覚醒
自分には特別な能力があることは、母親たちに言われるまえに、とっくにわかっていたと思う。
ただ、まだまだマガネは子供だった。
園も出、学校というシステムのなかへと進学していっても、乳も豊かな、地球人系統の容姿の美女が、必ず自分の担任になると思い込んですらいた。
だが、現実は、担任のイケメンっぷりに、マーブルなどは上気して喜んだりするなか、すぐ隣では、マガネがうんざりする教室の光景なども当たり前となっていく。
そして、「長南家の人間として」がなにかと枕詞となる、「訓練」と「実験」がはじまり、政府機関の秘密の施設の一室などにて、軍の人間たちと肩をならべ、マガネを見下ろす母親の視線は、特殊加工のガラスの向こう側で、モニターごしでなければなにも聞こえないとはいえ、どれだけ彼女が悲鳴をあげようが、死にぞこないになろうが、何一つ、表情を変えることなどなかった。
雁字搦めの窮屈さと、仕打ちに対し、マガネの、母親への恨みは確かなものへと成り代わっていく。
と、時、同じくして、学校では、同世代前後の同性のクラスメートの肉付きが自分好みによくなっていっていることに、マガネは気づいた。
すると、マガネの興味はニヤリとして自分と同じ学生たちへと向かっていき、時にそれは発散であり、そこはかとない逃避願望を、相手の肌のなかに縫い付けるような心境へと陥っていけば、もう、止まらなかった。
ただ、記憶は一気に現在まで加速していく。
自分が、まさかロボットのパイロット席に座ることになるとは思わなかったが、まるで「訓練」や「実験」のときのような、全てがすり切れた瞬間があった。
――ハッ!
そして記憶は我に返った。
マガネの眼に先ず飛び込んできたのは、一面真っ白とした、医務室らしき一室の知らない天井であり、何故か柄にもなく、息遣いは荒くしている。
「……えっ?」
「起きた?」
なにごとかと思うや否や、声のした方を向けば、横たわるマガネのすぐ隣には、アスカの青い瞳が、心配げに話しかけてきた。
周囲がカーテンレールなどで振り分けられてるほど白いと、珍しく、真っ赤なスポーツブラなどしか体を覆っていないアスカの容姿は余計に目立つ。
「あれー……」
そして、ふと、自らの前髪などを手で触れようとした刹那、そこで彼女は強烈な違和感をおぼえたのだ。
自らの手は、いつもの特殊素材の黒手袋に覆われておらず、傷や注射痕も生々しい、大嫌いな自分の肌が露となっていたのだ。
「…………?!」
それだけではなかった。慌てて飛び起きるようにすると、マガネの体は、全て真っ白な患者衣しか纏っておらず、あちこちにマーブルにすら見られたくなかった「訓練」と「実験」の痕だらけの肌が露出していれば、マガネとて、年ごろの乙女である。
「…………!!」
「ちょ、ちょっと!」
気づいたら意味不明に喚き散らし、息も苦し気なパニックすら起こし、アスカは何かを話しかけながら、それを抑えようとしていたのだ。そして、
「いいかげんに、しろっ!」
「…………っ?!」
いつしかも味わったことのある弾力に、顔が覆われてしまえば、マガネもふと我に返った。
すると、その箇所は、アスカの豊かな胸のなかであり、気づけば、アスカはベッドのなかに自らも乗り出していて、思わずマガネが見上げたときなどは、その表情は、瞳も潤み、頬も真っ赤、といったふうにマガネを睨み、見下ろしていたのだが、それは至極当然のことだったかもしれない。
人ひとり分を抑えようとしながらも、そんな余裕もあるというところが軍人のハイスペックであったかもしれないが、先刻まで付けていた赤いスポーツブラもいづこかに消したアスカは、マガネという人物を前にして、今や、生まれたままの姿と化していたのだ。
アスカは、自らの、その柔らかい肌の上で、ただ、マガネの事を一際に抱きしめようとしながら、
「……だから、あっち見て。あんたの制服ならそこにあるから、いつでも着られるわ。検査のために、しょうがなかったのよ」
「…………」
そして、マガネが促されるままにすれば、なるほど。黒い一式は綺麗に折りたたまれて、床頭台の上などに置かれている。
