最終章 Tomorrow and Tomorrow

「絶対境界線まであと2・5!」

「1・7! 1・2! 1・0! 0・7!……」

 スタッフたちは専門用語を交えてカウントを続ける。

「0・1! ボーターラインクリア! 仮称ギガンティス二号機機動しました!」 


 其処は、地下施設のなかにある一角でのことだった。巨大な格納庫のような一室では、テトを巨大化したような、また、アスカが乗る赤い機体のような、装甲で覆われた巨人が一人、佇んでいる。そして、

「まじか、やった……!」

 などと、ひょろ長いトマスが噛みしめるように呟けば、

「こーりゃ、マーブルさまさまだーっ」

 と、すぐ隣にいるゼロツーが続き、そのニカッとした笑みが向けられた方向では、青い瞳の乙女などが、

「当然の結果よー」

 と、腕を組んだままに、その特殊加工されたガラスの向こう側にある一体に、もう一度、視線を移す。


 その機体は、テトの紫色や、アスカの機体の赤をベースとした、華やかなカラーリング、と、いうよりは、黒でほとんどを統一されている分、少し不気味さも醸し出しているといっていいかもしれない。


 ましてや、顔面の装甲の、眼にあたる部分などは、完全に金属で覆われるようにしていて、まるで盲の巨大物体といってよかった。


(わたし、医者じゃないしー、流石にあの怪我は治せなかったなー)


「どうだい? 訓練生、視界の方は」

『……ふぃ~。ぜーんぜん、問題なし。視界良好、オッケーだよーん』


 そして、マーブルが記憶を反芻していると、ゼロツ―が、スタッフたちが操作する機器に近づいて、確かめるようにし、彼らが見守る一室には、聞き慣れた声が、モニター越しの音質で響いてくる。


「さすが、オタカラコーポレーションに長南ファミリーのコンビネーションってとこか。よーし、じゃあ、訓練生、引き続き、光線実験、やるよー」

『……げー、もう、それー?』

「いったろー。ギガの要はそこなんだから。スポーツテストは、いつでもできんのー」

 トマスが語りかけると、黒い物体の中身は肩でもすくめてみせてるようだ。


「がんばってっ……あたしは、見てるだけじゃないでしょ」


 そこで、とうとう口を開いたのは、赤い髪留めの乙女である。その青い瞳はマーブルとおなじくらい、ガラスの向こう側に視線を送り続けたままで、

『……?! わ、わかったよー』

 すると、途端に恥ずかしそうにしたのは、パイロットの声質であり、アスカは、すっかり扱いにも慣れたようにクスリとした。


 こうして、ガラス越しの巨大物体が、十字架状の光すら両腕から発し、標的とした物体に命中させた頃、思わず歓喜の声に包まれたマーブルたちの一室には、RRR……とした、電話のベルが鳴り、そこまでのことをまるでかぶりつくように見ていたトマスが、音の鳴ったディスクに戻れば、受話器をとり、しばし、「はい……はい……」といった応答を繰り返していたものの、やがて、皆の方を振り向けば、ニヤリとしつつ、

「現時刻を以て、ギガンティス二号機は正式登録、長南マガネは、その付属パイロットとして正式採用ー!」

 などと、言い切れば、再度、沸き上がる歓喜のなか、ふっと、ひとつため息もついたマーブルは、少々の複雑さは尚、よぎらせたものの、

「じゃあ、これで、ミッションコンプリートってことで、いいわねー。わたしたち、いくわよー」

 と、皆につられるようにして、ガラスの向こう側などには、「オメデトウ! オメデトウ!」などと意味がわかっているのかいないのか、連呼しながら、拍手を繰り返していた、すぐ隣のテトに支度を促すのだった。


 本日も青々とした真夏の空だった。ただ、その星は兵器の影響で季節が巡らなくもなったらしい。今や、ジェリコの街の一角にある、太陽を照り返す宇宙船の発着場では、マーブルたちが乗ってきた宇宙船のみが、スタンバイを待ち、影を伸ばしている。


 いよいよそうなると、トマスとゼロツ―のみならず、父の腕に抱かれたカムイまでもが勢ぞろいし、特に本人お気に入りのテトなどに別れを惜しむ有様だ。

 マーブルとしては、挨拶もそこそこに、念押しのような気持ちがよぎる。

「死んだ人、甦らせるようなことしたんだからー! 全部、終わったら、絶対、ぜぇーったい! 平和利用を……!」

「わかってるよ」

 青い瞳の厳しい視線には、翠色の瞳が見返した。


 なにせ相手は軍である。あっけらかんとした乙女でも、尚、懸案ある心境だったが、時間は待ってはくれない。彼女は視線を移した。すると、そこには、手を繋いだ少女が二人いて、二人分の影法師が続いている。そして、「マガネ……」などと、その一人の名をマーブルは口にするのだった。


