誰かに告白するのなら
(※アリス視点)
私は目の前の先輩に放課後校舎裏に着いてきて欲しいと言われ、こうして校舎裏に来た。
相手は一学年上の先輩で、クラスの女の子達から聞いた話によるとバスケ部のエースの人で、結構の人気があるみたい。
そんな彼に呼び止められた時はなんだろう? って思ったけど、ここに連れてこさされた時には「あぁ、告白なんだな」って思った。
自慢とかではないけど、ここで私は何回も告白を受けてるから……。
だから、校舎裏に来たらまたかって思ってしまう。
「ごめんね、こんなとこまで来てもらって。俺はどうしても君に伝えたいことがあるんだ」
……やっぱり告白なんだ。
私とこの先輩は全く話したことがない。
そんな人から告白されるのは結構ある。告白自体は嬉しいけど、何を思って私に告白したいのかなんとなく分かってしまう。
……きっと慣れてしまったからなんだろうけど、嫌だなぁ。
「君のことが好きだ。付き合って欲しい」
先輩は、落ち着いた声音で告げる。
こんなこと言う人は大抵私の顔か、『神楽坂アリスと付き合えた』という称号が欲しい人だけなんだよね。
本当の私を見てくれてない。
それがどうしても、相手の雰囲気で分かってしまう。
だから私はあまり言いたくないけどこう言うんだ。
「ごめんなさい、先輩とは付き合えません」
「ッ! 理由を聞いてもいいかな?」
先輩は一瞬驚いたが、それでも声音を変えずに聞いてくる。
いつものクールな感じを保とうとしてるのかな?
「あまりお話したことないですし、先輩のことよく分かりませんから」
「なら、これから知っていけばいいじゃないか!」
先輩はまだ納得してくれない。
……こういう人はたまにいるけど、ちょっと困っちゃうなぁ。
「それでもごめんなさい。私はお付き合いできません」
私がそういうと、先輩は額に青筋を浮かべて、拳を強く握ってプルプル震えている。
こんな事を言うのは毎度やっぱり苦しい。
告白を断るのはやはり申し訳ないという気持ちが湧いてくる。私だって、好きでこんな事を言ってるわけじゃないし、相手を傷つけてるんだろうなって感じてしまうから。
「———ッ! 顔がいいからって調子乗りやがって!」
先輩は、先程とは一変して怒鳴りあげる。
思わず、私もビクって驚いてしまった。
「どうせ、男子から告白されて、優越感に浸っていたんだろ!? そうやって男子がフラれる瞬間を見て俺たちを嘲笑っているんだろ!?」
先輩が私に勢いよく掴みかかってくる。
違う! 私はそんなこと思ってない!
告白してくれたことは嬉しいけど、断るのは心苦しいし、優越感なんて感じてない!
けど、私は怖くて上手く声が出せなかった。
体を縮こませ、必死に先輩の怒鳴り声に耐える。
「調子乗んなよ、このクソアマが!」
そう言って、先輩は私に向かって拳を振り上げた。
――――誰か助けてっ!!!
本当ならこんな心の叫びなんて届かないのは分かっている。
今まで、大勢の人達を断ってきた罰なんだとも思ってる……けど、それでも、私は。
「誰か助けてっ!」
「先輩、流石にそれ以上は許しませんよ」
誰かの声が聞こえる。
私は恐る恐る顔を上げると、そこには先輩の拳を受け止めていた見慣れた男子生徒がいた。
その人は私の叫びを聞いたからではないと思う。
けど、
「時森くん!」
それでも、彼が来てくれたことが、心の底から嬉しかった。
♦♦♦
やってしまったとは思っている。
ここで出てしまったら、覗いていることがバレてしまうのだが、これはさすがに見過ごせなかった。
「……お前、いつからここにいた?」
「覗くつもりはなかったんですけど、偶然居合わせしまったんですよ。というより先輩、流石に暴力はまずいんじゃないですか?」
俺は先輩の手を離す。
先輩は手を引っ込めると、軽く舌打ちをして俺を睨んだ。
……怖いから睨まないで欲しいっす。
「お前はこいつの肩を持つのか……。どうせこいつに好かれたいからそうしてるんだろうが、こいつは男を弄んで優越感に浸っている奴だぞ」
そう先輩は苛立ちげにそう言い放ち、神楽坂を指さす。
だが、そんな言動に俺は肩を竦める。
「俺は別に神楽坂に好かれたいから、ここにいるんじゃないですよ」
そう、俺は別に神楽坂に好かれたいから出てきわけじゃない。
