互いの関係

 間もなくして呼び出された地下組織の一角の一室では、今や、ゼロツ―の翠色の瞳がみるみる大きくなっていく有様だ。そして、

「いやー! 助かるー! ありがとーっ」

 と、切り出すと、丁度、自分の膝にのせていたカムイに、「ほら、お姉ちゃんたちに、ありがとうって」と促せば、愛息は素直に従った。そして、そんなピュアな視線の先には、マーブルとテトが立っていて、その姿は手すら繋いでいたのである。


「そりゃ、どーも。でも、一ヤマこえたら、軍事利用はそれっきり! 約束はOK?!」

「OK! OK! なにか必要なことあったら、なんでもいってー」

「……じゃ、ま、とりあえず、わたしの宇宙船の帰りの分でも、満タンにしといてー」

 やれやれといった感じでマーブルは答えていると、うんうんと満足気に答える母親の膝の元から、ふと、降り立ったのはカムイである。


 やがて、とことこといった感じで室内を小さなビーチサンダルの音が響いたが、そんな小さな命が、どうも興味を持ったのは、大きな、大きな、人造人間の姿であったようだ。


「ガウ?」

「お兄ちゃん、ダディより、おっきいねー」

 ひっくり返るようにして見上げる姿に、テトが首をかしげ、見下ろすと、幼子は、唐突に切り出した。

「それに、ギガそっくり! どこの星の人なのー?」

 時に、子供の核心をつく発言は、非常に鋭い。すると、それには、尚、いくつもかしげつつ見下ろすテトの変わりに、その姿にマーブルが隣からしなだれかかるようにしながら、

「カムイくん、この子はねー。わたしが作った人造人間なの! そして、なんと、わたしの彼ピッピなのでーすっ。キャッ」

「ジンゾー……?」

「マーブル、オレ、カレーピーマン、ジャナイ」

「わーっとるわ! むしろ、ひとつも合っとらんわっ」

 幼心が疑問符ななか、早速、夫婦漫才ははじまった。


 やりとりに、「へぇ……」と、関心ありげにしたのはゼロツ―だ。そして、立ちあがり、愛息子の元へと近づく頃には、我が子とともに、テトを見上げ、

「ほんとに、ロボットじゃないんだねー」

「そういうこと!……技術提供はするわ。けど、大事なこと、忘れないでね! 痛かったら傷つくし、恋することもあるんだから!」


 こうして、後は、ホテルに戻って、作業に取り掛かるだけである。ただ、帰りの通路では、尚、興味津々といった雰囲気のカムイが、テトのメタリックなデザインをペタペタと触りながら、「けど、お兄ちゃん、アスカちゃんのギガより、かっこいいー!」と、瞳もキラキラと、少年の心を炸裂させていれば、「ガウ~……」と、テトも照れつつもまんざらでもないようで、皆の歩行速度は随分と緩慢といったひと時だ。ただ、

「おーい。カムイ―、あんまりペタペタして、人様のもの、バッチくしたら、め、だぞー」

「はーい」

 振り向きつつ、長い髪を垂らし、後ろ手にしたゼロツ―などが諭すと、カムイは真っ直ぐに母親の元へと駆け込んでいく。


 そんなビーチサンダルの跳ねる音を聞くようにしながら、その後ろ姿を見送っていたのは、テトもマーブルも一緒だったが、ふと、「コドモ……カワイイナァ」などと、ボソリとテトが呟けば、「えっ……?!」と、そんな横顔に、思わずドキリとしてしまったのは、マーブルであったりした。


 しばらくは母と子を見つめながらの行進だった。すっかりテトのデザリングを気に入ったカムイが、振り向いて、改めて、手を振ってみせたりすれば、ゆるやかに人造人間は応えてみせたりしている。


