Promise on a hills

 あっけらかんとした性格といえばマーブルのことである。部屋では、真向いとなったカップリングという立ち位置で、その大きな腕に抱きつくようにして座る乙女は満面の笑みであり、「ガウ……」と、そこはかとなく面頬のなかの光る眼を細めている人造人間は幸せそうで、それにはアスカは無論のこと、流石のマガネも、少々目のやり場に困る、といったところだった。ただ、やれやれといった雰囲気で、一度、肩をすくめてみせると、


「……ま、非常に、ひっじょーに、残念なことではあるけどもー……おめでと、マーブル」

「ありがとー」

 八の字眉となりながらも、黒一色の友が祝辞を述べれば、三日月がひっくり返ったような笑みで、乙女は答える。


「ちょ、マガネ、それだけ?!」

 ただ、驚くようにしてみせたのは、この部屋で、マーブルと青い瞳に白いガウン姿まで同じくしたアスカだ。

「ん? こんなラブラブ見せつけられたら、私だって、お祝いくらいするよー? 友達だもん」

「そ、そういうことじゃなくて……!!」

「だって、ほら、見てごらんよ」


 マガネに促されるままに、アスカが、もう一度、視線を移せば、今や、マーブルは、自らが作りし人造人間だというのに、そのガウンからのぞく脚線美を、そんな相手に満喫させてやろうと、膝枕のセッティングに試行錯誤している始末だ。


「……大昔ってさ。地球人と異星人は付き合っちゃダメみたいなルールがあったんだってさ」

 そして、マガネは、ゆっくりと語りだした。

「そんな地球人のなかにも、レッテル貼りしてさ。私たちの出身が、『元宗主国』なんて言われ方されるのも、その名残、だろうねー」

「…………」


 無論、アスカも、その歴史については、遠い彼方の次元でしかない。ただ、自らが軍人であるという性質上、彼女にとっては、語るマガネよりもひしひしと感じるものもある。すると、そんな少女の心を知ってか知らずか、黒い手袋の指先は、アスカの白いガウンのなかにするっと忍び込み、それまでも散々に楽しんだのであろう、尻のラインなどを、知り尽くしたように一撫でするではないか。


「あんっ」

「クックックッ……」


 もはや、アスカは無意識にでも、女の反応をしてしまう。すると、肩を小刻みにパートナーは笑いをかみ殺すようにするのだから、つい、悔しさももたげ、マガネをキッと睨み、無言の抗議となってしまうのもアスカならではだろう。


「……女同士で、ガキまでもうけられる時代になって随分経つのにさー、それでも、女子って、白馬の王子様を夢見たりするじゃん?」

「えっ……?」


 ただ、尚も、真正面の友たちを見つめながらマガネは語り続ける。既に、我が物顔といった指先は、ガウンのなかにどっぷり入り続けていたのだが、アスカにとっては、思わず、真意を計りたくなる物言いだった。


「キミだってさー。いたろ? 王・子・様。まさか、白馬の王子様が、こんな不気味なお姉さまになるなんて、思いもしなかったろ?」

「そんなことっ……!!」


 そんな言われ方をしたら、もともとがまっすぐなのはアスカの方である。心の底からの想いを溢れんとした刹那、「いいんだよ……」と、抱き寄せるようにしてきたのはマガネだが、ままに、相手にすがるようにガウン越しに頬ずりを繰り返せば、愛おしさが勝り、アスカの方の手が、自然とマガネの黒髪の上にそっと置かれていた。


「……大事に、してくれる?」

「あったりまえでしょっ」


 そして、二人にしかわからない会話が小声のようにして交わると、「やった……!」と、マガネはなにかを噛みしめるように、深く息を吸い込み、そして吐き尽くしたのだ。また、

「……ま、だから、いろいろ、あるけどさー。今じゃ、地球人と宇宙人のカップリングも珍しくないじゃーん? キミの上司のとこみたいにさ……」

「…………」

「それに、男にしか興味なかった女の子が、こーして女に仕込まれちゃうことも、人生だったりー」

「はん……っ! ちょ、ちょっと?! 言い方っ!」


 またもや、キッとアスカは睨みつけたが、未だ、マガネは、眼前のマーブルたちに視線を送っていた。


「……だからさ。アスカ、ぜんぶ、同じことなんだよ」

「えっ……? あ……ふ……んっ」

「同じことなんだ……」


 今や、アスカにとっては、語るのか弄ぶのか、どちらかにして欲しかった。ただ、こういったときのイニシアチブは圧倒的にマガネにある。とりあえず、パートナーが送る視線のままに、潤んだ青い瞳も方向を同じにすれば、そこには、相変わらず、膝枕すら、なかなか難しそうにしながらも、仲睦まじい様子のカップリングが存在している。


