動揺

「ちょっと、あんた、どうしたのよー?!」

「いやいや、おあずけくらわされちまった~。人生初だわ~。ヤキ、回ったかな~」


 なにが起きたかはなんとなく察しつつも、目を大きくさせながら、とりあえず、マーブルは友として、黒いセーラー服を部屋に招き入れてやる。


 頬をさすりつつのマガネは、テレビの前に腰かける人造人間にも「よぉ~」と、声をかけつつ、我が物顔にマーブルたちの部屋のベッドのシーツの上に、ドンと腰かけ、

「そういや、部屋のこととか、聞いた? 明日のスケジュールとか」

「んーんー」

「ルームサービスは使いたい放題って~メニューみたけど、結構、豊富だよ~」

「……ふーん」


 そして、ベッドの枕のすぐ上にある専用の端末を手に取ると、なぞってみせ、料理の数々が記載されているページなどを、マーブルに向けてヒラヒラとさせた。

「…………」

 受け答えしつつのマーブルなどは、設えてある冷蔵庫のドアを開く。すると、そこには、一本一本ごとに、区切られるようにしてケースのなかに冷やされている飲料類などが並んでいたりしたが、そのなかから、適当に選んで取り出すと、「ほらっ」などと、マガネに差し出し、自分も飲みだしながら、テトにも、「テト―、ジュースのむー?」と、訪ねながらしていると、

「サンキュー。で、今晩はもう自由行動って。で、明日、あの子ふうに言うと、〇八〇〇? に、迎えがくるらしいから、それまでに食事とかはすましとけって~」

「っていうか、わたしたちの宇宙船は⁈ 他の荷物はどうなってんのよ~?!」

「さあ? 私もそのへん、ちったあ気になったんだけど、やー。半分くらいクラッとさせたとは思うんだけどな~! いかんせん、ひっかかんなかった~!…………や~、流石、軍人ってとこなのかなー」

「…………」


 ただ、飲み物を手にしながら、会話を進めていくと、マガネなどはクックックと笑い出す始末だ。

 そんな姿を見つめつつのマーブルは、昔ながらの友のことについて、何故気づかなかったのだろうと思う心境のこともあり、


「……マガネ」

「んー?」

「……あんた、能力者、だったのね?」

「……そうだねー。もう、ここまできたら、黙ってる意味ないわな」


 そして、マガネは、手にした飲料水を、オーダーのできる専用端末のある置き場の空きスペースにコトリと置くと、

「真の光にゃ、必ず闇あり。そんな『闇の力』の相伝家系のひとつ、長南とは、そういう者たちなので~す」

(光……闇……?)


 なんだか、どこかで聞いた台詞だ。ただ、それがなんだったかをマーブルが思い起こそうとしている間に、そこまでおどけたふうにしたマガネだったが、珍しく八の字眉を作ると、

「……どう? 軽蔑した?」

 などと訪ねてくるではないか。途端に表情を変えたのはマーブルだ。

「はあ? あんたが超能力もってたくらいで、なんで、わたしが軽蔑すんのよ?」

「えっ? だって、見てきた、じゃん? マーブル……」

「フィオナさんのときは、釈放させてくれたし、今回なんて、怪獣? やっつけてくれたじゃなーい。そう思えば、改めて、ありがとねっ」

「えっ? えー……っ? マ、マーブルってさ、一応、あの高原の末裔なんだよね?」

「なんども言ってるでしょー。うちは分家っ。超能力のちの字も、ないわよーっ」


 むしろ、天才少女故に全く興味がない、ということも付け加えたほうがいいだろう。マガネの持つ能力の全てまで、マーブルにとっては知る必要をなくしてるのだ。そして、

「あんたがどんなんでも、わたしにとっては、いつまでも、かわらず、わたしの大事な友達っ」

 と、青い瞳ににこやかに言い切られてしまえば、流石のマガネも苦笑交じりにそれ以上のことを言うこともためらい、そして、ふと、

「……ほんっと、キミは、いい女だよ」

 などと、一言つぶやくのでせいぜいだった。


 それには、「まあねっ」などとおどけてマーブルは答え、髪をかきあげるような仕草をすると、友同士の間には自然とした笑みもこぼれるというものだ。


 と、和やかな空気となったところで、要領のわかったテトなどがテレビのコントローラーをつけ、チャンネルを回していくと、途端に部屋中に響くは、「あんっ!」「あはーん」といった女の喜悦の声だらけではないか。

