解放

 今にもドアのこちら側まで溢れてきそうな様々な音たちのなか、マーブルはいつものように顔を真っ赤にし、流石のゼロツ―も苦笑交じりに頬をかくしかなく、尚も、エンドレスかもしれない向こう側の世界を前に、話の流れは自然とそっとしておくしかないという雰囲気となって、今や、マーブルは、ゼロツ―の手配した、「Jelico」のロゴも映える専用のバンの後部座席にて、夕焼けへと進む赤い大地の星の街の一角を、車窓から眺めているところだった。


「…………」

 そして天才少女は、軍人が掲示してきた提案を、改めて反芻してみたりする。だが、導きだされた一言といえば、

「冗談じゃないっ」

 なんていう、思わずでた一言だった。


「えっ、なんすか?」

 すると、運転に終始していた、いづこかの制服をきた宇宙人の、まるでアンテナのように頭から突き出している触覚の先の眼の片方が、思わず後ろを覗き込んでこようとする。


「なんでもないわよっ」

 マーブルはムッとしたままにそれに返した。すると善良そうな宇宙人の軍人は触覚をひっこめたりしたものだが、

(戦争なんて、ましてや、太陽系連邦を復活させるなんて、絶対反対っ!)

 若者の怒りはおさまらない。


 ただ、平和な時代と思っていた裏側で、地球の世界各国が、こんなにも権謀術数を繰り返していたということは、天才の頭脳をもってしても理解のおよばないところだった。だが、

(……ぜーったい、うまくやって帰ってやるーっ)

 気持ちを新たにすると、ふと、よぎったのは、親友の新たなパートナーのことであったりする。ただ、

(あいっかわらず、次から次へと……ナースさんかなんかかなー)

 などと、まだ、彼女は、真相はわかってはいない。


 街は夕闇である。青い瞳には飽食のネオンが映りこんでいて、それらはいよいよとして、界隈としても目立つ、どぎついデザリングのものへと変わっていく。


 年頃としては、思わず恥じらい、目も泳ぐが、近づけば思うところといえば、主の帰りを待っているであろう、自らが作り出した作品のことであったりする。そして、これまでの旅路のなかで、彼が見せた数々の「人間くささ」を思い出せば、

(兵器になんて、くれてやるもんかっ)

 という、誓いも新たに、といったところであった。


 そして、送迎の車にはぞんざいに、こじゃれた外見ですらあれば、それを、まるで、ホテルの一室のように部屋まで向かうのも慣れたところといったところで、


「ただいまー」


 と、せめて、声音を変えて口にしたのは、この日起きた様々な出来事をかみしめた故のマーブルだったのだが、その自動ドアが開いた刹那、青い瞳に飛び込んだ光景は、一瞬、なにがなんだかわからず、ずっこける余裕もなく目が点になるしかなかった。


 眼前にいるのはテトであることは間違いなかった。ただ、彼は、自らの下半身を覆っているはずの装甲を自ら外していると、そこには、なにやら強烈な反応をしている何かがそびえ立っていて、もはや、いじることをやめられないといった勢いのなか、テレビ画面からは、先刻聞いたばかりのような喜悦の声たちが、次々と溢れている有様なのだ。


「ハァハァ……!!」


 ましてや、テトが獣のように口元から湯気すら立つ勢いであることがやけに生々しい。


 ただ、テトは、丁度、マーブルの方を振り向き、目と目すら合った刹那、

「マ……マ……ガウッ?!」

 と、丁度、ピークを迎えたようで、途端になにかがほどばしれば、やはり、それが生き物以外のなにものでもないことを物語っていたのだが、その反応にビクリとするほどマーブルすらも反応してしまったものの、いよいよ顔も、この日最大にまっかっかとなったマーブルがしたことといえば、「こ、こらーっ!」という大一喝であり、ズンズンとして部屋のなかへとむかってくる主に対し、我に返った人造人間が行ったことといえば、

「ゴメンナサイ!! ゴメンナサイ!!」

 という圧倒的な謝罪であったりした。


 いくらマーブルであっても、年頃の乙女は、そのぶちまけられたものをふきながら、今や、なにをどう言って怒っているかもわからない勢いである。

「……!! こんなに汚して!」

「ゴメンナサイ!! ゴメンナサイ!!」


 どうやら事態は、おぼえたてのなんとやらのように部屋を悲惨な状況とさせて久しいではないか。乙女は、部屋に備え付けられているAIに清掃を命じればすむものの、それらを自らの手で拭いていくのも、ひとつの「教育」と思えばよかれとしたのかもしれないし、ただただ混乱の坩堝にいたからそんな余裕はなかったのかもしれない。ただ、


