だされた条件

 司令室にて、今や、マーブルは激しく怒っていた。その怒りがごもっともとあれば、トマスなどは、噛みしめるようにして彼女を見つめるしかない。

 そして、プリプリと怒り続ける乙女の足取りが、トマスとゼロツ―が並ぶ上層部の箇所へと続く階段へと差し掛かる頃、


「友達のことは、ボクたちが責任を持つよ。あっ、救護班が到着したって。見に行こう!」

 などと、ゼロツ―が降りていこうとする。すると、

「マミー……」

 と、そんな彼女に、ふとした視線を送ったのはトマスであったが、そんな司令官の姿に、フッとした笑みの余裕で返したのは、頼れる副司令、といったところであり、

「任せとけっ」

 などと、答えれば、ニカッと笑いかけるのだった。


 こうして、マーブルよりも遥かに背の高い副司令が、一先ず、その後ろを従順に付いていってるテトの姿にチラリと視線を移すと、

「……どうだい? 女の子のデリケートな話にもなりそうだから、男の子には先に帰ってもらう、ってのは」

「むむっ! そ、それもそうね! テト、こっから歩いて帰れる?!」

「ガウッ?! ママ、オレモマガネ、シンパイ!」

「ハハっ。ダイジョブだよー。ちゃんと、車だすからさー」

「テト……。でもね。テト、わたしも、あいつとの付き合いで、こんなことになったのはじめてなの」

「シンパイダ!」

「テト……ほんっと、優しい、いい子になってくれてるわねー……! けど、こればっかりは癪だけど、こちらさんの言うことが、正解かも……あんた、ちゃんと、送りなさいよ?!」

 そして、自らの作品の成長に、ひとしきり噛みしめるふうにした後は、例え、自分より大柄だろうが、青い瞳は、キッと、副司令を睨むのだった。


 どこへ続くかもわからないエレベーターのなか、大事な友を傷つけた関係者と二人きりともなれば、連れ立ってたっていたくもないのが、人の心理というものだろう。ドアの前にて仁王立ちしているようなゼロツ―に対し、マーブルは、壁面にもたれると、手を組み、憮然とした横顔でもって、空を睨むのみだった。

 と、ピピーとしたP音でもって、副司令の元には何かしらの通信が入ったもようである。自らの背に羽織るようにしてある、白いコートの襟元に、「はーい……うん……うん」と、ゼロツ―は応じていたが、ひとしきりが終わると、マーブルの方に振り返り、

「お友達、問題なしって」

 などと、お決まりのようにニカッとしてきた。


 流石にほっとしたのはマーブルだ。ただ、ゼロツーはそんな彼女の姿にいよいよと近づいていき、青い瞳が何事かと思う間もなく、壁ドンなどすると、

「じゃあさ、キミ、ちょっと、ボクと一緒に、デートしようよ」

 などと、翠の瞳を目の前まで迫らせてくるではないか。


 マガネのような趣味はないにせよ、美女が大接近とくれば、マーブルだって多少はドキリとしてしまう。だが、乙女は美女を睨み返した。


「はあ?! あんた、何言って……!!」

「ハハっ。もちろん、お友達のところには向かうよー。ただ、さっきの話の続きさ」

 そして、いたずらっぽくゼロツ―はすると、マーブルに背を向けた。


 いくつかのエレベーターを乗り継ぎ、エスカレーターでも移動していくと、流石のマーブルもいい加減、ゼロツ―に対ししびれのひとつも切らしたくなったものだが、「ここだよ……」などと、途中には関係者以外立ち入り禁止などとも表示されたエリアの一角の、巨大なゲートをゼロツ―が開いた後に、仕方なくっついていってみれば、異様な光景にマーブルは息をのんだのである。


 そこは、マーブルたちが佇む、周囲をぐるりと囲んだ通路の、うすぼんやりとした照明以外は、まるで中心はブラックホールであるかのように暗黒な空間だったのだが、やがて、そのなかのあちこちに山のようにして積み重なっている巨大なものたちが、なにものかと目を凝らしてみれば、それらは、あの、気安く名を呼ばれることを嫌がっていた少女の乗っていたギガンティスなる巨人の、まるで残骸たちのようなものばかりではないか。