「ナンダ?! ナンダ?! コレ、ナンダ?!」


 それには、男のハアハアとした野獣の声も混ざり、せいぜい女同士のそれしか見たことのないテトにとっては、初の更なる刺激に、画面に対して身を乗り出さずにはいられない。


「ちょ、ちょい、ちょいちょーい!」


 慌てふためいたのはマーブルである。テトからコントローラーを取り上げるようにすると、すかさずチャンネルを変えていったのだが、画面上ではいけどもいけども、男と女が愛し合ってるか、せいぜい、これまでのマガネが披露したような女同士の愛の形しか映像には映らないではないか。


「な、なによーこれーっ」


 マーブルは、もはや、なんとか、食い入るようにするテトの両目をふさぐようにして、あれこれとコントローラーのボタンを押し続けていくが、その繰り返しはエンドレスだった。

 一部始終を眺めながらギャハハハと大笑いしていたのはマガネである。そして、

「アスカがいってたじゃーん。ここは、表向き、ないことになってる、ってー。多分ー、だからー、まともな放送なんて、ここにははいってこないんだよ~」

「え、え~?! ちょ、ちょっと、テト?!」

「ママ、コレ、スキスキ、カ?!」

「そ、そうだけど……!!」

「……マガネトアスナ、マガネトフィオナ、ミタイジャナイ!」

「も、もーう! だーめー! テト、テレビ禁止ーっ!」

「ガウ……」


 元が主より遥かに力が強く、ましてや我も忘れてしまえば、マーブルが手で制するようにしても、その効力など全く無い。

 自制の効かなくなったテトが画面に釘付けとなったところで、マーブルは画面を真っ暗にするしかなかった。


 結局、終始笑うだけにしていたのはマガネである。シュンと、なにかのペットのように項垂れたテトに、そして八の字眉の笑顔を送ると、

「あーあ、可哀想なしょうねーん」

 と、胡坐姿の自分をベッドの上で揺らし、クックックと、付け加える。


「ト、『トムンゲリオン』の、データファイルないか、明日、聞いてあげるから……!」

「ガウ……」

 そして、コントローラーを手にしたままのマーブルがテトに困惑気味ながら、慰めの一言もかけてやると、

「いいじゃーん。束縛すんのも、あんまりよくないと思うぞー」

「あんた、また、勝手なこといって……!!」

「や、まあ、私も少年なんて、勝手に呼んどいて、なんだけどさー。実際、こんだけ立派な体形の『コドモ』なんて、逆になくない? ましてや、生まれてまもなくで宇宙生物、倒しちゃうんだよ?」

「そ、それは……」


 全ては、人の新たなパートナーとして、良かれと思い、あらゆる可能性のために仕掛けた、乙女の天才的な設定ではある。

 ただ、人造人間なんてものを、新たに作り出したという点において、相手がテストタイプという事実である通り、マーブルにとっても手探りなのだ。


 「生き物のようにしてあげたい」と、マーブル自身が日ごろから思うところもあれば、マガネの一言にも響くものがある。

 ふと、窮屈な思いをさせてしまっているのだろうか。などと、よぎり、もう一度、マーブルが自らの作品に瞳を移すと、


「ガウ……」

「…………」


 猫背に項垂れている人造人間は、真っ暗となったテレビの画面の前で、もう一度、ため息のようなものをついている。

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