迫る真祖

 朝の街は、空中やら街道を様々な交通機関が行き交い、リニアモーターカーが血脈のなかをいくように街中を通り過ぎていくのを見れば、街をいく人々の活気も相俟うと、そこ一点のみと周囲だけが、賑わい、山並みも生い茂った未来都市で、後はただ、ただ、赤い荒涼とした大地であることなど忘れるほどだ。


「…………」


 マーブルは、そんな車窓を、ラブホ街に迎えに来た、ワンボックスの型をした「Jelico」なるロゴが車体には銘打たれた車のなかにて眺め、隣には窮屈そうにして体を縮こますようにしているテトや、あくびをするマガネたちなどが控えていた。


 そして、地下へと続く高速道路のようなものが一角では大きく口を開いていて、そのなかへと次々に車たちが飛び込んでいくなか、マーブルたちの乗る車は、特に、他の車たちとは、一線を画したような通路を次々に選択していくと、気づく頃には、彼女たちの車以外に、行き交う車体は見かけなくなったりする。

 いよいよ、そこが地下深くとわかる、コンテナなどが立ち並ぶ、倉庫のような真っ暗な箇所に辿り着くと、


「降ります」


 と、それまで運転してきた席からマーブルたちに振り向いたのは、異形の宇宙人の顔はしているが、太陽系連盟軍のブルーグレイの制服を着込んでいたりする。


 「なんだよ、アスカが迎えに来てくれるわけじゃないのかよ~」などと、マガネがぶつくさいうなか、自動ドアが開かれれば、幾人かの軍の制服たちに導かれるようにして、マーブルたちが進んでいくと、しばらくした通路で現れたのは、ひょろりと背の伸びた丁髷眼鏡の姿と、制帽で角は隠れた異星の乙女ではないか。


 途端に背筋をのばしたのは、マーブルたちをナビしてきたものたちであったが、

「お~う。くるしゅうないぞ~みんな~」

「おっつかれ~い」

 と、そんな緊張感に対し、間延びに応じるところは、本庄夫婦とは似た者夫婦なのかもしれない。


 ただ、「……あはっ。でも、やっぱり、そそる、よな~……」などと、改めてゼロツ―を拝んだ黒いセーラー服は舌なめずりを惜しげもなくし、そんな友のことを横目でマーブルが呆れていたりすると、そんなマガネに、流石に、コホンと咳払いをしたのは、トマスだったりで、

「……うん。やっぱり、彼女の方をおれが請け負う」

 などと、ゼロツ―の方に振り向く。


 翠色の切れ長の副司令は、漸くマガネのことをじっと見返したかもしれない。ただ、自分のパートナーをも見上げると、

「ダーリンは心配性だな~。ボクなら問題ないと思うけど~?」

「……いやいやいやいや」

「わかったよ~」

 こうしてしばらく二人はやりとりをしたが、改めてマーブルたちの方を見ると、「ついておいで」と促したのは司令の方なのであった。


 ただ、暗がりですらある通路を進んでいくと、やがて、隣室同士となった箇所にて、「君はこっちなー」と、マガネに声をかけたのはひょろ長い司令であり、

「キミたちは、こっち~」

 と、テトとマーブルに、ニカッと笑いかけて自動ドアを開くのは、副司令なのであった。


 室内は、いつぞやのときのような、四角い型で縁どりされたようなテーブルが置かれてあり、「すきなとこ、座っていいよ~」などと桜色の長い髪を軍帽から覗かせながら、副司令は、マーブルたちのいるところから、丁度、向こう側となるような位置に腰かけると、足を組み、やがて、端末などをチェックしはじめ、

「なんか、レポートだと、うちのラストチャイルドくんが、概ね、話したことになってんだけど、それでOKー?」

 などと、おずおずと座ったところのマーブルたちに、微笑みかけてくる。


「え? ていうか! N4兵器を使うなんて、絶対よくない! それに、ここの現地の人を改造したって、ほんとなの?!」

 ただただ、ここまで着いてきてしまったところもあるが、訪ねられれば、黙っていられないのがマーブルというものだ。途端に眉間に皺もよって相手を睨むと、ゼロツ―は、「やー。そこ、もう、知られちゃっちゃー手間は省けるというものだけどさー」などと前置きのようにはしつつも、


「……ほんとだよ」

「あんたたち、なんでそんなひどいことができるの?! 軍だかなんだかしんないけど、わたしたちは銀河中で『不戦の誓い』をしたんじゃなーい。もう、戦争なんてこりごりよっ! 戦争はんたーい!」

