初めての撃沈

『ギガンティス、通りまーす。道をあけてくださーい』


 こうして、マーブルたちが降りたときとは打って変わって賑わってる街並みの公道を赤い巨体は歩き出し、先導する「Jelico」と銘打たれた車体の後を行き、路上や、ときに空中に浮かぶ交通手段たちは、道をゆずるようにして、操作を切り替えていく。


 そしてそれらは、熱烈なパイロットファンたちなのだろうか。歩道には、まるで、ギガンティスの頭部付近にある、はるか彼方な視界にとどけとばかりに、「ASUKA LOVE!!」などという手書きの横断幕が開かれたりしているのだ。


「……へぇ~。キミ、ずいぶん、有名なんだね~」

「ふんっ。まあね。あたし、『ラストチャイルド』だもん」

「ラ?」

「このギガンティスのパイロットのことっ」

「……ふーん。てか、ファンたちに、手でも振ってあげたら?」

「ガキには興味ないわ」


 下界を見下ろすようにしながら話しかけるマガネに、アスカは横顔のままにしか答えずにいたが、そのバッサリとした物言いには、更にそそるといった具合に、マガネが顔をあげ、操作する軍服乙女の横顔をニヤリと見つめる。


 街は、穏やかに赤い夕日が迫ろうとしていた。西日のなか、アスカは、「……ってか、あんたたち、どこに泊まるってーの……?」などと、片手で、空中に表示を浮かばすと、途端に顔を真っ赤にしたのもアスカであり、「ちょっと! 止まって!」と、先導する車に指示をだせば、「ちょっ、ちょっと! し、司令! トマス司令ーっ」と、どこかに問いかけるようにしたが、パイロット席の眼前に映し出された映像に現れたのはゼロツーであり、すると、パイロットは隠すことなく舌打ちなどかますのであった。

『どうかしたかい?』

 そして、チュッパチャプスをくわえながらの副司令も、今や、懐にカムイも抱いていなければ、いよいよ、ギロリと睨み返したりする。


「ど、どういうことですか?! 彼女たちの宿泊場所が、こ、これって……!」

『あー。ラブホテルのことー? だって、ここ、観光に開かれてるわけでもないんだからさー、そこくらいしかないじゃーん』

「だ、だけど、そ、そんな……!」

 アスカの表情は、夕暮れのせいなのか、やけに顔を赤くしているようだ。


 ただ、それまでは、そんなパイロットに淡々とすらした口調で答えていたゼロツ―であったが、なにかがピーンときたふうにすると、

『あー、コドモには、ちょっと、早かったかもなー?』

「……! ふざけないでっ!」


 ゼロツ―は飴玉をくわえたままにニヤリとし、画面を覗き込むようにし、すると、八重歯のように、少々、地球人より尖った犬歯の特徴などが露になったが、見上げるようにキッと睨み返すアスカは、とうとうその一言を捨て台詞にして通信を切ったのだ。


 ただ、「ラブホテル」なる、その一言に、「いいねー。それーっ」などとマガネが嬉々とするなか、先刻より終始、テトの手を握るようにしていたマーブルなどは、流石に、「ラ、ラブホテル~?!」と、その頬はアスカと同じ夕暮れ色に変化してしまったことも致し方ないといったところだろう。


 とうとう一行がなまめかしいネオンが立ち並ぶ箇所にくると、ギガンティスは腰を折るようにし、プシューと飛び出したカプセル状のコックピットが開くと、とりあえず、アスカは、無言のままに、機体の端端を踏み台に降りていこうとし、すると、後を追うようにしたマガネなどは、まるで、それを真似るようにして、見事な身体能力を、ニヤリニヤリと発揮するではないか。


「ひ、ひぇ~……」

 と、取り残されたようにされてしまったのはマーブルで、それまで先導してきた「Jelico」の車からは、『今、クレーン、出しますんで~』と、間延びした声がフォローに入ろうとしてくれ、それに、「はーい!」と、マーブルは答えていたものの、

「ママ、マガネタチミタク、オリタイカ?」

「えっ?」


 そして、テトの発言に思わず振り向いたときには、天才少女はひょいと人造人間の両手のなかに抱えられていたのだ。


 唐突の人生初のお姫様抱っこにも驚いたが、そこからは、アスカ、マガネかそれ以上かもしれない身体能力の持ち主にとってみれば、下までの着地など造作もないことだった。


「…………!!」


 ただ、思わぬ急降下で目も瞑ってしまっていたマーブルは思わずテトのことを抱きしめるようにすらしていたのである。


「マ、マーブル、ミエナイ……」

「ふぇ?」

 そして自らの作りし人造人間の声が、自らの胸元からすれば、そりゃ何事かと青い瞳は目を開ける。すると、そこにはマーブルの豊かなバストにスポイルされたような、テトのメタリックな顔面があり、首がまがりきりそうになりながらも、制作者に怪我などさせまいとしてきた人造人間は、変わらずに彼女のことを両手で支えているのだ。また、視界が開けた途端に広がった、せいぜい、街中でも遠巻きにチラリとしか見たことなかったホテルたちのネオンのきらめきがすぐ眼前にあったりすれば、

