白いガウン
もう何度目の絶頂を迎えたことだろう。ベッドの上の人造人間と乙女は求めあい、もはや主従の関係などどこにも存在していなかった。そして、初めての味をおぼえたといえば、二人はともに若い。気づけば、気を失うように共に眠りこけていて、そのとき、ピタリと寄り添うようになることもこれ必然、といったところだろう。
(……冷た)
ただ、ふと、我に返ったように青い瞳を開いたのはマーブルで、その頬は、テトの体のメタリック部分で、すっかり温度も冷めた故のことだったようだ。
丸裸となったマーブルのどこまでもがやわらかいそれであるのと異なり、テトは、血の通う部分と、外せたり、外せなかったりする装甲箇所が複雑に入り組んだ肉体をしている。
そして、そんなテトの姿が大の字となりながらも、自らにしなだれかかるようにしているマーブルを抱き留めるようにして、いびきをかいていれば、複雑な構造を前に、デリケートな人の肌は叶わない。
「……っしょっと」
また、喉の渇きをおぼえたことも、人故だ。自らの体にのっかる、満足気ないびきの人造人間の、重い腕をそっと除けると、マーブルは、備え付けの冷蔵庫の方へと、特に、初めての経験で、女が経験するあちこちの体の反応をおぼえなからも歩を進める。
(しっかし、人生、わかんないもんだな~)
飲み物を口に運びながら、天才少女は、ふと、これまでの流れを反芻する。
ただ、これも「ひと夏の経験」なのかもしれない。とりあえずマーブルは、眠りこける自らの制作物に、興味深くしながら、
「……ま、いっか」
と、呟くのだった。
鼻歌まじりにマーブルがベッドに戻ったときである。
「マ……マ……」
「あんっ」
その綺麗な肌を確かめるようにして伸びた人造人間の手に応じてしまう声は、すっかり女のそれ、そのものだ。そうして青い瞳が振り向く頃には、尚もムクムクとした反応が、彼女のことを求めようとしている。
「もーう、元気だなー」
「マーブル!!」
もはやたまらんといった具合のテトが襲いかからんとした、そのときだった。
「ちょっ、テト、待て!」
「ガウッ」
その半分以上は既に受け入れてやろうとしながらも、マーブルが一声をかければ、一瞬でその場で固まるテトは健気である。
ただ、ここにきておあずけかとも言いたげなテトの猫背の哀愁は、ゆるやかに漂っている。そんな人造人間のメタリックの頬に触れてやりながらも、マーブルは、ベッドの周囲をゴソゴソと探り始め、ようやく、一包みのものを見つけると、
「あったー!」
「ガウ? ナンダ? ソレ」
「これはねー。避妊具っていうのよー」
「ヒニング?」
「まー、ここまでしちゃっといて、なんだけどさー」
「ガウ?」
そして、鼻でため息のひとつでもついてみせた乙女の前では、普段ならすっかり無垢の人造人間が、首をかしげてみせている。
むしろ、いたずらっぽく、そして、妖艶に、ドキドキした思いつきをしたのはマーブルの方だった。
「ね、ねえ、テトー」
「ガウ?」
「つけてあげるわね……!」
「ガウ?!」
こうしてインターバルを終えた二人が再戦をはじまるまでに時間はかからなかった。
夜を忘れるようにして混じり合った二人が、天にも昇る気持ちとともに、本当に眠りも深いところに陥っていったのは、いつどきだっただろうか。
ただ、窓から差し込む陽の光を瞼に感じつつ、「ん……」と、マーブルが口にした刹那、その耳には、いつぞやも聞いた女の可憐な鳴き声が響いてくれば、当初の寝ぼけまなこも手伝って、てっきり、彼女は、自らの作りし人造人間が、また猿のひとつおぼえのようになっているのではないか、などと思ったのだ。
「テト~……」
しょうがないなぁ、などとむくりと起き上がれば、そこには昨日からの延長上でしかない部屋の光景が、窓からの灯りで照っているだけで、乙女のまさかの初めての相手は、メタリックを煌々とさせながら、面頬の眼を真っ暗闇に、すぐ隣で、大の字に大いびきをかいているではないか。
じゃあ、一体、何事かと、意識を少しずつはっきりさせていくと、どうやら、それは、隣室のある壁の向こうからだった。
「マガネ?!」