「ボクらだって、無理に戦争を起こそうってわけじゃないさ」

「じゃあ、なんで?!」

「……であると同時に、ボクたちは軍だ。上層部からの命令は絶対だ」

「…………?!」


 マーブルが更に詰め寄ろうとした刹那、切れ長の翠色の瞳は、青い瞳を捉え直す。すると、垣間見えた迫力に言葉を詰まらせたのは寧ろマーブルの方だった。


 やがて軍帽を脱ぎ、赤い角が現れる頭となると、ゼロツ―は声音を変え、

「キミらは、既に、隣国が不穏な動きを見せているのは知ってるんだろ?」

「え……?」


 それは昨日もアスカに問われたことである。短い期間ながら、世話になった、フィオナの顔などをマーブルがよぎらせていると、

「中国だけじゃないらしいよー。その裏では、イングランド? って、キミらの星の地方もからんでるんだってさー」

 ゼロツーは語り、それから机上に足など乗っけると、自らの髪の切っ先などを気にし始めた。ただ、

「ほんと、キミたちの冒険心というか、なんというか、そういうのって、寒心と思うときがあるよ。気づけば、どこいったって、一番多い出身者は地球出がほとんどじゃないか」


 そうして、現地の民だけではなく、多くの異星の者も巻き込んで、独立自治した星々や国々もできて久しい。アインクランドなどもその例の一つだろう。


「そ、それが、どういう……?!」

 ただ、マーブルの顔の険しさは、尚、健在、といったところだ。問い返すようにすれば、ゼロツーは、それをちらりと見、

「そして、そんな動きを、キミたちの国のお偉いさんにとっては、黙ってみてらんなかったってことなんじゃないかなー? なんせ、キミたちは、あの太陽系連邦の、『元宗主国』なんだからさ」

「そんなの、大昔の話じゃなーい!」

「……世代が上ともなってくると、そうもいってられないんじゃない? ともかくざっくり言っちゃうとさ、此処は、そんなキミたちのおじいさんたちが、太陽系連邦の栄光よ、再び、ってないきおいで作った、秘密の最重要拠点ってことなのさ」

「……ええっ! ま、まさか、太陽系連邦を復活させたいわけじゃないでしょうね?!」

「さすがー。オタカラコーポレーショーンっ。話わかるねーっ」


 そして、マーブルが呆気にとられているように驚き、ゼロツ―がそれにニヤッとして答えていると、「ママ……」と、ボソリとつぶやくテトは、相変わらず座りにくそうに窮屈にしていたが、心配そうにマーブルを覗き込むようにしながらも、

「タイヘイケンレンポー、ッテナンダ?」

 と、首をかしげてみせたりする。


 たまにしでかす言い間違いは、空気を和ますかもしれないが、笑みを浮かべつつも、人造人間のそんな反応に一瞥したゼロツ―の眼光の一瞬の鋭さは、トマスのそれにもひけをとらぬものであった。そして、


「ま、ボクからしたらさ、キミたちが何をどうしようか、正直、そんなに興味ないんだ。けどさー。キミも、ボクのダーリン見て、わかるだろ? 彼、どっちかっていったら文官なんだよ。……武官出のボクが支えてあげなきゃ。それに、こんなめんどくさいことからなるべく離れて、ギターを弾いて、歌を歌っててもらいたいんだ。ダーリンの作る歌は、銀河一なんだぜっ」

「…………」

 屈託なくのろけると、ゼロツ―はマーブルにニカッと笑いかけそれをまとめ、


「ただ、この星からはじめる、にしたって、いつくるかもわからないこの星の呪い、『使者』を相手に、ボクらの切り札であるギガンティスはたった一体だけしかない。前回は、ともかく、そこを痛感してしまったよ。特に老人たちはね。そこで、だ。ボクたちとしては、キミにアルバイトをお願いしたいってことなんだ」


 いよいよ、話の切り札というところで、ゼロツ―の笑みは、笑みは笑みのままに鋭さを増してマーブルに向けられた、と、その頃合のときだった。


 途端に、マーブルやテトが聞いたこともないようなアラート音が室内には響き渡ると、

「……百聞はなんとやらだね。ボクとおいで」

 と、机上に投げ出していた黒タイツに白ブーツの足を降ろすと、ゼロツ―は立ち上がった。

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