

 西条院にも神楽坂を見習って欲しいものである。


 しかしまぁ……一輝も可哀想に。


 あいつは気づいていないのだろうか?————周りの男子の殺気に。


 さっきから虎をも殺す目で一輝を見ているし、持っているシャーペンの芯がポキポキと折れている音が不気味で怖い。


 ……ご愁傷さま。骨はしっかり拾ってやろう。


 俺は巻き込まれないように静かに自分の席に座る。


「あ、望おはよう」


「馬鹿ッ! 話しかけてくるんじゃない!」


 一輝が俺に気づいたのか、俺に声をかけてくる。

 こいつ、なんてことをするんだ! せっかく関わりたくないから静かに座ったというのに!


 ほら見てくださいよ……何故か殺気の対象に俺も含まれちゃったじゃないか。

 シャーペンも二本持ちで芯をポキポキ折りまくってるよ。

 ……怖い、怖い!


「なんで話しかけちゃいけないのさ?————あぁ、なるほど……後ですぐ逃げなきゃ」


 一輝も自分の置かれた状況に気づいたようだ。

 多分、朝のホームルームが終わるとクラスの男子達が一斉に襲いかかってくるだろう。

 よし、お前のせいなんだが、逃げる時は一緒に逃げよう。俺達、友達だからな。


「と、時森くん……お、おはよう!」


「おう、おはよう」


 神楽坂は一輝の方から勢いよく俺の方に振り返り挨拶をしてきた。

 しかし緊張しているのか、言葉がカミカミだ。

 何故に緊張しているのかねマドマーゼル?


「二人とも朝っぱらから仲良いなー。さすが幼なじみ」


 俺は茶化すように2人に向かって口にした。

 こう言えば、二人ともお似合いだという雰囲気が出せる! そしたら必然的にこいつらも周りの目を気にせず仲良くできるようになるだろう……ふっふっふ、我ながら自分の頭の良さに惚れ惚れするぜ。


「そ、そんなことないよ! 佐藤くんとは全然仲良くなんてないんだから!」


「こらこら、君はなんてことを言い出すんだ」


 神楽坂は机を思いっきり叩いて慌てて否定する。


 ほら見ろ、一輝もかなり傷ついたのかめちゃくちゃ苦笑いじゃないか。

 可哀想に、何もしてないのに否定されたなお前……。


「皆さんおはようございます」


 すると、後ろから登校してきた西条院が声をかけてきた。


「あぁ、おはよう」


「おはようひぃちゃん!」


「おはよう」


 俺らも挨拶を返す。


「さっきから周りからシャーペンの芯が折れる音が聞こえるのですが……どうしたんでしょう?」


 西条院はクラスの異常さに気がついたのか、疑問を口にする。


「気にするな、いつものことだ」


「まぁ、これから僕達は逃げなきゃいけないけどね……」


「あぁ……なるほど、理解しました」


「???」


 西条院は納得したのか手を顎に当てて頷き、一方の神楽坂は理解してないのか首を傾げている。

 神楽坂よ、主にこのクラスだけなんだが君の発言は力があるっていうことを理解して欲しい。そしてそれに巻き込まれる被害者の気持ちも。


「そんなことよりも、今日は帰りのホームルームでアレを決めなければいけませんね」


 おい、西条院。俺らがこれから命懸けの逃走劇をはじめなきゃいけないっていうのにそんなこととはなんだ。

 もうちょっと俺たちに気を使ってもいいんじゃない?


「何を決めるっていうんだい?」


「えぇ、そろそろ桜学祭なので実行委員と出し物について決めるんですよ」


「きたぁーーーー!!!」


「きゃっ! いきなり大きな声出さないでください!」


 西条院が俺の声にビクッとなってしまった。

 その姿は結構可愛らしいものだったが、そんなことは今の俺にはどうでもいい!


 ついに、この日が来たんだ。

 我が願望を叶える絶好の機会……ここを逃したらまた来年になってしまう。


 中学時代から夢に見ていたんだ……絶対に逃す訳にはいかない!

 ふっふっふ…ホームルームが楽しみだぜ。


「どうしたの時森くん? ちょっと変な笑い方してるけど」


「気にしなくていいよ。望のあれはくだらない願望を叶えるチャンスがきて喜んでいるだけだから」


「何か嫌な予感がしますね……」


 はっはっはー! なんとでも言いやがれ!

 俺は、彼女を作る野望の次に大事な野望があるのだ。


 中学時代から抱いていた野望────今回、絶対に叶えてみせるッ!




 いざ叶えん! 男子の夢、メイド喫茶を!!!

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