美少女と二人きりなんて何か間違いが……起きません!

「とりあえず、アリスがこないのなら仕方がありません。時森さんにはこちらを手伝ってもらおうと思います」


 そう言って、西条院から何十枚もある資料を渡された。


 すげぇ、結構どっさりしている。

 ……これ何十枚あるんだよ?


「……これは?」


「再来月の桜学祭の予算案などの資料です」


 ちなみに桜学祭とは、年に一度外部の人を招いて模擬店やステージイベントなどを行う行事である。 

 桜ケ丘学園はこの地域の中でも一番を誇るマンモス校であるため、その規模はかなり大きいものであり、桜ケ丘学園の一大イベントとなっている。


「これを俺にどうしろと?」


「本来は生徒会のメンバーが行う作業でしたが、全員帰らせてしまった為本日分の仕事を時森さんにやってもらおうと」


「完全に自業自得じゃねぇか。俺やる必要ないじゃん……」


 早速罰が当たってるぞ西条院。

 そりゃそうだろう。桜ケ丘学園の生徒会は何が楽しいのか、平日はほとんど仕事をしている。

 それを一日どこぞの会長が無理矢理休ませたんだ。仕事だって残ってしまうだろう。


「っていうか、今日神楽坂がいたらこの仕事どうするつもりだったんだよ?」


「私が残ってやるだけでしたよ?」


 この量を一人で!?

 これぶっちゃけ6人分ぐらいの仕事の量だと思うんだが……。

 一人で片付けるとなると、完全に日が暮れて夜まで時間がかかってしまうだろう。


「そこまでするって……お前の彼氏作りはそんなに大事かよ?」


「はい、私にとってはとても大事なものです」


 西条院は至って真面目に、真剣な表情で俺を見据えた。

 その顔には嘘一つない……それが、嫌という程伝わってきた。


 ……あーもう、しょうがねぇな!

 俺は頭をかきつつも、資料を持ってソファーに向かう。

 

「このパソコンで作業すればいいのか!?」


「ふふっ、ありがとうございます。そこのパソコンにフォーマットがあるので、そちらに打ち込んでいただけますと助かります」


「……今日だけだぞ」


 西条院は、くすりと笑いお礼を言う。


 ……流石に女子を夜遅くまで残すのは気が引けるからな。

 しかも、西条院は他の女子より一段と容姿が優れている。そんなやつを夜道に帰したら犯罪に巻き込まれてしまうかもしれない。


 ……本当に今日だけだからな!


 俺は、ソファーに座りパソコンを起動させ、フォーマットに資料をかみ砕いて打ち込んでいく。


 それを見てから、西条院も自分の作業に戻る。



 ♦♦♦



 それからしばらく、お互い黙々と作業を進めていった。

 久しぶりに使うパソコンは、意外にも体に残っているものらしく、スラスラと文字を打ち込めている。


 すると、ふと西条院からの視線を感じた。


「どうかしたか?」


「……いえ、時森さんはタイピングが上手なので、意外だなと。てっきり体育会系だと思っていましたので」


 西条院は意外そうな顔をする。

 そんな顔をチラリと横目で見たが、早く終わらせる為に、打ち込みながら答えた。


「パソコンの扱いがうまいやつはモテるという情報を聞いてバリバリ練習したからな」


「……努力は素晴らしいのですが、下心が隠せてないので、凄いのかどうかが分かりませんね」


「そこは素直に褒めてくれねぇの?」


 昔、俺は一輝から「さっきクラスの女子が話してたけど、パソコンが上手な人ってかっこいいらしいよ」という情報を聞いて、すぐさまパソコンを購入。ひたすらパソコンの知識とタイピングを勉強したものだ。

 おかげで、今では簡単なゲームなら作れるし、ワープロ検定も一級も所得している。


 ……まぁ、その女の子はしばらくして「パソコンが上手な人ってオタクって感じがしてきもいよね~」と言っていたのを耳にしたときは膝から崩れ落ちてしまうほどショックを受けたものだ。


 懐かしい……涙が出てくる。


「しかし、目的のために努力する人は素晴らしいと思いますよ。ほとんどの人は途中で挫折してしまうので、時森さんはやっぱりすごいと思います……目的がアレですが」


「そこもしっかり褒めてくれ。最後の一言のせいで嬉しさが減少したぞ」


 西条院はどうしていつも余計な一言を言うのだろう?

 弱ツンデレですか?いえ、デレてません。


 というやり取りがありつつも、俺たちは黙々と作業を進める。


 うーん。ここの予算は別に割り振ってもいいと思うのだが……。

 正直、無駄な予算だと思うんだけどなぁ?


 だって、バスケ部ってリア充多いじゃん?幸せ税納めてないんだから予算あげすぎだと思う。


 そうやって俺が試行錯誤していると、不意に西条院が口を開いた。


「———あなたは、私に何もしないのですね…」


「ふぁっ!?」


 西条院の発言に今日二度目の素っ頓狂な声が出てしまう。


 急に何を言い出すのこの子は!?

 それは暗に俺に襲って来いって言ってるの!?

 確かに、誰もいない状況で美少女と二人っきり……さっきまでは何も思わなかったが、何が起きてもおかしくない状況と言っても過言ではない。


 しかし、西条院のこの発言……まるで何かあっても大丈夫っていう意味だったりするのか!?

 ————もしそうなら、俺も男を見せるしかないようだ。


「……ッ!? ち、違いますよ!?襲ってくれという意味ではないですからね!?」


 西条院は自分が言った言葉が変なものだと気がついたのか、顔を紅潮させ慌てて否定する。


 ……なんだ、そういう意味ではないのか。

 分かってはいたけど、ちょっと悲しい気持ちになった俺がいる。


「じゃあ、どいうことだよ?」


 そして、西条院はパソコンの手をを止め、真剣な眼差しでこちらを向く。

 そのせいか、俺も作業する手を止めて西条院の方へと顔を向けた。


「……私に近づいてくる人は、西条院グループの恩恵を受けたいという人や、外見がいいから仲良くなろうと寄ってくる人ばかりです。今まで普通に私……西条院柊夜としては誰も接してくれませんでした」


「……」


「だから私は友達がアリスしかいません。頼れる人も、相談に乗ってくれる人も、私にはいません」


 俺は、黙って西条院の話を聞く。


「しかし、あなたは私に何もしてきません。仲良くなろうと話しかけたりいいところを見せようともせず、ただ普通に接してくれます———私は自慢ではありませんが容姿は整っていると思います。あなたは可愛い子がいたら真っ先に告白するか仲良くなろうとしてましたよね?私には何故そうしないのですか?今も今までも……私だけでなくアリスにも何故何もしないのですか?」


 ———初めて、西条院の愚痴を聞いた。

 普段のこいつは、誰に対しても同じような笑顔を振りまき、誰に対しても何でもできる女性の姿をしていた。


 それは決して己を見せず、誰にも心を開いていないということだ。

 しかし今、初めてこいつの弱い部分を見た気がする。


「俺は―――――」



 だから、俺はゆっくりと俺の言葉で、答えようと思う。

 西条院が初めて、自分の心を見せたと思うから。




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