真実の裏側

「最適環境再生~?」

 流石に聞き慣れぬ造語である。マーブルが聞き返すようにすれば、それを横目でアスカは見つつも、空間に浮かんだコントロールパネルをなぞる。すると、そこに浮かぶのは、地球ともよく似た青々とした星ではないか。


「……ここも、もともとはあたしたちのとこと、さほど変わらない星だったのよ。そして、あたしたちと、さほど、変わらない系統の知的生命もいたわ。その大きさは途方もなかったけど」


 次にアスカが画面をなぞれば、そこには連盟軍と思しき人物たちと共に映っているのは、人間によく似た容姿ではあるものの、その巨大さといえば、なんとも大きく、比べ物にならないスケールであった。

「…………!!」

「でっか……」


 そして、マーブルと共に、アスカの説明と画面を、気づけば見聞きしていたマガネが、心の代弁を呟く。


 ただ、ゆったりとしたローブのようなものしか着込んでいない、原住民たちは、まるで、動く古代ギリシャの石像のようですらあり、美しい神殿の建築美であったとしても、マーブルたち人類にとっては、とても古い過去のなかでしかあり得ないような日常の光景の記録が、画面には展開していく次第である。


「そして、彼らの物質文明関連のレベルに関しては、無頓着といっていいくらい、あたしたちとの差があった……」

 軍服乙女は説明を続ける。

「そして、この星には、あたしたち、日独同盟の悲願ともいえる物質があった」

「日独同盟~?」


 聞き慣れぬ単語には素直に聞き直してしまうのは、天才の、知識への探究欲からくるものか。そして、それには勝気な性格なら、尚更、鼻で笑うというものか。


「あら、天才でも知らないことってあるのね~。まあ、あたしたちの動きって、表向きないことになってるから、当然、か」

「なによー」

 そして、アスカの態度に、流石にムッとマーブルが頬を膨らませたりしていると、


「……要はこれもお国の裏の顔?」

 今度は、マガネがボソリと呟くようにする。


 横目で見続けるアスカが、それでも、フッと沈んだ瞳を形作ると、

「……裏の顔なんて、どこでも転がってるわよ」

 今や、先刻までと違い、画面にはマーブルたちが降り立つ前に見た赤い星などが映りこむではないか。


 途端に瞬きを繰り返したのはマーブルだ。

「え、え、えっ~?! どういうこと~? さっきの大きな人たちとはどうしちゃったの~?!」

「……先遣隊との交渉は決裂。彼らから猛烈な抵抗に遭われた。ならやることやるしかないじゃない」

「ま、まさか、まさか、戦争したんじゃないでしょうね~?!」

「そういうことになるわね」

「……わーお」


 平然と答え続けるアスカには、流石に、マガネも驚きを隠せない、といったところだった。そして、テトが自らの親に教え込まれた通り、「……センソウ、イケナイ!」と噛みしめるように口に出すと、

「そうよー! 違反行為じゃなーい!」

 と、マーブルが続ける。


「……あんたたち、大戦が終わって尚、軍が残りつづけた意味ってわかってるの?」

「けど、それを使わないのが、銀河中で交わした『不戦の誓い』じゃなーい」

「……に、しては、ずいぶん、きな臭いことしてくれてんなーとは思ってたけどね」


 そして、アスカの問いに対しては、マーブルが歴史の知識とともにまっすぐに答えたのだが、ふと、口から漏らすようにしたのはマガネである。ただ、その意味深に、思わず顔もしかめたマーブルが、「マガネ?」などと視線を移すと、「なんでもなーい」と、舌もペロリとおどけるのは黒いセーラー服だ。


「流石、優等生らしいお答えですこと。まぁまぁ、天才さんは、なーんの苦労もなく、パパとママに育てられたんでしょうねー……」

「そりゃ、キミ、マーブルはオタカラコーポレーションのお嬢様だよ? パピーは天才っ! で、おかあさんも綺麗な人でさー。てか、キミも、お母さんも美人そうだねー。グフフ」


