リフト・オフ
トマスはとっくに総員第一種戦闘配置と口にしたのだろうか。既に、オペレーションに勤しむスタッフたちからは、「目標、第一次防衛線、突破!」などという悲鳴にも似た報告が次々と上がっている。
「ダディ!」
「うーむ……」
そして、腕を組み、それらの事柄を受け止める副司令は、厳しく、司令の方向を見上げ、丁髷の優男は唸るしかないといった有様だ。
「しょうがないさ。理論上は、ギガのシンクロに、体調不良は影響しない」
「えー。でも、あいつ、寝たばっかなんでしょー?」
「ちょっと! ちょっと! まさか、まさかー! あんな状態のアスカを出撃させる気ー?!」
やりとりにピンときたのは、マーブルだ。思わず口をはさんだ。
返答に困るようにしている司令官は置いといて、そんな青い瞳をじっと見返したのは翠色の瞳である。
「……しょうがないことなんだ」
「しょうがなくなんてないわよー! あんたたち、風邪っぴきの子供ひとりに、あれこれ託しすぎよ! 大人なんだから、少しはあんたらだけでもなんとかしてみなさいよー!」
「言ったろ? ここは戦場なんだ。そして、また、彼女も戦場のプロだよ。わきまえてると、ボクは思うな……ギガンティスの出撃準備、急いでー。及び、そっちのスタッフー、医療室のラストチャイルドをただちに移送ー」
そして、尚も食い下がろうとするマーブルを度外視に、司令官すら差し置いて副司令は次々に命令を下す。
こうして、ふくれっ面のマーブルを、もろともしないゼロツ―副司令官が腕を組んだままに次の事態に備えていると、
『し、司令!』
「OKー、アスカの移送、終わったー?」
司令室の巨大モニターには、使者を迎撃しては敗れ行く部隊の進捗がメインに映し出されていたが、その一角には、何故か、ほとんど砂嵐で、画質の安定しない映像が現れるではないか。副司令が、変わりにそれに答えると、
『そ、それが! 『仮検体長南マガネ』からの妨害をうけ、現在、交戦中! ぐはぁ!』
「げっ、まじか……」
「しまった、そうだった! あのコ、まだあそこにいたんだ!」
もはや、使い物にならない司令官が呻くしかないなか、臍を嚙む表情をしたのはゼロツ―であり、矢継ぎ早に繰り出す指示の果てに見えたのは、もうもうと煙が立ち込める通路に佇む、妖しい目を爛々とさせた、黒いセーラー服姿が、首をかしげるようにして、ヘラヘラと笑っている姿ではないか。
『みんなー、なにしてくれようとしてるのかなー? アスカに触っていいのは、私だけだよー?』
そして、ちゃっかりカメラ目線をすると、不敵な笑みは尚更、際立った。
マーブルは、大人たちが口にした、自らの友への「仮検体」なる枕詞には気になりつつ、「ちょっと、マガネ……!!」と、なにかひとつでも語りかけようとしたのだが、
「マガネ、わかってほしい。今、ボクたちは有事にいるんだ! ジェリコを守るためには、ギガンティスしかないんだよ!」
『……わかってるよ』
「わかってるなら、どうか、ラストチャイルドを! アスカを!」
『だからってー。目の前でハニーが病気してるのにー、はい、そうですかーなんて渡すわけないじゃーん』
「マガネ……!」
マーブルは、長年、隣で見てきた友として、まるで欲望の捌け口としか相手を見ていないのではないか、などと、思わず邪推することもあったものだが、親友のなかにも、こんなにも真っ直ぐな想いが隠されていたのか、などとも、つい、噛みしめてしまった。
「ちっ! 魔女一匹に! みんな、なにやってんだよ! もういい! ボクが向かう!」
『安心してよ。副官ちゃん』
「はあ?!」
ただ、しびれを切らしたゼロツ―が軍服をなびかせ現場に向かおうとした刹那、オペレーターからは、「仮検体、ゲートに侵入!」という報告があがる。丁度、画面上の出撃ゲートでは、マガネがなにかを呟くようにすると、それまで狼狽や威嚇をしていた作業員たちが、次々に、上の空のように立ち尽くすだけとしていた。そして、そのなかのひとりなどは、どうやらクレーンを動かす作業などをしはじめる始末である。
『ギガンティスには、私が乗る』
「いやいやいやいや……」
「ちょ、キミ!」
「マガネ?!」
「ガウッ!」
こうして、各種各様に驚きを隠せないままに、とうとう、クレーンの台に乗ったマガネは、配置されている巨人に向け、移動をはじめてしまうのだ。そして、巨人のハッチは開き、とうとう、操縦棹のついたパイロット席にマガネが座る頃には、「……っしょっと」などと、アスカが自らの頭に取り付けていたはずの、赤色のものを、鼻歌まじりに飾り物でもするかのようにするではないか。
「だめだ! マガネっち! 危険だ! いくら君でも、それは認められない! それはアスカのギガだ! 乗らせるわけにはいかない!」
「そうだよ! 今すぐ降りるんだ!」
流石に、それには司令官も黙ってはいられなくなった。続けて副司令官の言葉も続く。
ただ、『……っさいなー』と、一言、マガネは俯いたが、そして、カッと眼を見開き、『全員、このギガンティスが出撃するまでの手順を踏む!』と、続けると、トマスもゼロツーまでも、マガネの言葉をオウム返しに、先刻までの抵抗が嘘みたいなようにするのだ。
「え~~~~?! ちょっと、みんな~?!」
突然の周囲の変化に驚いたのは、マーブルであった。ただ、爆音のようなものが聞こえ、見上げると、すぐ隣では、テトまでもが、立ったままいびきをかいている有様ではないか。
「ちょ、ちょっとー?! ちょっと! テトー!」
「ウガァ~……」
マーブルがなにをどうしても、もはや、面頬のなかの眼は真っ暗なまんまである。
『大丈夫だよ……マーブル』
「えっ?!」
まるで機械仕掛けのように、オペレーターの一人などが、「シンクロ値、上昇中……」などと口ずさむなか、青い瞳が振り向く先のモニター画面では、精神を集中しているように俯く黒いセーラー服が語りかけてきたが、なんと、その表情の血管は浮き立ち、既に苦し気なのは、鼻血などこぼれ出ていれば、余計に痛々しい有様ではないか。
「マガネ―!」
親友のそんな姿に、思わず、身を乗り出すように名を呼んでしまうのも致し方ない、というものだ。
『大丈夫……』
呼ばれた本人はもう一度、反復した。そして、
『身・を、捨・てて・こそ、浮かぶ・瀬も……あれ!!』
と、続けて顔をあげた刹那、その眼は、一際余計に煌々とし、巨人は、呼応するかのように咆哮をあげたのだ。
こうして、司令室の空気が我に返るのは、ギガンティスが、地下からの射出経路を抜け、都市へと出、いよいよ不気味な巨大な異形と立ち向かわんとしている、その前後だった。
「これほど強力なんて……なんてコだ」
そして、すぐ隣の副司令を筆頭に、大人たちがマガネの脅威に驚くなか、友の少女の青い瞳は、その安否を見守ることで頭をいっぱいにしていたのである。
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