日常のさなかで

 マーブルの「快諾」により、一行には、ジェリコなる街並みを自由に散策していい許可すらでた。

「……とはいっても、地球に比べたら、はるかにローテクなのよ。誰の趣味なのかは知らないけどー」

 そして、供をするアスカなどが、スイカバーのアイスを口にしながら、街の景観を説明し、刹那、黄色のワンピース姿が夏の風に揺れた。


「ふぅーん」

 答えるマーブルはタンクトップに、脚線美も露としたデニムのショートパンツである。そして、いつぞやのように珍し気に、電柱の行進のような配列を見上げてみたりしつつ、すぐ隣をいくテトを見上げると、

「テト、あれが、電柱、よー」

「デンチウ」

 講釈に素直に相手が答えれば、「よく言えましたー」などと親バカぶりを発揮する乙女の笑顔は、しっかり握られた手をブランブランと振りつつ、そのメタリックな頬にもう片方を伸ばした。


「いいなー。少年、なにかっていうと、かわいがってもらってさー」

 そして、本日も炎天下、蝉の鳴き声も止まぬというのに、真っ黒づくめで全てを覆った、定番のマガネは指すらくわえて羨ましそうにしている始末だ。

「なっ?! あたしだってかわいがってるでしょ?!」

 聞き捨てならぬとしたのはアスカで、そのアイスを握っていない方の手は、マガネの黒手袋の指先としっかり繋がれている。

「だって、アスカ、みんないると、照れんじゃん」

「そ、それは……!」

 もはや、赤面と化していたアスカであったが、体をクネクネとさせた後、上目遣いをしてマガネが見つめてくれば、なにやらドキリとした様子だ。


「あーあー、私、今、マーブルが少年にしてるみたく、よしよしされたーい」

「……?! も、うっ」

 こうして、スイカバーを口にくわえるようにすると、マガネの言うことを聞いてやるアスカは、更に、顔も真っ赤、といったところだったが、

「ちょっとー。マガネー?」

 流石にそんな様子に見るに見かねたのはマーブルである。あきれたため息もひとつつくと、

「あんた、お姉さんでしょー? アスカは年頃なのよー? せっかくのお休みに、こうして、街の案内してくれてる、っていうのにー」

「うるせいやい。この子は私のもんなんだ。それに、目の前でそんなことされたら、私だってされたいってなもんだい」

「ひゃんっ」


 そして、マガネは、お構いなしにアスカを抱き寄せると、なんと、そのワンピース越しに、豊かな胸を鷲掴みにすると我が物顔、といった雰囲気ではないか。


 ただ悲鳴をあげつつも、その長い髪で自らの顔を覆うようにうつむくアスカは、いざとなれば、歯向かうこともできるだろうに、そのままでいたりするのである。


「こらこらこらー!!」

 流石に、街中の人々の仰天とした注目も集まるシチュエーションに、とうとう怒ったのはマーブルだ。すると、ケタケタとしながら止めたマガネには、全く、反省の色はない。そんな友にムッとしつつも、今度、マーブルはアスカの方に視線を移すと、

「アスカもアスカよー? こいつ、純粋に悪なんだからー! いやなことはいやって、言わないとー!」

「べつに、いや、じゃないわよ……」

「はあ?!」

「……だって、今まで、彼女、たくさんいたんでしょ?」

「えっ?」

「あたし、マガネの一番の彼女になりたいの! こんくらい、どうってことないっ」

 とうとうキッと睨み返す青い瞳に、同じ持ち主は、八の字眉となるしかなかったが、「じゃ、まあ、そういうことだから~」などと、そんなワンピース姿に肩を回す黒い友は、乙女に忍び寄る女幽霊のようにして、得意げにニヤニヤと笑みを作っている。


「……とに、もう」

 そして、尚、マーブルが、友と新たな彼女の姿を見つめていれば、公衆の面前のなか、アスカという、この街では署名人であろうその存在に、敢えてセクハラまがいなほどのスキンシップを試みては、周囲からは阿鼻叫喚すら聞こえてくるかもしれない空気感に、マガネは、更に愉快といった様子であったりする。

 もう、これ以上、赤くならないといっていいほど、アスカの顔は、その全ての凌辱に口をへの字にすらして耐えるほどだ。

「だいじょぶかな~」

 もう一度、マーブルがつぶやいたところで、ノーブラをした自らのタンクトップ姿を思わず鷲掴みする感触が現れたのだから、

「ひゃんっ」

 などと、アスカと同じ声をだしてしまえば、その犯人は、テトであったりするではないか。そして、ハッハッと獣の雰囲気を口元から醸し出しては、「オレモマガネ……!!」などと、嬉しそうにしているのである。


