その行為は素晴らしいことのはずだから

「……大丈夫か、神楽坂?」


 とりあえず、後ろで縮こまっている神楽坂に声をかける。


「時森くん、助けてありがとうね……」


 神楽坂は目元に浮かんだ涙を拭って、お礼を言った。

 その顔はうっすらと赤みがかっていた。


「別にいいよ……それより大丈夫か?」


「……うん、大丈夫だよ」


 大丈夫なら良かった。

 ここでずっと泣かれても困るからな。


「アリス、大丈夫ですか?」


 先輩が立ち去ってすぐに、西条院は草陰から出て俺たち元に走ってきた。


 そういやこいつ、最後まで出て来なかったな……まぁ、こいつもあの現場はなかなか出て行き辛いか。


「……うん、時森くんが庇ってくれたから」


「そうですか……。時森さん、アリスをかばってくれてありがとうございました」


 西条院はそう言って、俺に向かって頭を下げた。


「……気にするな、俺はイケメンが嫌いだっただけだ」


 二人にお礼を言われ、若干照れくさくなった。

 なので、ついついイケメンをバカにしてしまったのは仕方がない。

 ごめんね? 照れ隠しじゃないにしろ、本当にイケメンが嫌いなんだよ俺。


「まったく、あなたっていう人は……」


 西条院は俺の発言に呆れたのか、小さくため息をついた。

 ちょっと? 今の若干バカにしたよね?


「まぁ、とにかくもう終わったことだ。おい西条院、続きをやろうぜ。早く帰りたい」


 当初の目的は花壇の手入れ。

 さっさと終わらせて、帰ってゲームと筋トレをしよう。


 そう思い、俺は置いていた軍手とスコップを手に持って花壇へと向かう。


「ま、待って!」


 すると、神楽坂が俺の裾を指先で掴んで制止させてきた。


「どうした? 俺は面倒事が終わったからさっさと花壇の手入れをして帰りたいんだが……」


「ご、ごめん……」


 神楽坂は慌てて俺の裾から手を離す。

 先程のことを気にしているのか、さっきよりも随分よそよそしい。


 そんなしょぼくれた顔しないでくれよ……何か俺が悪いことをした気分になってしまうではないか。

 なんでだろう、美少女は罪悪感を抱かせる補正でもついているのだろうか?

 ぼ、僕は悪くないからね! この無駄に可愛い神楽坂さんが悪いんだ! —————いえ、誰も悪くないです。

 ……自分で何言っているか分からなくなってきた。


「……で、どうした? さっきのことなら別に気にしなくていいぞ」


「そ、そうなんだけど……」


 神楽坂は指をモジモジさせながら俯いてしまった。

 こら、なんて態度をするんだ! いちいち行動があざといんですよ! キュンキュンしちゃうじゃない全く!

 いや、可愛いけどさ!


「な、なんで私を助けてくれたの? 時森くんは私達にはあまり関わりたくないんじゃなかったの?」


 あれ、俺神楽坂達にあまり関わりたくないって言ったっけ?

 ――――あぁ、一輝から聞いたのか。


 あいつの口は軽すぎる。後で喋れないようにしないと。


「私が暴力振るわれそうだったから? ……それとも、今まで振ってきた罰だと哀れに思ったから?」


「そんなことはない」


 違う。確かに俺は暴力を振るわれそうだったから助けた。

 けど、その時の俺は先輩を見て無性にイライラして我慢が出来なかったからだ。


「なら、どうして?」


 神楽坂はじっと俺の答えを待つべく視線を向ける。


「本音を言えば、さっき助けたのは神楽坂の為じゃなくて、単に気に入らなかっただけなんだ」


 そう、あの時の告白は気に入らないことばかりだった。


「告白ってさ、さっきも言ったんだが本当に勇気がいるし凄いことなんだよ。自分の好きっていう気持ちを相手に理解して欲しい、受け止めて欲しい。けど、受け入れてくれないかもしれない、嫌われるかもしれない、そう思うと、なかなか言葉にできない――――だからこそ勇気がいる」


