霹靂
とるものもとりあえず、マーブルもテトも、今や、すっかり愛の巣と化している隣室に躍り込むと、ベッドの上では苦しげな少女が、顔も真っ赤なままに、尚、全裸でいるではないか。
「あんたねー、ガウンくらい着させてあげなさいよ!」
「いやいやいや、だってさ~」
マーブルは白いガウン姿で、黒い友を睨みつける。すると、友は狼狽していたが、
「あたしが、いいって言ったのよ……」
のぼせることに悩ましくしているような青い瞳は開き、同じ瞳の色の者の方を見た。
「なんで~」
「こんな時間に、触らせてあげられるの……滅多にないと思うし、さ」
これもマーブルたちより遥かに思春期の乙女の純情か。更に困惑顔となったのはマーブルである。
「んなこと言ってる場合かー! わたし、体温計、カプセルになかったか見てくる!」
そして、測定された体温は信じられない値であり、マーブルが施した英断といえば、自らの携帯端末を取り出すと、軍人乙女の勤務先から救護班を要請してもらうことだったのだ。
既に、壁面には、軍服などもかけられた医療室では、動き回るAIのもと、ベッドに横たわるアスカが、患者衣をまとって、スゥスゥと寝息をたてているところだった。
「欠勤理由が体調不良ってのも、おやまあ、珍しい、なんて、思ってたんだよね~」
そして、周囲を取り囲むようにしている一人であるゼロツ―が、飴玉をくわえたままに一先ず上司の感想などを述べると、
「疲労による夏風邪だってさ。まあ、休んでれば、すぐ良くなるよ!」
と、話し切ってはニカッとしたところで、マーブルなどはギロリとマガネの方を睨み、流石の真っ黒づくめも罰を悪そうにするのだった。
副司令は、そんなやりとりに、瞬きを数度してみせたが、
「……けど、ここんところのアスカは、まるで生まれ変わったみたいだったなぁ~」
「えっ? そうなの?」
「…………」
思わずマーブルは振り向き、黙ったままにマガネはアスカを見つめる。
「うーん。ボク、びっくりしたんだー。所謂、恋する乙女の輝きってやつさ! なんか、ダーリンとであったころの自分のこと、思い出しちゃったなー」
副司令は、職場でのアスカのことを語り続ける。
「……ただ、ちょっと、背伸びしすぎちゃったのかもねっ。ボクら乙女には、あるあるって話だ!」
「ほらっ! やっぱり! マーガーネー?!」
「ひぃ~~」
ただ、突きつけられる事実は変わらない。マーブルは改めて友を責め、柄にもなくマガネは、それにつき従うような素振りをした。
こうして、しばらく、乙女たちは、休むアスカのことなどを見つめていたが、
「……まっ。見た目は、もう大人顔負けだけどさ、中身は、まだまだ発育途上のコドモだからさ。ボクとしては、そのへんもわかってあげた上で、これからもかわいがってあげてほしいかなー」
「ほらー! みんな、同じこと言ってるー!」
「ひぃ~~」
「さて、ボクは、仕事に戻らないと。キミらはどうする?」
「んー。わたし、帰って、テトのことの続き、やろーかなー」
「……私、もう少し、見舞ってく」
マガネのアスカに対する、柄にもない視線は変わらない。それには、一瞥としたのはマーブルであったが、
「しっかり見ててあげなさいよ~」
と、一言を残すと、ゼロツ―とともに部屋の自動ドアを後にするのだった。
廊下ではテトが待っていて、自然とマーブルと手を繋ぐようにすると、様々な業務に追われる通路のなか、副司令とともにしばらくを歩いていく。
改めて翠色の瞳は、マーブルたちの仲睦まじい姿を見つめると、
「お友達は、うちの秘蔵っ子にゾッコンだねー」
などと、口を開いた。
本人の数々の遍歴をすぐ側で見てきたのはマーブルである。ただいつも通りに、相手を一方的に搾取し続けているとはいえ、今回のような表情を見せたのははじめてかもしれない。
「んー。確かに」
「ラストチャイルドもラストチャイルドでさー。この前、うち、育休、どれだけとれるかなんて聞いてきたんだよ」
「え? えー?!」
「ほら、あの年くらいのときってさ。恋人なんてできた日にゃ、すぐに『結婚』なんて夢見ちゃう年頃じゃんか。おっと、キミもそんなに変わらないカナ」
「ちょっと?! わたしは本気で……!」
自らの長い髪の毛先などを触れたりしながら、副司令がからかうようにニヤッとしてくれば、応える口を膨らますマーブルの、テトと繋ぐ手のひらに、思わず力が入る。
なにも知らない、といった具合はテトだけであり、「ガウ?」と振り向き、首をかしげていると、
「ごめん、ごめん。まあ、あのコの上司だから言えるってことは、決して若さだけじゃないってことさ。今、あのコは、本気だよ。本気でお友達のコドモを産む気満々さ」
「…………!!」
思わず(……負けてらんないなー!)などとよぎってしまうのは、マーブルも青春真っ盛りの乙女だからであろうか。もう一度、繋いだ手のひらの力が、ふと、強くなり、「ガウ?」と、テトは首をかしげた。
そして、副司令は、共に歩く通路の一歩先に踏み込むようにすると、後ろ手に長い髪を揺らし、二人の姿を見つめ、
「女同士のコドモなんて、銀河中、いくらでもいるしさー。ボクとしても、自分の部下が幸せになることは大歓迎だよ。ただ、ここは残念ながら『戦地』なんだ。そして、ラストチャイルドは、現状、唯一の戦力……」
微笑む切れ長の瞳が何をかいわんやは、天才の頭脳をもってなくても、ここまで言われれば、「わかってるわよー」の一言目まで、マーブルがうんざりと言いかけた、その刹那だった。
いつしかも聞いたアラーム音が、施設内を瞬く間に突き抜けていけば、途端に周囲は慌ただしくなり、
「ちっ! こんなときに!」
と、いう眉間に皺をよせたゼロツ―副司令が駆け出すと、司令室へと向かっていく。
やがて、現場に辿り着き、「戦況は?!」と、凛として問う、赤い角より遥か頭上では、「ま~じ~か~よ~。も~う、なーんで、今よ~」と、司令塔の席で呻くようにしている丁髷姿があったりした。
思わずつられるようにして共に司令室に駆け込んでしまったのは、人造人間と天才乙女の姿である。そして、巨大なモニターに、使者と呼ばれる、異形の姿が映し出されているのを目視してしまえば、
「たいっへん!」
と、青い瞳が呟いてしまうのも至極当然なことだ。
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