 だが、赤面としたマーブルが、揉ませるままに、「テト~……」と一呼吸置くと、

「めーっ!!」

 と、いった刹那に、人造人間の手は即座に離れた。

 そして、そんな相手を見上げる乙女が言った一言と言えば、

「いーい? 年頃の女の子が、してもらいたくないことは、しちゃだーめ」

 などという、誰かさんにも聞かせたい教訓だったのだ。


 こうしてアスカにとっては波乱の繰り返しであるダブルデートのひと時は過ぎていく。


 夜になれば、マーブルの部屋にてガールズトークを繰り広げるのも、いつかの再来のようだった。


 ただ、ベッドの上で向かい合わせのようにして語るマーブルとアスカであったが、アスカの膝の上には、恍惚と頬ずりすら繰り返すマガネが横たわっていたし、天才少女の膝の上では、アザにならないようにタオルなどが敷かれた特別仕様となった状態で、テトのメタリックな顔が一所懸命にマガネの真似をしている、といった有様だ。


 もとが快活な語り口の二人である。各自の相手に尽くしながらも、話は姉妹のように盛り上がっていた。ただ、指をくわえるようにして、まどろんでいたマガネの黒い指先が、夢か現か、「マ、マ……」などとアスカの胸に、そろそろと手が伸びると、ピクッと応えるアスカが、咄嗟に潤んだ瞳でもってそれを見下ろす。

(あちゃ~……)

 思わず苦笑といったところはマーブルであった。


 ただ、友のこの甘え方はなんなのだろうか。もしかすると、かつてのアスナ、フィオナ以上ではないか。

「アスカー」

「……んっ、ん……?」

 今や、マーブルの目の前の姿は、半身を起こしたマガネが、ワンピースの黄色い生地の胸のなかに顔面をグリグリとダイブしてくるのを、抱きしめるようにして受け止めては、顔も真っ赤、といったところだったが、

「……ま、わたしがこんなこと言うのもなんだけどさー。こいつ、ここまでゾッコンってなかったと思うわよー」

「えっ?」

「あったりめーだーい。こんないい女、逃すかよ~。ねぇ、アスカ~、私、『お腹』、すいてきちゃったな~」

(やれやれ……)

 束の間の無垢は気づいたら消え失せ、もはや、邪悪そのものと化した親友の姿がそこにある。


 解散となったマガネたちが部屋を出、ほとんど時間も経たないうちに、隣室からは、パートナーの、友に食われるままにあがる悲鳴が可憐に響くのも、いつぶりか、はたまた、いつもの光景か。

(やれやれ……)

 マーブルとしては、もう一度、ため息交じりとなるしかない、といったところで、

(レポートの続きでもやるかー)

 青い瞳は、んーとして、のびなどしてみせるのだった。と、


「マ、マ……」

 などと、先刻も聞いたふうな一言とともに、そのノーブラの胸には、そろそろと人工的な手がのびてくるではないか。思わずピクッと反応するマーブルが、「テトー」などと、その張本人にニヤリと見下ろすと、

「ガウッ?! ゴメンナサイ」

「んーんー。いいわよー。ほれっ」

 どこかで主は未だマーブルである。おっかなびっくりとした人造人間であったが、それにはむしろ、その豊かな胸を突き出すようにしてやった。


 ただ、もはや、何度にもわたる逢瀬で、テトの触れるスキルは確実にレベルが上がっていて、気づけば、マーブルからは女の声が漏れ始めると、テトすらも、ハァハァとした野獣の吐息を発するようになる。


(……レシピ書きは……明日でもいっか)

 と、青い瞳が思ったときには、その顔から突き出すパートナーの一本角にキスをする乙女の姿があり、人造人間はまるでしびれるように反応していたが、


「テト、おいでっ」

「ガウッ!」


 その一声とともに、今や、人造人間に首筋などを甘噛みされながら、天才少女は屈していき、その欲望の餌食となる度に応えていれば、今宵も、時に、隣室のアスカと、それはユニゾンするかのようではないか。

 いよいよ、テトが自らの下半身の装甲を外さんとしている束の間などは、すっかり火照った体のままに待機し、あちらでは、エンドレスに搾取と被搾取の音のみが聞こえていると、

(あの子、もう、ここで暮らしてるみたいなもんね~……)

 などと、友の新たなパートナーのこれまでの生活との違いなどもよぎったりもしたが、それも束の間のことだった。


 夏の空気の夜のなかでは、マーブルとアスカという乙女たちの喘ぎが、張り合うかのように、隣室同士で響きあう日常のはじまりだ。


 翌朝は、まどろむ多幸感とともに、起きたいときに起きる、というのも当たり前となっていた。


 ただ、その日、裸のままにうつ伏せとしていたマーブルのいる部屋に、ドアを蹴破るようにして飛び込んできたのは、柄にもなく慌てふためいた黒い親友の表情であり、あまりのノイズに目をこすりながら意識を戻した天才少女たちに言うこといえば、

「どうしよう! アスカがすごい熱なんだよー!」

 などと、普段ならとっくに出勤してるはずの軍人乙女の、風雲急を告げる報せだったのだ。

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