友人の帰宅に、安心感はもたげてくるが、それは、既に病室にいたときからお盛んだったのだから、自然の流れだったのかもしれない。
「も~う……っ」
下手をすると、ジュルリジュルリとした友人本人の攻め立てる音まで聞こえてきそうな勢いだ。ただ、目を泳がせてしまったのはいつものことながら、
「ママ……!!」
「んっ」
つい先刻もそうされたようにテトの人工的に作られた指先の触感が、マーブルに到達してしまうときには、壁の向こうとたがわない女の声がマーブルの口からも漏れてしまうというものだ。
乙女が振り向いたときには、人造人間は、もはや、眼やらなにやらを煌々とさせている。
まだまだ新たな刺激には、年頃とくれば、ときめきすらあるというものだ。
そう、マーブルは、もう、これまでのマーブルではないのだ。
「しょ、しょうがないなー」
「ガウッ」
乙女から飛びつくようにすると、牙も露な怪物のような相手の口の先に、先ずはキスをした。
こうして、一時、壁伝いの隣室同士では、可憐とした喜悦の声が、もはや、ときに、シンクロのようにした瞬間もあったかもしれない。
ただ、攻めに攻められ、抱き抱かれ、既に何度目かの絶頂の後に、テトとマーブルが果てた頃には、隣室はシーンとしていただろうか。
ハアハアとした息も整えつつ、まどろみの時間を漂っていれば、やがて、コンコン……といったノック音が聞こえてくる。
「…………」
青い瞳は何度か瞬きをした。そして、手近なところにあった、備え付けの白いガウンを羽織り、
「テト、とりあえず、しまってー」
「ガウ」
人造人間が、自らの下半身を覆う装甲を手繰り寄せるのを見届けると、
「は~い」
そして、マーブルがドアノブに手をかけるかかけないかのタイミングで、黒い物体は、部屋のなかに躍り込んできたのである。また、それにつられるようにして、現れた姿の、長い髪が揺れれば、
「ちょ、ちょっと?! デリカシーっ!」
などと、どこかで聞いたこともある声であったりするではないか。
それは繋いだ手を離さないようにしながらも、眼を大きく見開いたマガネが、何かに取り付かれたようにキョロキョロギョロギョロと、部屋を探索しはじめようとすれば、いつもの黒いセーラー服であることも手伝って、ひだまりのなかの妖怪女、といったところだったが、その強引さに、思わずまとったガウンもはだけそうにしながらも供にいく女性の姿の頭部に、赤いものが煌めけば、マーブルは更に瞬きするしかなかった。
「どこだー?! 男はー?!」
今や、叫び、探す、マガネの姿は、確実に呪いの対象物に迫るホラー映画そのものではないか。
とりあえずマーブルが呆れてみせたのは、長年の付き合いからである。
「そんなもん、いないわよー」
「だって、パッコンパッコン! あんあんいってたじゃんかー!」
「あー。いるっちゃ、いるか。そこに……」
「ガウッ」
こうして鼻からため息もひとつ、マガネの問いに、マーブルが指さして答えると、とうとうエクソシストに封印される刹那のような悲鳴をあげつつマガネは身悶え、
「そんな……そんな……! 長年狙い続けた、この私の忍耐が~少年に~……!」
とうとう理解が及んでしまったことで、ガクッと膝すら落とす勢いではないか。
「このあたしがいるーってのにっ! なんなのっ?! その態度っ!」
「ふぇ~ん……アスカ~」
そして、そんなすぐ隣で仁王立ちとしていたガウンの乙女にしなだれかかっていく。
「ぱふぱふしてくんなきゃ、立ち直れなーい」
「ちょ……?! も、もぅっ……あとでっ」
今や、目の前で展開される二人のやりとりに驚いたのはマーブルだ。
「ちょっ?! えっ? マガネ、まさか……?」
「んー? アスカのことは知ってるでしょー? あー、私の友達だから、みんな、名前で呼んでいいってさー」
マガネは今にもその場でアスカの覆うガウンすら脱がしてしまいそうな勢いだ。それには顔を真っ赤にしつつ抗しながらも、
「特別に……アスカでいいわよ……」
と、驚きとともに真っ直ぐに飛び込もうとするマーブルの青い瞳とは対照的に、アスカの青い瞳は、伏し目がちに目を泳がせた。
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