「へっへー。私の方が一気に先輩になっちゃったねー」

「なによー。ろくに卒業もしないくせにー」


 また、マガネがおどければ、すかさずマーブルがつっこむ光景もこれからも変わらないように思えるひとときだったが、今や、青い瞳の目の前には、かつてのセーラー服ではなく、黒さは、白い特殊素材の手袋で、相変わらず素肌に隙はないものの、ブルーグレーの軍服姿をした親友が笑っているのである。


 友として、マーブルは、これまでも自問自答した心がよぎった。改めて、その姿を見上げると、

「お母さんに、なんか、言っとこうか?」

「いいよー。ま、曲がりなりにも軍だしさ。知ったら、あいつの『体裁、命!』が喜ぶって話よ。やー、孝行娘だわー私ー」

 クックックと親友は答え、

「それに関しては、おれの方から、連絡をいれるよ。上司としてね」

 と、トマスが補うのだった。


 「……そっか」としたマーブルは、柄にもなくセンチメンタルになったかもしれない。すると、ふと、視界はぼやけ、

「辛くなったら……いつでも帰ってくんのよ! そのための友達なんだから!」

「それはないわねー。だって、あたしが、此処にいるもん」


 つい、衝動として訴えてしまったのだが、それには長い髪を夏風のなかでおさえながら、アスカがマガネと同じ軍服のままに、手を握り直すようにして答えてみせ、「アスカた~ん……!」などと感激したマガネが、なつこうとすれば、「こ、こら! 暑いのに鬱陶しいっ!」と、早速、最近の日常のやりとりなどをはじめるのだった。


 それには、きょとんとした自分も、マーブルのなかにいたものだ。ただ、クスリと気を取り直すと、

「……それもそっか。じゃ、アスカ、マガネのこと、お願いね!」

「任せといて―。こうなりゃ、このバカにとことん付き合ってあげるわー」

「うわ~ん、アスカママ~ン」

「なっ?! そ、それは、二人っきりのとき……!!」


 やりとりに、もう一度、マーブルはクスリとした。そして、テトを促すと、宇宙船へと向かっていく。いよいよ、ハッチから船内に入らんとした刹那、「マーブル!」と親友は柄にもなく大きな声で呼んだのだ。


(…………?)


 青い瞳が振り向いた箇所では、逆光で友がどんな表情をしていたまではわからなかったが、続けて、

「……ありがとうね!!」

 と、大きな声が空に響いた。


 長年の関係ながら、マーブルにとっては、その感謝の真意はわからなかった。ただ、「うん!」と大きく頷くと、

「またねー!」

 とだけ、元気に返してみせ、やがて、マーブルがアクセルを踏むと、宇宙船は、皆が見守るなか、赤い夏の星を後にしたのだ。


「……よーし。テト、いいこよー。だいぶ、ワープのコツつかんできたじゃなーい」


 元があっけらかんとしたマーブルのことである。ましてや、自らの発明品のテストとくれば、宇宙空間のなか、コックピットの機器に映し出されるデータにすっかり夢中の天才乙女がいるだけだ。


『ガウッ! ホントカ?! スゴイ、イイコカ?!』

「もっちろーん。こーれは、ご褒美、あげなきゃ、かなーっ」

 そして、モニター越しのテトの声に、ニヤリと、少し妖艶に、マーブルが答えると、

『ガウッ! 今日モ、エッチ! イッパイ、エッチ!』

 素直な人造人間は、すぐにすっかりその気になってしまったようで、船内は興奮で揺れる。


「もーう。テトは、ほんと、エッチ、好きねー」

『スキ! ママノカラダ、キモチイイ! ヤワラカイ! ヤサシイ!』

「ふふっ、そりゃ、どーも。けど、まだ、まて、よー。もう少し、ワープしてから、ねー」


 こんなやりとりも日常となって久しい。ただまんざらでもない乙女は、頬も少し染めてもいたのだが、ふと、異変を感じると、船内に設けられた洗面所のブースに駆け込んだのだ。


 今や船の全てを感知できる人造人間は、激しい吐き気に苦しんだ自らの発明者の姿を見逃すはずがなかった。漸く、元の席に戻ろうとする乙女の姿が現れると、

『マーブル?! ダイジョウブカ?!』

 などと、ひどく驚いて声をかける。


 操縦席の前にて、尚、マーブルは、少し苦し気にしていたかもしれない。ただ、女の勘として、ふと、自らのノーブラ、タンクトップ越しの腹部などをさわると、

「大丈夫ー大丈夫ー……ていうか、テトー、あんたにビックニュースがあるわよー」

「ナンダ?!」

 テトが問うなか、マーブルは、

(やー、夏休み、とっくに終わっちゃったしなー……でもでもー、これ、ほんと、みーんな、びっくりするような、テスト結果になっちゃうかもー!)

 などとよぎらせた。そして船内では「タケルの歌」が流れるなか、ふと、運転席から見える宇宙船の車窓の、どこまでも広がる宇宙空間などを真っ直ぐに見つめ直すと、


「ふふーん。まだ、な・い・しょっ!」

 などと、いたずらっぽい笑みとともに、アクセルを思いっきり踏み、駆け出したのだ。


                                        The End☆

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太陽の帝国 本庄冬武 @tom_honjo

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