「……間違いなく、少年には、心、があるよ。それはマーブルが作った人造人間だからこそ、なんだろうね。ここまで一緒に夏休みを共にしたんだ。私も、その通りだと思う」

「んっ……んっ……」

「……もう、わかるよね?」

「んっ……んんっ……!」

「……よしっ。じゃあ、体もほぐれたところで、お願い、言ってみよっかー。ハイハイハーイ、そこのお熱いお二人さーん」


 こうして、マガネが、マーブルたちに声をかけた頃には、立場が逆転していて、テトのメタリックに固そうな膝に、マーブルが甘えているところで、そのいかつい手のひらが、大事そうに、同じカラーリングをした乙女の髪などを撫でているところだったのだが、

「んー?」

 などと、大満足といった表情でマーブルは答えてみたりしている。


 ハァハァと、まだまだ免疫の少ないアスカの方が、パートナーのせいですっかり火照った自らの体をどうしてくれよう、という心境だったが、「私のシン・パートナーの話、聞いてあげてー」と、援護射撃すらもらえれば、いよいよ、軍人としての青い瞳はもたげはじめ、ただ、話がはじまれば、発明家の方の青い瞳の表情はみるみる曇っていき、とうとう、その場で胡坐すらかくと、

「冗談じゃない! だから、テトは兵器にしないって、言ってるでしょー?!」

 と、普段の男勝りが啖呵をきる始末であった。


 「あちゃー……」と、とりあえず頬をかいたのはマガネであったが、

「私からもお願い……って、ことでも、ダメ、かなー?」

「なによ?! あんた、親友を裏切るってーの?!」

「いやいやいやいやー……そういうわけじゃー……」

「ぜったい、ぜーったい、戦争はんたーい!」

「あたし! 彼に心があるってわかったわ!」


 そして、シュプレヒコールでもってマーブルが頑なとなるや否や、アスカは、唐突に打ち明けるのだった。


 突如の一言に一同がキョトンとするなか、「……もしかしたら、あいつにも……」などともポツリ、ガウン姿は口にしたが、意を決したように同じ姿に同じ瞳の色を持った者をまっすぐに見つめると、


「お願いっ。これまでのあたしなら、あたし一人で充分と思ってたっ! こういう気持ちになるのもはじめてなのっ! 戦争が終わったら、きっと、平和活動を手伝ってもらうことにするからっ! 約束する!」

「簡単に言ってくれるじゃなーい。PTSDになったら、あんた、どうする気なのよ?!」

「心のケアでもなんでもするわ! お願い! Bitte!」


 極まった少女の祈りは、つい、ドイツ語訛りまで引き出してしまった。だが、尚、マーブルがなんか言ってやろうとするや否や、「……ママ、レシピ、アゲヨウ」とボソリと口を開いたのはテトだったのだ。


「テト……?!」

「ママ、アスカ、アッタトキカラ、イツモ、ツンデレレー、ダッタヨ」

「う、うん」

「ツンデレレー、ナ、オンナノコハ、キット、イツモ、コンナコト、シナイ」


 マーブルが驚くなか、テトが指をさすと、そこには、直角に折れ曲がるようにして、アスカが頭を下げている。


「キット、アスカハ、イツモ、イッショケンメェ~。モシ、オレガモウヒトリ、イルナラ、オ手伝イ、シテアゲタイ、思ウ」

「テト……!」


 どこか拙いながらも言葉を選び、じっと見つめる人造人間の姿に、むしろ、その名をはじめて呼び、見返したのはアスカだった。


「で、でも~……」

「キット、オレガモウヒトリ、デキタラ、カゾク、ダロウナー、オレ、嬉シイ! アスカ、オレ、アイニキテイイカ?!」

「もっちろん! 司令に言っとく! お話、してあげて?!」

 発明家が、尚、悩むなか、その発明品は、勝手に相手と話すら進めてしまうではないか。


 マーブルは、顔を覆うようにして、一度、ため息をついた。ただ、今や、自らの発明品は、身も心も捧げた、自分の初めての彼氏でもある。ましてや、尚、気づかなかった、そんな彼氏の深い優しさには観念するしかなさそうだ。

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