漸く平静さを取り戻したのはマガネなのであった。さすれば、ちゃっかりとその胸のなかに相変わらず収まりつつも、
「い、いやいやいや~。こーりゃ、どういうふきまわしだーい?」
などと、この美味しいシチュエーションを更に味わってやろうかと、その豊かなものに手を伸ばしかけるが、やはり見慣れぬ自分の手が視界に入ってしまえば、無意識にでもビクリとしてしまうのは、生い立ち故であった。
「……そういうのは、いいわよ」
「?!」
「初めての戦闘で、疲れてるでしょ? あたしが着せてあげる」
「え、い、いやいやいや~」
なんだか優し気なアスカであるが、マガネはなんとか気取ろうとはしてみた。だが、確かに、そんな瞬間に、眩暈などはおとずれる。
「つっ…………」
そして、思わず顔を覆うと、患者衣の袖はあっけなくめくれ、今度は痕だらけの腕などが露となってしまう。
すかさず隠そうとしたものの、軍人の素早さの前には叶わなかった。
気づけば、その腕をつかみ、じっと見つめていたのはアスカであり、マガネの笑みはひきつっていた。
「別に隠すことないわよ。シンクロしたとき、見せあいっこだったじゃない」
「で、でも! 私はキミの……!」
「あたしのは仕事だもん。あんたのは……たっくさん、傷ついてきたのね」
「…………!!」
そして、アスカは、マガネの露となった腕を優しく撫でてみせたりするではないか。かつてない感触に、マガネの体のなかには電撃が走ったようになり、呆然とする表情からは、やがて、静かに、ポタリ、ポタリと涙の粒が伝っていく。
アスカはそんな年上の表情に、いつになく大人びた笑みでもってフッとし、伝う頬の涙をも拭ってやると、マガネに背を向け、黒い一式などに手を伸ばしてみせたりする。
ただ、アスカは裸なのである。そんなとき、マガネの目の前で思いっきり尻をも突き出すのは、故意であったのだろうか。
とうとう一式を着せてやり、髪などもとかしてやるアスカであったが、もはや黒い悪魔と戻ったマガネが、息も荒くして、振り向き、すぐ眼前の、今年十四とは思えないほどの豊かな膨らみの先を、パクリと口のなかに含むと、
「あっ……!」
と、アスカはのけぞるのみだったが、「ちょ、ちょっと、待って……!!」と、もはや、欲望の抑えもきかずにニヤつくマガネを制するようにすると、一度、ベッドから降り、床の上に裸足の足音をたてながら、彼女がやったことといえば、
「よっと」
などと、軽い一言とともに、跳躍すると、天井に設置されたカメラの位置を、華麗な足蹴で明後日の方向に向けさせれば、今度は病室のドアまで向かうと、なにやら設備のボタンを押し続け、自動ドアのロックを、関係者の特権で向こうから開かないように細工することだったのだ。
こうして、長い髪を揺らし、もはや、黒い闇で満ち満ちているかのようなベッドに戻ると、これから経験する出来事が初めてであると思えば、アスカも何も思わなかったわけではない。ただ、潤んだ瞳とともに笑みを向けると、黒い獣を前にした一言と言えば、
「全部もれなく、食べ尽くしなさいよっ……だーけーどっ。病み上がりだし、ほどほどにねっ」
などという誘惑とも世話焼きともとれる内容だったのだが、話し終わるか終わらないうちに、赤い髪留めの長い髪は、真っ黒い欲望にあっという間に飲み込まれ、アスカは何も抗うことはなく屈した。
ベッドをきしませながら、喜悦の声を溢れさせ、今や、アスカは、大きく足を開いた格好で、マガネの欲望の全てを受け入れているところだった。ふと、見下ろせば、そんなマガネの表情は、年上であるのに、まるで乳飲み子のように自分の体にすがっている。そして、そんな表情に、愛おしさすら感じずにいられないのは、初めての経験であることより、気持ちが凌駕した現れなのかもしれない。ただ、最中、涙すら浮かべたアスカが、初の絶頂を迎えようとした刹那、彼女がよぎった言葉と言えば、
(バイバイ……トマス司令)
という一言であり、それは天井を仰ぐと、自然と涙はこぼれていった。
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