 アスカのわざと呆れるようですらあるマーブルに対する視線には、今度、マガネは話を摺り寄せるようにして近づこうとした、そのときだった。


「あたしは、パパもママもいないっ」

 それにはキッと睨み返す青い瞳の迫力に、思わずマガネも「……わーお」と、両の手を上げてみせる。 

「……ったく、そんなことはどうでもいいのよ」

 アスカは呟くようにすると、ふたたび、画面を操作しはじめ、


「ともかく、あたしたちは、此処の環境をもう一度、元に戻すことが急務とされているの。これは、あんたたち元宗主国と、あたしの祖国の政府、合同のプロジェクトよ」

「日本と、ドイツってこと?」

「きなくせー……」


 孤高の乙女の語りにマーブルが瞬きのままに問い、マガネがさもおもしろくもないと肩を小刻みに震わせ、笑う。


「ちょっと待ってよー。そんなはなし、ネットのどこにもでてないじゃなーい」

「あんたたち、特殊開発星系に行ったでしょ?」

「え、う、うん」


 ジロリと見る青い瞳に、青い瞳は、既に自分の船内の情報は全て把握されている、という軍の得体の知れなさと共に頷くしかなかったが、

「あんた、あそこで中国がなにやってるか、具に説明できる?」

「そ、それはー……」

「そういうことよ。すこしは、あたしの言うことがわかってもらえると光栄だわ。天才さん」


 しかしアスカの言葉の端には必ずトゲがある。マーブルは妹のように接してあげたいのに、流石に、「なによー。その言い方ー」と頬を膨らませる。


 また、話の流れのなか、更にマガネが「ますます、きなくせー……」と、クククと笑い、とうとうテトなどが、「ママ、テンサイ、タクサン、イワレテ、ヨカッタナァ」などと、ちょっとずれていることも毎度といったところだったのだが、今度は、そんなテトの姿をチラリとアスカは眺めただろうか、そして、


「……ともかく再開発のためにも、襲撃してくる『使者』を倒さないことにははじまらないわ。そのために開発されたのが、この、専用人型決戦兵器改造人間ギガンティス、よ」

「ええ? っていうか、その『使者』ってなんなのよ?」

「……この星の呪い」

「それに、ちょっと待って……」


 語り続けるアスカに、マーブルは問い、そして、いよいよ顔も険しく、改めて、今見える景色をも見回し、

「ちょっと待って……! あんたたち、これ、まさか、N4兵器を使ったんじゃないでしょうね?!」

「さーすが、天才さん。兵器にも詳しいんだー」

「それも禁止も禁止の大禁止じゃなーい! 大量虐殺よ?! この星の原住民はどうしたの?!」

「ここに、唯一の生き残りがいるわ」


 マーブルがいよいよ問い詰めていこうとすると、アスカは、まるで遠いところでも見るかのようにして、指先で円を描くようにした。


「どゆこと?」

「ガウ?」


 ただ、マガネやテトは首をかしげるのみである。

 真意がわかったのはマーブルのみだった。


「……改造、って、あんたたち、まさか……!!」

「……だから、ロボットだとか、そんな素人なものじゃない、って言ったでしょー」 

「生物兵器なんてもってのほかよ! 大、大、大タブーじゃなーい!」

「……あんただって、それを作ったんでしょ?」


 そして、とうとう顔も険しくなりきったマーブルを、あしらうようにしたアスカが指さす方向には、首をかしげたままのテトがいるという有様だ。


「ざけんな! テトは兵器じゃない!」

「……どうかしら」

「……まあまあまあ~、ご両に~ん」


 いよいよ食ってかかるマーブルと、それには真正面から向き合わないような態度をとり続けるアスカの間には、マガネが割って入るようにする。


 すると、わざとらしくおおきな伸びをしたのは、アスカで、

「……時間だわ。まあ、いえることはあたしがぜんぶ言ってあげた。……これで、トマス司令の仕事も減ったはず……次は、あんたたちの泊まるところっ」

 と、操縦棹の周囲を取り巻く、ボタンのひとつひとつに指先を合わせていくと、赤い機体は動き始めた。

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