(……男の子って、こんな匂いなんだ)


 だなんてよぎってしまった頃には、クラリとし、彼女の体の奥の部分のなにかが揺らいだ。


(…………)


 そして、ふと、横目で見てみると、未だ、装甲を外したままであるそれは、尚もそびえ立っていて、一所懸命にしまおうとつとめる窮屈そうなテトの姿には、この星にきてから間もなくして、欲望に忠実な黒い友に、ふと、言われた、「束縛もよくない」などという一言も、青い瞳は思い出してしまったのだ。


 このときには、マーブル自体も自分のなかのなにかの制御が揺らぎ、ドキドキが止まらないでいた。


「テ、テト、苦しい?」

「ガウ?」


 つい、マーブルはなんとかしようとしているテトの前に跪くようにすると、そこにむかって手を伸ばしてみたのは、年頃の乙女としてでもあれば、研究者、制作者としての興味もないまぜであればこそだった。そして、


「ガウッ!!」

「…………っ!!」


 触れれば、のけぞるようにすらした男の反応を前に、乙女の瞳は更に大きくなってしまうというものだ。そして、マーブルは一度、ゴクリと喉も鳴らしたろうか。


「あ、あのさー。テト」

「ガ、ガウア?」

「あのー……テレビに映ってた、スキスキ、してみたい?」

「シテミタイ!!」


 そして、こんなときに答えに屈託がないのは、体は立派でも、生まれて間もない「少年」であるからであろう。


 また、そんなふうに目の前の人造人間を作り上げてしまったのは、マーブルである。


「そっかー……なら、ちょ、ちょっと待っててー」


 意を決するようにすると、マーブルは立ち上がった。そして、浴槽に向かっていくと服を脱ぎ始める。すると、テトは慌てて視線をそらすようにしたが、

「……見てていいわよー」

「ガウ?!」


 もはや、そう言ってテトに微笑みかけるマーブルの横顔には多少の妖艶さも醸し出していた。


 ガラス越しに食い入るようにこちらを見つめる人造人間の視線に晒されながらの沐浴は、むしろ、青い瞳の乙女にとってゾクゾクしていたかもしれない。そして、


「おまたせーっ」

「ガ、ガウ?!」


 顔も真っ赤にしてテトの姿の前に現れたマーブルは、風呂上りだったからであろうか。または、バスタオル一枚しか羽織っていない姿であったからであろうか。


 でも、状況がわからないままでいたのはテトの方であった。わからないままに、本能のままに、ある一点をいじり続けている。


「こーら」

「ガウ」


 先ずは、マーブルは、そのテトの行為をやめさせた。そして、意を決したように、人造人間の前で、唯一羽織っていた一枚を脱ぐと、途端に露となったみずみずしい果実のような自らの裸体とともに、

「……テト、わ、わたしとスキスキ、して、みよっか!」

「ガウ……ママ……!!」


 もはや、人造人間を見つめる青い瞳は潤んでいた。また、そんな一言とともに、先ずはテトがむしゃぶりつくようにしてきたのは、マーブルの乳房である。途端に快感というよりも愛おしさすら湧いたのはマーブルであったが、相手は人間離れした怪力の持ち主である。

「……いっつっ」

「ガウ!! ゴメンナサイ!!」


 思わず顔をしかめれば、主には絶対の人造人間が見上げてきて、許しを乞う。


 ただ、そんなメタリックな表情にそっと手をおいてやった天才少女は、

「優しく、ねっ」

「ウン……ヤサシク……!!」


 だが、当初こそ主の言いつけ通りにしていた人造人間であったが、いよいよ男の本能に掻き立てられるままとなってしまえば、その激情の渦のなか、はじめての喜悦の声をあげるままとなったマーブルは、完全にのまれるままとなっていた。


(……わたし、自分の作った人造人間とー!)


 ベッドの上、跳ねる魚と化したマーブルは自分が息をしているのかも怪しいままにそんなことをよぎらせた。ただ、そこにあったのは背徳感というよりも、むしろ、はじめての痛みすら乗り越えた多幸感で体中が溢れている。


「テト……すき……!! だいすきー!!」

 汗と涙を交えながら、思わずマーブルは振り向いた。すると、そこには激しく責め立てるテトがいて、

「オレモ、ママ、スキ……!! ダイスキダァァァ!!」


 そして、何度目かというキスを交わした刹那、テトの野獣の咆哮とともに、マーブルも可憐に呼応し、またもや二人は絶頂をむかえ、遠のく意識のなか、喜びの涙とともに、どこかからはなにかの思念すら伝わった気すらしたが、どのみちマーブルが思ったことは、

(ほら、兵器じゃない……!)

という、一言だったのだ。

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