 そして、ときに、そこに、ただれた皮膚のような部位や、剥き出しとなった背骨すら確認できると、それらが、確実にかつて生き物であったことが嫌でもわかるのである。


「こ、これって……!」

「この星の呪い……『使者』を倒すためには、しょうがなかったんだ。ここのことを、ボクたちは、『ギガの墓場』って呼んでる」

「一体……」

 話し始めた副司令官に、流石の天才少女でも内容はなにも見えてこない。ただ、振り向いて軍人を仰ぐ青い瞳には、抗議の意志がありありと見てとれる。

 ゼロツ―は、そんなマーブルを前にして、一度、肩をすくめてみせる。ただそうしてからは、思い直したように翠の瞳は、少女を見返すと、


「そう。ごらんの通りさ。ボクたちは、ギガンティス一体を完成させるまでに、何度も命を弄んだ……パイロットも含めてね」

「…………!!」

「……しょうがなかったんだ。『使者』を倒す唯一の方法、彼らの弱点であるコアを打ち砕くためには、現地人である彼らがもつ、特有の超能力による光線エネルギー波しかない。それを生き残った彼らが協力してくれるわけがないだろ?」

「それって……!!」

「キミのいいたいことはわかるよ。太陽系連邦を復活させるなんて、それがいかにくだらないことかなんて、ダーリンもボクもどこかでうんざりしてるほどさ」

「なら……!!」

「けど、ボクたちは軍人だ。上の命令は絶対だし、ボクもダディも、カムイを育てていかなきゃならない」

「で、でも……!」

「残念ながら、これが、今、在る、ホントの銀河の実情なんだ。キミもこれまでの過程で、一端を見たはずだ」

「…………」


 すると、少女としては、つい、これまでの予期せぬ夏休みの旅路の日々などをもよぎらせてしまえば、瞳もクルリと回ってしまう。ゼロツ―は、そんな姿を見逃さなかった。


「……これ以上の生命への冒涜は許されないなんて、ボクもダディも思ってる。でも、戦いは、続いてる。そんなところに、キミたちは現れた」

「…………?」

「そして、ボクたちが切り札としてきた、ギガンティス無しで、キミたちは、あの『使者』を倒した。テトくん、だっけ? 完全な人造人間。はじめて見るこの存在に、ボクたちは光明を見出してしまったってわけさ」

「…………?!」

「別に、彼をどうかしようって話ではないよ。ただ、彼を作ったのは、キミだよね? 是非、そのレシピを……」


 ここまでくれば、優秀な頭脳にピーンときた刹那には、「冗談じゃなーい!」と啖呵のひとつもでると、

「わたしは、みんなが楽しく暮らせるためにテトを作ったの! ぜったい、戦争になんかにつかわせないわよっ! あのこは、わたしたちと同じように、血が通っているの! 痛ければ傷つくし、心も痛いの!! ロボットじゃないのよ!」


 今や、真っ直ぐに軍人を睨む青い瞳を前にして、ゼロツ―は、困り顔に頬も少し膨らますと、もう一度、肩もすくめ、瞳もクルリと回した。そして、「……なるほど、ねー」などとも呟くようにしてみせたが、思い直すように、見返す視線は、どこか相手の芯をつかんで離さないといった雰囲気もかもしだし、


「……レシピをレポートしてくれたら、ボクたちは、キミたちの宇宙船のエネルギーも満タン、くわえて全メンテナンスもさせてもらった上で、返却するつもりだよ」

「…………?!」

「最悪、洗脳、ってラインを、ボクたちも使いたくないんだ」

「そ、そんな、人権侵害なこと、今日日許されると思って……!」

「これが軍なのさ。ましてや、キミたちが機密レベルの真実を知ってしまった以上、残念ながら、今にはじまったことでもないんだ」


 こうして、マーブルの話をさえぎるようにゼロツ―は返し、両者は対照的な雰囲気で対峙するのみの空気も流れたが、ふと、表情も変えるようにしたのはゼロツ―の方であり、「……ま、とりあえず、ゆっくり考えてみてよっ」などとニコリともすると、

「よーし。んじゃ、ま、お友達でも迎えにいこうっ」

 などと、マーブルを促し、青い瞳は、「なんて、勝手な……!」と、憤りも惜しみなくしていたが、翠の瞳はそんな彼女に、


「これが戦争なのさ!」


 と、あっけらかんとするのみだった。


 ふたたび、幾多のエレベーターやエスカレーターによる移動となるなか、にこやかにしているゼロツ―についてくマーブルは憮然とするままだ。ただ、さなか、とある通路で、ゼロツ―が、「もうそろそろだよー」などと案内し続ければ、せめて友の安否に気持ちも切り替えようと思い立った矢先、その一角の自動ドアからは、既に欲望だらけの貪りとともに、その餌食となっているであろう喜悦の声も惜しみなくしていれば、思わず、ずっこけてしまい、苦笑交じりのゼロツ―などが、


「……ロック、かかってる……あー……なかよくなっちゃったみたいだねー」

 と、口にすれば、親友の新たなパートナーの予感を、マーブルは感じるしかなかった。

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