「ひゃっ!」

 と、マーブルは両の手を離してしまった。


「ちっ。いい思いしやがったな~。少年~」

「ン? ナンカ、イイニオイ……」

「それはマーブルの残り香だよ~!」

「ノコリガ?」

「ちょ、ちょっと!」


 こうして動揺とともにマーブルが地に足をつけようとするなか、テトのことをからかうマガネの姿もいつものこと、といったところだったが、そんな姿たちに、マーブルと同じ青い瞳は、「フンっ!」と鼻を鳴らすようにすると、

「こ、こっち! さっさといくわよっ」

 と、髪もひるがえすその後ろ姿は、マーブルのようには動揺を素直に表せないといった様子であった。


 部屋の様子の画像が立ち並ぶようにして有るパネルのある壁の一角にて、いよいよアスカとマーブルなどは、耳まで真っ赤といった具合にしていたが、BOOM……という空気のなかを唸る振動とともに、一行に接近してきたのは、球体状のAIであり、

「コレハコレハ、前線管理隊ノ皆様、オ待チシテオリマシタ。ボスカラオハナシハ、伺ッテオリマス。ドレモ最高級ナオ部屋ヲ、ゴ用意シマシタ……」

 などと、機械はここぞとばかりに屈託がない。

「で、ど、どうすんの? みんなで一部屋に泊まるのも自由、各自、別々でもOKよ」

「えー?」


 それでも、なんとか押し殺して話を進めようとしてくるアスカが振り向くと、マーブルは、つい、応えたが、すぐ隣では、「いいねーいいねーラブホ~……ラブフォ~!!」と、周囲を見回しながら興奮している黒い友とは流石に一線を敷きたくなってしまったのは致し方ない。


 相変わらず手を握り合ったままのテトとマーブルが通された部屋は、なるほど、ダブルベッドのある高級ホテルの一室といっても差し支えない間取りだった。ただ、ガラス張りで仕切られた向こう側には浴槽などが丸出しとしてあったし、とりあえず、ベッドの上には、マーブルの船内から持ち出されたのであろう、彼女の携帯端末と衣服類が詰まった圧縮カプセルなどが数点、ボソリと置かれているのみであったりする。そして、

「テレビ……!!」

 と、部屋の一角にある巨大な液晶にテトが興味をもってしまうと、繋がっていた手も、ホロリと落ちてしまった。


 やがて画面の前に座り込み、使い慣れないコントローラーを手に、テトがマーブルに、

「コレ、ドウスンダー? オレ、フィオナイエデミタ、『トムンゲリオン』ノ、続キ、見タイ!」

 などと猫背のままに振り向き首をかしげると、マーブルは笑みを作り、人造人間に近づく。

「テトは、ロボットアニメ、好きねー」

「アア、ロボット、カッコイイ! ワルイノヤッツケルノトコロガ楽シイ!」

「男の子設定の効果、かなー……」

「ケド、無理矢理、タタカワサレテ、カワイソウダナァ、モ、オモウ。ツンデレ乗ッテル、ギガンティスモ、無理矢理ガ同ジ……ソレハカワイソウダ」

「…………?!」


 ニュアンスは独特だ。が、なにかを伝えんとするテトの横顔は、メタリックながら、確実な感情をおぼえている。先刻の、パイロットとのやりとりも思いだせば、自らの作品を思わず抱きしめずにはいられない。


「……あんたは、兵器なんかじゃないんだからっ」

「……ガウ……ママ?」


 ただ、強く誓うようにするマーブルの両の手に、テトの人工皮膚の指先が触れんとした、そのときだった。


「ヘンタイ!」


 と、隣室からは、アスカの声が響いたと思えば、ドアがバタンと閉まる音がし、やがて軍靴の激しい足取りが廊下には響き、いつぞやのように、この宿も随分と壁の薄い作りのようだ。

 と、しばらくして、マーブルたちの居る部屋のドアをコンコンとノックする者がいる。

 もう、大方、誰かわかっていたマーブルが、しれーとした表情でもって、移動し、出迎えるようにしてやると、キー……と開いたドアの先では、


「どもーっ」


 と、ピースサインでありつつのマガネだったが、その頬には大きなもみじの痕のようなアスカのビンタが、ジンジンと腫れているではないか。

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