孤独の少女

 マガネは夢を見ていた。

 それは幼き日々の夢だ。


 今朝も、空中からは、園児の送迎用のバスが舞い降りてきて、なかからは、エプロンでも隠し通せないほどの乳も豊かな、長い茶色がかった黒髪を二つ結びに垂らし、眼鏡などをした青い瞳の担任教諭のジーンズ姿が、笑顔とともに自動ドアからは現れる。その顔は、まだ小さき黒いセーラー服の園児姿のマガネのニヤリとした視線とも交差すると、瞳も潤ませ、頬も赤く染めたかもしれない。


 ――忘れてた。最初に玩具にした女だ。

 そしてマガネは懐かしむ。


 それは、昼休みのできごとがきっかけだった。


 すぐ隣では、幼き姿のマーブルの青い瞳が屈託ない笑顔で、かわいいロゴの入ったアルマイトの弁当箱を広げると、マガネに一緒に食べようと誘ってくる。

 まだあどけないマガネは、そのとき、精一杯の不敵な笑みをつくることが限界だった。そしてのらりくらりとマーブルの誘いを断ると、なんの模様もない自らのアルマイト箱を手に持ち、一目散にトイレに駆け込んでいったのだ。


 そして彼女は勝手に開こうとする便座の上に座ると、少し暗がりとなったその空間のなか、カチャリとした音もたてさせながら箱を開ける。


 中には、栄養さえとれればいいとしか物語っていないような、サプリの錠剤と、せいぜい人工食品などの貧相な組み合わせが転がってるだけだった。


 教室には、地球人以外にも、いろんな種族の、いろんな献立の弁当があちこちにある。

 ただ、そのどれもが手作りであることを目にしてしまうと、マガネの子供心は、自らのそれを誰にも見せたくなかった。


 でも、顔をひきつらせながらも、笑みを作り、まだまだ小さかった手は、箱のなかのカプセルのひとつに手をのばしたりしたものだ。


 空腹には、耐えられなかったからだ。


 だが、まだまだマガネも子供だった。そんなある日、いつものように、便座に座りかけた刹那、とうとう、バランスを崩した彼女は、自らの食事の入った箱をひっくり返してしまったのだ。

 床には錠剤が転がった。マガネは慌てて拾い上げようとする。誰にも見られたくないのだから余計に必死だ。ただ、個室のドアも自動で開こうとした刹那、なにか心のどこかが揺れて、床を眺める彼女の視界が、潤むと、グスリといった鼻水のひとつも一気にでてきた。


 そして、ふと、人影を感じ、見上げると、それまでも経緯を注意深く観察していた、自らの担任の眼鏡の向こうの青い瞳が、八の字眉に、微笑んでいたのである。


 それから、もう一人の担任ともいっていい、専門AIに任すと、教諭は、マガネと二人きりで昼休みの時間を使ってくれるようになり、既に相手に対しては、子供心ながらに唾をつけていたマガネが自らの「力」を発動してしまえば、彼女はあっけなくマガネの手に落ちた。


 いつしかそんな昼の逢瀬は、園の一角にあった、使われていない旧園舎が舞台となっていた。誰もいない廃墟の窓からは穏やかな陽が差し込み、二人は、いつもの場所に並んで座り、先ずはマガネがアルマイトのを開けると、そのひとつひとつを教諭が箸などではさみ、あーんと促されれば、マガネはそれらを口のなかに放り込む。すると無機質な中身でも、気持ちはなんとなく華やぎ、担任が彼女のために、手作りのおかずのひとつも内緒でこさえてくるのだから尚更だった。に、しても、マガネにとっての「本当の食事」はこれが終えた後である。やがて、上目づかいに、小さな不気味の塊と化したマガネの表情を前に、教諭は、恥じらうように笑みを浮かべつつも、顔をそむける。


 ただ、女教諭はエプロンをとる。そして、シャツのボタンを一つ一つはずしていく。すると、いよいよブラジャーが露となる。そうすればマガネは、その谷間に思いっきり顔を埋めながら、自分で相手のそれを外してしまうのも、すっかり慣れてしまった。

 とんでもなくませた幼女だったが、そんなふうにして弾力に包まれるひととき、マガネはなんだか嬉しくて、そんな姿に、一瞬、大きな青い瞳はまばたきし、見下ろしながらも、やがて、ふっと微笑むと、優しく頭は撫でてくるので、マガネの心は余計に踊る。


 後は、いよいよこぼれた、その豊かな乳房を夢中になって吸うマガネと、そんな小さき体の衝動を、両手で抱えるようにさえしてやりながら、空いた手がもう片方の乳をおもちゃのようにするのすら許してやる、女の顔をしながらも、どこか慈愛に満ちた、女教諭の姿があったのだ。


 ――あいつの顔と、全然、違うんだもんな。


 そしてマガネは、自らに対し、クスリともしない、バスの送迎にもいなければいつも無表情にも冷たい、母親の視線のことを、よくその女の顔に重ねてみたりしたものだ。


 ただ、このころのマガネはまだまだ幼く、欲望まみれといってもささやかなものだった。


 しばし、教諭は頬を染めつつも、愛おしそうに見下ろしていたものの、廃墟のなか、尚、正確に時間を表示し続ける、壁掛け時計の針で計らいを、ふと、見定めると、あくまで園児と担任という関係であれば、重ねて、相手のほうがはるか上の大人である。穏やかに促されれば、残念そうにしながらも唇を離し、「はーい」と一言、マガネが添えれば、自らの胸をしまいながらも、更に女教諭は誉めてきて、幼女は文字通り、子供のようにはしゃいだ。


 そして、互いに、人差し指でまるでないしょと言い合うようにすれば、こっそりと廃墟の、辛うじて稼働する旧校舎の自動ドアを出、手をつないで教室に戻っていくのだ。


 マガネは夢を見ていた。

 それは幼き日々の夢だ。

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