単にこれ以上見過ごせなかったから出てきただけなんだ。
「俺は先輩が神楽坂に告白するのが悪いとは思ってません。フラれて悔しがるのも別にいいと思います」
「だったらッ!!!」
「────けど、それ以上はいけない」
声を張って怒鳴りあげる先輩に向かって、俺は目を見据えて言う。
もちろん、暴力は絶対してはいけない。
けど、先輩はそれ以前に神楽坂に対して怒ることもしてはいけないんだ。
「先輩はなんで神楽坂に告白したんですか?」
「……それは」
先輩は何か答えにくいのか、戸惑ってしまった。
「どこか、好きな場所はあるから告白したんですよね? だったら答えられるはずです」
そうだ、告白は相手のことが好きになったからするんだ。
そこには、相手のことが好きになった理由が必ず存在している。
「……」
しかし、先輩は何も思いつかないのか、完全に黙ってしまった。
それでも俺は話を続ける。
「別に顔が好きとかでもいいんですよ。それは立派な好きになる理由だ。けど、それは神楽坂の外見であって中身じゃない。外見だけを好きになった奴が神楽坂に受け入れて貰えるわけがないです────確かに、こいつはアホでちょっとドジなところもある」
けど――――
俺は先輩から目線を外し、後ろで怯えて身を竦めている神楽坂へ顔を向ける。
「だけど神楽坂は誰に対しても優しくて、どんな時も明るく振る舞えて、何に対しても一生懸命になれる人だ。神楽坂と過ごした時間は少ないかもしれないけど、まだ他にもいいところがあるのを俺は知っている」
「時森くん……」
神楽坂は俺の言葉を聞いてくれたのか、俺と目線を合わしてくれた。
神楽坂は怖かったのか、目が若干潤んでいるように見える。
それを見て俺は改めて先輩を見据えた。
「先輩は神楽坂のいいところを知っていますか? あまり神楽坂と話したことがないから――――いや、こいつを知ろうとしなかったから知るわけもないですよね」
先輩は神楽坂のことを知る努力をしていない。
俺も、幾度となく可愛い人達にすぐ告白してきたが、中身を知ろうと頑張って話したりしてきた。
そのおかけで、外見だけではなく、中身も知れて余計に好きになったし、最終的には中身の方が外見よりも好きになっていた。
「そんな奴が神楽坂と付き合えるはずもないし、フラれて怒る筋合いも先輩は持ってない。後、なんで先輩は付き合えると思ったんですか? 自分の顔がよくて、人気があるからですか? それこそ、神楽坂に対して言っていたことと同じじゃないですか」
先輩は、確かにイケメンさぞかし周りからの人気も高いのだろう。
けれど、それで付き合えると思うなんて傲慢だ、決して神楽坂には届かない。
「もちろん、神楽坂に対して怒るのもそうなんですが、暴力はいけない。それは絶対にやっちゃいけないことだ――――だから俺は止めに入ったんです」
ふぅ……結構偉そうに話してしまったな。
そして俺は一頻り話した後、先輩を見る。
すると先輩はおもむろに口を開いた。
「すまない……いや、そうだよな……」
なにか思うところでもできたのか。先輩は己に向かって言葉を向け────
「……俺はどこかで奢っていたんだろうな。考えてみれば当たり前のことだ、相手の顔がいいからって付き合おうと考えるのは。確かに俺は神楽坂さんのことは何も知らずに告白をしてしまった―――――今思えば、そんな奴が付き合えるわけなんてないのに」
そして、先輩は顔を上げてそう口にした。
その表情は、先程とは裏腹に何故かスッキリとしている。
「ありがとう、君おかげで冷静になれて、自分の愚かさに気づいたよ」
そう言って、先輩は視線を俺から神楽坂の方へと向ける。
「神楽坂さんも本当にすまない……許してくれとは言わないけど、また話す機会があったら仲良くして欲しい」
そう言い残し、先輩は校舎裏から立ち去っていった。
……あぁ、疲れた。本当に、こういうのは西条院の役割であって俺の役割じゃないと思うのだがね?
俺は、先輩が立ち去るのを最後まで見ると神楽坂の方を向く。
これで、とりあえずは揉め事にならずに済んだ訳だが―――――後ろで半泣きになっている神楽坂をどうしたもんかね。
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