初めての表情

 巨大モニターを眺め、ジェリコなる街に襲来した、「使者」とギガンティスとの激しい肉弾戦を、トマスとゼロツ―は、瞳も険しく、そして、マーブルなどは、「マガネ……」と、その友の名を呼びながら心配げに見上げていると、


「ギガントパワー、チャージ完了!」

 などと、オペレーターの一人は、司令と副司令に対して振り向く。


 コクリと頷き、咄嗟に反応したのは、チュッパチャプスをくわえながらの副司令だった。

「アスカ、今だっ! アストゥラピ光線の使用を許可っ!」

「マ、マガネくんも、一際、集中してくれ!」

 そして、我に返ったようにした司令が続けば、


『あんたがあたしの名前を呼ぶなああああああっ!』

 先ずは猛抗議といったふうなアスカであったが、今や、目標から、一際に、一定に、距離を置いた街中の箇所へと、アクロバティックに赤い機体を舞いさせ着地させると、すぐさま、右手を真横にすれば、肘をおって真っ直ぐに伸ばしている左手に添えるようにしてみせる!


 すると十字架状となった手の交差は、みるみるクロスの形のままに光を帯びていくではないか!


 『ふぃ~……』などという、相変わらずヘラヘラした顔ながら、珍しく汗だくとしたマガネが、顔にかかる髪の毛を、息でもって、そっと振り払おうなどとしているなか、


『アストゥラピ光線っ! 発射っ! どおおおりゃあああああああああっ!』


 とうとう、アスカの一声で、その両腕の交差は、ロザリオの輝きを持ったレーザービームとなり、「使者」と呼ばれる、その黒い巨人の、主に胸部あたりに突き出るようにしている、赤い玉状の箇所を中心に粉砕!


「アストゥラピ光線! 目標のコアに命中!」

 オペレーターの一人が、実況の報告を言い切った刹那!


 こうして、これまでギガンティスに対し、徹底的な抗戦をしてきた「使者」であったが、一瞬の沈黙のように、動作を停滞させたのも束の間、途端に形状がひび割れていくように破壊されていくと、やがて、街の空に向けて、十字架状の輝きでもって、消滅するほかに成す術がなかったのだった!


「目標、消滅!」

「ふぃ~」

「やったぜっ」


 スタッフは最後まで報告をきっちりやり、トマスはそれまで頑なに顔の前で結んでいた両の手を解くと、どっと疲れたようにし、ゼロツ―は、勝利の喜びをままに笑顔でするように、ニカッとした笑みでもって、それを表現していた。


 そして、いつもの飄々とした具合を取り戻したようにしたトマス司令は、改めてモニターに視線をやると、

「アスカ、おつかれー。ありがとなー」

 と、笑みすらも送る。


 画面ごしでは、息も荒くしていたアスカであったが、勝利の喜びもあるのだろう、溌剌とした笑みすら返せば、

『い、いえっ! 当然のことをしたまでです』

「光線エネルギーも、今までにない数値だよ。これはギガの新しい世界、かもな」

『……っ。そう……ですか』

「そうだよー。んなわけで、今回最大の協力者に感謝しようぜ。おーい、マガネっちー」


 やがて、トマスは、アスカの隣にいた黒いセーラー服に穏やかな視線を送ろうとした。


 だが、赤い髪留めの乙女のすぐ隣に、急ごしらえで作られた座席に座っている黒いマガネはうなだれたまま、ピクリとも動こうともしないのである。


 見かねたのはアスカだった。

『……ちょっと、司令が呼んでるわよ』

 とりあえず、身を乗り出し、その体にふと触ってみれば、マガネはあっけなく、そのまま倒れるようにしてしまい、いよいよ、露となった表情からは、苦悶とした顔で目を瞑ったまま、大量の鼻血がこぼれている有様だ。


「マガネーっ!」


 今まで見たこともない友の顔に誰よりも早く反応をしたのはマーブルだった。間髪といったところで、スタッフの一人からは、「司令、補助席担当者のバイタルが……!」と、報告があがる。


「まじかー。長南家っつーっても、やっぱ、刺激、強すぎたか―」

「マガネ! マガネ?! ちょっと! これはどういうことよっ!」


 そして、名を呼び続けながら、黙っていられない、と、はるか、上の座席にいるトマスやゼロツ―を睨んではくってかかるのはマーブルの姿として当然のことだ。


「やー。これは、まじごめんて……ごめんよー」

「……うん。ボクからも謝らせてくれ。アスカ、直ちにB地点の収容ゲートから地下に戻ってきてくれ。救護班、出動!」


 自責の念に肩を落とすようにしているトマスの背中をさするようにしながら、ゼロツ―は次々に指示をだしていく。


 そんな姿を、パイロット席からじっと見つめていたのはアスカであったが、もう一度、気を失っているマガネの体勢に視線を移すと、その姿勢を楽にさせてやりつつしつつ、「……名前、呼ぶんじゃないわよ」と、一言ボソリとすると、やがて、愛機を動かしにかかるのだった。


そして、そんな赤い機体を、画面越しにトマスなどはじっと見つめていたのだが、

「……けど、ポテンシャルは流石、やっぱし長南家、なんだよなー。こーりゃいよいよ、老人どもはかぶりつき、だろなー……」

などと呟くと、ゼロツーの翠色の切れ長の瞳は、そんな彼の横顔のことをチラリと眺めるのだった。

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