「テ、テト」

「ガウ?」

 そんな一部始終を見つめつつも、やがて、口を開いたのはマーブルだった。

「テトはさー。自分の子供、欲しいなーって思う?」

「ガウ! アンナカワイイ! ホシイ!」

 そして、「そっかー……」などと、青い瞳はクルリと何か考えたようにもしてみせたが、

「テト! あんた、子供、できるわよ!」

「ガウ?! ホントニ?」

「もっちろーん!……このわたしが産んであげちゃおうー!」

「ガウ?」

 マーブルが少し恥ずかし気にしつつも、ポンと自らの腹を叩くようにし、テトが首をかしげると、思わず振り向いたのはゼロツ―だった。

「ちょ、ちょっと、キミのそれって、そんなことまでできちゃうの?」

「あったりまえでしょー。人間なんだからー」

 そして、まるであっけらかんと答えられれば、「……天才の考えることは、わっかんねー」と、流石の副司令官もぼやくしかなかった。


 と、通路の先では丁度同じくして、トマス司令とともに行く軍服乙女を見かけたと思えば、もはや、乙女にべったりとしているのは、マーブルの黒い親友ではないか。

「おーい。マガネ―。交渉成立したわよー。わたし、帰って、早速、取り掛かろうと思うんだけどー、あんたも一緒に帰るー?」

 刹那、トマスもアスカも、そしてゼロツ―も、互いになにやら目くばせしあったことには、どこか呑気な天才は気づくはずもなかった。


 ただ、マガネは、「……マーブルー、それは野暮ってもんでしょー」などと切り出すと、

「愛しのハニーとは、ずっと一緒にいたいじゃーん。先あがっちゃってー」

 と、マーブルに手もひらひらと、更にアスカにしなだれかかる勢いにする。


 「ちょ、バカっ! 歩きづらいっ」などと、顔も真っ赤にしていたアスカは、そんな黒い物体にクレームをいれ続けていたが、「……また、あとでね」と、マーブルたちに挨拶をくれることは忘れなかった。

「……やれやれ、お熱いことで。けど、うちらも負けてないもんねーっ」

 これまでなら、呆れるだけで終わっていたマーブルだったが、今や、そして、手を繋ぎ直すと、見上げる笑顔の先には、人生のまさかながら、それに応じる相手が存在している。


 異星ながら夏の夜の空気がそっと部屋に忍びこむ頃、それはいよいよ、ソファに腰かけたマーブルが、机上の自らのPCの画面に向かって、ムムムとにらめっこをしているところだった。

 やると決めたからには、しっかり伝えられるものと思えば、タイピングも、時に、端末を動かしてみせたりする作業も熱を帯びていく。

 ただ、天才をもってしても、テトに辿り着くまでは膨大な時間がかかったものだ。それをひとまとめにするというのは一朝一夕とはいかない。


「ふぅ~……」

 そして、天才の効率が、今日はここまでと判断したときには、「ママ……」と、人造人間の腕が伸びてきて、彼女の肩をゆっくりとほぐしはじめた。

「う~……効く~……サンキュ~」

 彼氏の優しさに身を任せていると、既に、隣室では、マガネとアスカが真っ最中であった。


「あれー? あのこたち、いつの間に帰ってたのー?」

「ケッコウ、マエ。マーブル、ジャマシナイッテ、モドッタ」

「あら、で、いつものように、エンドレスー?」

「ガウ」

「ふーん……」

 そして、ふと、ゴクリと、テトが唾を飲み込むようにしたのと、視線を感じたので我に返ると、気づけば、もはや、部屋着と化していたガウンは思いっきりはだけたままに、マーブルは自らが作業に没頭していたことに気づいたのだ。


「おっと」

「ガウ! オレ、ワルクナイ、タブン!」

 乙女はいささか驚いたのだが、途端になにか怒られると身構えたのはテトである。


 隣室からは、激しく、今や、マガネがアスカのことを自分色に染め上げているのだろう。咄嗟に、マーブルは、ガウンの白さを元に戻し、立ち上がっては仁王立ちに、ご機嫌を伺うようにしているテトを見下ろしていたが、ふんとした鼻息とともに、口を開くと、

「……ふーん。テト、ずっと我慢してたんだ~」

 などとニヤリとする笑みは、いたずらっぽかった。


「ダッテ、ママ、ダイジナオシゴト! ジャマ、ダメダ!」

 言い聞かせるようにするテトは、まるで健気な巨人である。


 そしてそんな反応に、「……よろしい。よろしい」などと乙女は頷いてみせた後、今度は直したばかりのガウンを、自らほどき、生まれたままの姿と化したのだ。


「いいこに待ってたご褒美っ……アーンド、テスト、ってとこかなー」

「ガ、ガウ?」

「いいのーっ。こっちのはなしー……おいでっ」

「……ガウッ!」

 こうして、マガネと等しい野獣は解き放たれる。


 今や、夏の空気の夜のなか、マーブルとアスカという乙女たちの喘ぎが、張り合うかのように、隣室同士で響きあっている。

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