 神楽坂は俺の言葉に黙って耳を傾ける。


「勇気を振り絞った告白っていうのはさ、例え振られても俺からしてみればかっこいいことなんだよ。だから振られたら元気出せよって言ってあげたくなるし、付き合えたら心の底からおめでとうって言える」


 俺も、何回も告白してきて振られたりしたが、俺は惨めだとも思っていない。勇気を振り絞って好きって言う気持ちを伝えたんだ。自分でも誇らしいと思うし、友達からも、頑張ったねと励ましの言葉を貰える。

 その行動は素晴らしいもののはずだから。


「だから、さっきの告白は気に入らなかった。先輩は好きって言う気持ちが何も感じられなかった。顔がいいから……そこはいい。それも立派な理由だ。けど、先輩はそれだけしか見てなかったし、そこだけしか好きになろうとしなかった」


 神楽坂と西条院はじっと俺の言葉に耳を傾ける。


「神楽坂は多くの男子から告白される魅力がある。それすらも知ろうとはしないで自分の顔や人気がいいからって付き合おうとする先輩にムカついた。挙句に神楽坂の気持ちも考えず怒り出すなんて、告白をバカにしてると思ったんだ―――――だから止めに入った。結局、俺のした事は俺の為であって神楽坂を助けた訳じゃないんだ」


 俺はひとしきり喋ったあと、小さく息を吐く。

 そして何故か西条院は目を丸く見開いており、神楽坂は顔を真っ赤にして俯いている。


 ……あれ?  俺、結構恥ずかしいこと言ってない!?


 ちょっと熱が入ってしまい何も考えず思ったとこを口にしていたのだが、今思えばかなり歯の浮くような台詞だったのではなかろうか。


「ま、まぁそんな感じだ! じゃ、じゃあ……俺は花壇の手入れに戻るからな!」


 俺は急に恥ずかしくなってしまい、逃げるように花壇の方へと向かった。

 多分顔が赤いだろうが、神楽坂達を見ると余計に赤くなりそうだったので逃げてしまった。



 ――――さぁて、可愛い可愛いお花さんのお世話でもしましょうかね!



 ♦♦♦



(※柊夜視点)


「ま、まぁそんな感じだ! じゃ、じゃあ……俺は花壇の手入れに戻るからな!」


 そう言って、時森さんは花壇の方へと走って行ってしまいました。


 ……はぁ、自分でキザな台詞を言って恥ずかしくなって逃げてしまったのですね。

 逃げる前に、この空気を何とかしていって欲しかったです。


 しかし、先程の時森さんの言葉は何故か心に残ってしまうものでした。


「さて、私も先生の頼み事に戻るとしましょうか――――アリスはどうしますか?」


 私は未だに顔が赤いアリスに向かって訪ねます。

 そろそろ日も暮れそうですし、早めに終わらせないと行けませんからね。


「……私は今日は帰るよ」


 彼女は首をフルフルと横に振って否定します。


「そうですか……では私は彼のところに行きますので――――アリス、また明日ね」


 私は、俯いたままのアリスに声をかけ彼の所へ向かいます。


「ねぇ、ひぃちゃん」


 すると、アリスは花壇に向かう私に声をかけてきました。


「なんですか?」


 アリスは顔を上げ、ゆっくりと口にしました。


「私……好きな人出来ちゃった」


「……そうですか」


 誰かとは聞きません。

 それが誰なのか明確に分かっているのですから。


 アリスがなんで好きな人が出来たのか、なんで好きになってしまったのか、友達である私には分かります。


 気持ちは理解できます。

 あの時のあの言葉は、アリスにとってとても心に響くものだったと思うから。


「じゃあね、ひぃちゃん。また明日」


 アリスはそう言って校舎裏から立ち去っていきました。



 ……はぁ、友達に先を越されてしまいましたね。


 友達の一歩に喜びも感じ、同時に悔しい気持ちにもなってしまいます。

 ……素直に喜べないなんて、友達失格でしょうか?


 —————でも、


「ありがとうございます時森さん。今日のあなたはかっこよかったですよ」


 私はそう呟き、彼の元へ向かったのでした。

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