夜の出来事

 晩は晩とて、宿にて、マーブルはPCのキーボードを打ち続ける。


 地頭のいい人間が自然とできるスキルといえば、難解な事象を平易な文章で表す、ということだろう。もれなくマーブルもそれができた。

 ただ、それにしたって、地球初、否、銀河初の発明である人造人間の仕組みのことである。自らの父親すら驚かせた理論を、部外の者に伝える例えを脳内で探っては、参考資料すらこさえてやりながらのレポートには、

「ふぅ~」

 と、流石に一息もいれたくなる、そんな作業だった。


 そして、自分の記したテキストが、いづれ兵器利用とされてしまうことを思えば、今だ、複雑さを禁じえない。

 とも思えば、表情はほのかに困惑をよぎらせてしまうものだったが、丁度、そんな頃には、

「ガウオー! トムンゲリオンー!」

 などと、カムイのコレクションの映像データからレンタルした子供向けの娯楽作品をテレビ画面いっぱいにしては、無邪気に喜んでいるテトの姿があったりする。


 思わずまるで自らの子供にするように小言のひとつも言ってやりながら、天才乙女にここまでのことをする決断を下した張本人にクスリとすると、またもや作業を再開するのだった。

 ただ、しばらくそれに乙女は熱中していたのだが、そろりそろりと、人工的な手のひらが伸びてきたと思えば、それは、慣れたふうに、ガウン姿のマーブルのノーブラを鷲掴みにし、

「ひあんっ!」

 と、乙女が呼応した拍子に、熱中した作業故に、今宵も裸同然となっていた姿は、途端にはらりと大露になってしまった。


「もーう。テトー」

「マ、マ……」


 そして、それは甘えているのだろうか。広がった、肌のきめ細やかさ故に、光沢すらあるかのようなマーブルの背中に、テトは頬ずりのようなものを繰り返している。


 メタリックな顔面の質感故に、その度にひんやりとすらしてしまうのは乙女の方だったが、これまで、多少の入れ知恵はあっただろうが、なにも指示してなくとも、まるで、子供が母親に甘えるような素振りですらあるその姿に、制作者としては誇らしい気持ちであったし、今や、愛おしさも含めたその表情は、笑みのなかに潤んだ瞳であって本人に振り向いてしまうというものだった。


 ただ、テトの仕草自体も、だんだんと卑猥なものとなっていく。と、なると、すっかり、その女と成り果ててしまったマーブルが声をあげてしまうのは、当然のことだろう。


 こうなれば、それはここ最近のいつもの流れといってよかった。


 PCのキーボードの前ですっかり手をとめたマーブルが、相手をあやす余裕もなくなって、ただただ喘ぐことしかできなくなった頃、背中越しの人造人間の大きく裂けた口からも、ハアハアとした荒い息遣いは隠せない。


(……エッチしてからにしちゃおっかなー)


 別に二人のルールとして取り決めたことではないが、そのための、いつテトに抱かれてもいいようなマーブルのガウン姿だった。此処がラブホテルとくれば、何度の逢瀬のなか、それは乙女の日常の一部となっている。


 と、そんなところに、コンコンと、ドアをノックするサウンドが響くではないか。


 思わず舌打ちをしたくなる気持ちとなってしまったのは、むしろマーブルの方だったが、ピクリピクリとしつつも、

「は、はーい」

 と、答える。すると、開いたドアからひょっこり姿をあらわしたのは、黒一色の友であり、二人のひっつき具合を見れば、「あれまー。やっぱり、お邪魔かなー?」などと一言発したものの、

「べつにいいわよ。は、はいってー」

 と、マーブルなどは、尚、相手の行動を許してやりながら、友の来訪を快諾するのだった。


 一瞬、パチクリと瞳をしたのはマガネの方だったが、やれやれといった雰囲気に戻ると、

「ほんじゃ、ま、お邪魔しまーす」

 などと、戦いの傷痕を覆った白い包帯なども随所からみせながら、部屋に上がり込むのだった。

「どうしたのよー? 横になってなくていいのー? ん……あんっ」

「まあねー。てか、お取込み中なら、また後でくるよ?」

「いいわよ。こ、子供が母親に甘えてるようなもんっ。ひゃんっ」

「いやいやいやいや……に、しては、少年の指先、あきらかにエッチぃだろー。とんだエロ坊主に育ったなー。少年ー」

「そりゃ、あんたにも責任あるだろっ! テ、テトー、エッチは二人のときー。わかってるわよねー?」

「ガウッ」

「ほーら。ちゃ、ちゃーんと、わかってるんだからー」

「やーれやれ。こりゃーとんだ親バカだー」


 もはやお手上げとしたのはマガネだったのだが、こんな世間話のために、やってきたのだろうか。


「……で? どうしたのよー」

 更にテトの愛撫は、夢心地のなかに男の激しさも体に伝えてくる。もう、この状況が歯がゆくてしょうがないのはマーブルの方だったかもしれない。友には早く本題を言って、早々に戻ってもらいたい、とすら思えた、そのときだった。


 「うん」と、一言、短く前置きを置いたのは、黒い友である。ただ、自らの長い黒髪をいじった後、柄にもなく、真っ直ぐにマーブルを見つめるようにすると、

「……私、この星に残ろうと思うよ」

 などと、はっきり言い切ったのだ。


 今や、テトの指先は、まるで我が物顔のように、マーブルの豊かな乳房の一点をつまむと、それを伸ばし上げるようにすらしていて、するとそれらは膨らんだ餅のように、引力に逆らい、上を向き、もはや、マーブルは、弄ばれるままに舌先を宙にあげかけると、友がいる眼前だというのに、半分以上は、二人の世界に入りかけていた雰囲気すらあったのだが、


「えっ?」

「ガウッ?」


 これまで聞いたことのない、旅の仲間の発言を前にすれば、二人同時に我に返るのも、母子であり、また恋人にまで進展した関係のシンクロ率、といってもよかったかもしれない。

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