ふたたびの地上

 ゲートには、既に巨大な赤い物体が立ちはだかるように準備されていて、周囲を作業員たちが忙し気に動いていた。そして、現れたアスカたちのもとに、油と煤にまみれた作業着の一人が近づいてくると、

「椿紅大尉、司令から、話は聞いてますー。こちらへー」

 と、各自を促そうとする。ただ、そんな男の目にもテトの姿は一際、注目を注いだようで、「へぇ~。自律型……」などとも呟いたその目は専門家らしくキラリと光ったのは、マーブルが見逃すはずもなかった。


 いよいよ、クレーン台の上に皆が乗り、上昇していけば、その巨体に近づかんとする頃、それまでアスカの尻ばかりを眺めていたようなマガネも、流石に無視できず、

「……だから、今日日、こんなかさばるロボット作ってどうすんのさー」

 などと呆れるように、まるで、いつしかのようにしたのだが、どんどん上昇する光景に、「ガウ……コワイ……コワイ……!!」と、テトが地面に這いつくばるようにしてうずくまると、「少年は男気あんだか、臆病なだけなのか、ほんとわけわかめなやつだな~」などと、やがて、そっちの方がからかいたくなり、興味を無くすのだった。


 相変わらず、そんな彼女たちのことを、せいぜい横目でしか見なかったアスカであったが、

「……そんな素人なもんじゃないわ」

 とだけ、呟いたのだ。


 そしてその呟き自体は、マガネは聞き逃したものの、今や、友のからかいに翻弄される、自らが作りし人造人間のために、せいぜい、苦笑交じりに注意していたマーブルには、アスカの呟きに引っかかるものを感じていたのは、その形状が、メタリックなデザリングばかりでなく、時に、テトの有機体の部分を覆う人工皮膚のような仕組みが垣間見えると尚更であったのだ。


 やがて、クレーンの到達地点は、マーブルたちが、はじめてアスカの出現を見た、巨人の頸椎も猫背であるところも、まるで色違いの巨大なテト、といったところだったが、そのカプセル状のハッチが開くと、軍服乙女はヒラリと入り込み、その中に在るコックピットの座席に座ると、ゴツゴツとした操縦棹を手で握り、

「あんたたちは、適当なとこ、つかまってなさい。でないと、怪我するわよ」

 などと、カプセル状の中の座席との間を、促すようにしながら、ハッチ越しに覗き込むマーブルたちをぞんざいに見上げるのだった。


 一同が乗り込み、静かに電力がつけば、その筒のなかを、日本語と時にドイツ語すらがアナウンスとして入り乱れる。そして、ガコン……とした音とともに、状態に振動など走ると、

「ガウ?!」

「お~。なんだなんだ~?」

 と、各自がとりあえず言われた通りにつかまるようにするなか、

「……ドッキングしたのよ」

 と、マーブルも振動にはこらえつつ、代わりに答える。


 それには座席に座るアスカですらしれーっとしたであろうか。ただ、

「流石、天才さん、なんでもお分かりで……さて、Anfang der Bewegung……Anfang des Nerven anschlusees……Synchro-start……」

 と、呟くようにいうと、まるで何かを念じるようにアスカは瞳を瞑って俯いてしまう。すると、それまで真っ暗に近かったカプセル内はみるみる回路がまたたくようになり、とうとう、眼前の視界などには、まるで、施設内に行き交う人々が塵にしか見えないような視界が浮かび上がってくるではないか。


「ナンダ?! ナンダ?!」

「へぇ~……少年の好きそうなアニメみたいだな。って、少年、下、見てみっ」

「?! コワイ!! ナンダ?! ナンダ?!」

「アハハハハハ!!」


 刹那、念じるようにしていたアスカの横顔などには、マガネもなにか一瞥があったかもしれない。だが、今の黒いセーラー服には、それよりもからかうことのほうが楽し気だ。

 ただ、そんな彼女たちのやりとりに八の字眉に対応しながらも、その謎のコックピット内を行き交う全ての情報量をも聞き分けていたマーブルが、いよいよ、上など見上げると、

「二人とも、舌かむわよっ」

 と、いった途端、

「……流石、天才さま、ご名答っ」

 などとアスカが返せば、感じたこともない負荷が、他の三人には襲い掛かるのだった。


「うおっとっと~?!」

「ガウォォォォ……」

「くっ」


 三人各自が苦戦をするなか、既に、マーブルなどは、その街の下に伸びる地下施設の通路を、今や、この巨体はものすごい勢いで上昇しているのだ、ということを悟っていたが、それは唐突に収まると、コックピット以外の皆がつんのめり、席以外はガラス張りのような視界は、遥か下に見えるのは山の麓の森林と街並みの郊外で、


『とりあえず、そこで、見せてやりな~』

 と、カムイを抱っこしたゼロツーなどが軍帽をかぶりなおして、映像として、パイロット席の目の前には現れるのだが、その表情は、どこかトゲがあるように、アスカも手を振るカムイにはニコニコと返してやるようにはしつつも、

「……司令は?」

『今、ボクの膝の上だよ~……見るかい?』

「……結構!」


 戦いの火ぶたはまたもや再開の予感があったが、それも無線越しの、『マミー……?』という一声に、両者我に返ったところで、


『じゃ、じゃあ、後のことは、送ったデータ通りにしなよ。以上、質問は?』

「あ、ありません……! フランクス副司令」

『……ふ~ん。じゃあ、切るよ~。あ、キミたちっ。ようこそ、この不毛なる大地へっ! ほら、カムイ、みんなに、またねーって……』


 こうして、子供の朗らかな声とともに無線の音質は途絶えたものの、「ふんっ」と不機嫌そうに、とりあえず操縦棹から手を放したアスカなどが、自らの手元に端末など眺めはじめると、「あのさ~大尉、ちゃん?」などと、マーブルはとりあえずご機嫌を伺うようにしてみる。「……なによ、それっ」とは返しつつも、自らより少女の子のトーンがまんざらでもなさそうならば、笑顔を返し、


「に、しても、これ、きっと不安定な型で内部挿入されてるはずなのに、かなり自然な形で適時重力が発生するんだね~……」


 と、初見で見抜いた、この巨人の内部の構造のあれこれをペラペラと語りはじめる。それには、「ほんっと、天才なのね……」と、むしろ、アスカは呆れていたが、


「ねぇ、そういや。ゼロツー副司令って人、司令官の奥さんなんだよね。フランクスっていうのは旧姓なのかなー?」

 そしてふと、マーブルがそれを問うたのは、自分も乙女である故に、相手の心を慮る部分故に話をふった、スキンシップだった。

 アスカはムッとしている。ただ、やがて、彼女は端末を懐にしまうと、


「……旧姓に決まってるでしょ。でも、あいつの種族、そもそも名前の概念が雑だから、フランクスでも本庄でもどっちでも気にしないのよ……」

「そうなんだー……」


マーブルとしては、ここで八の字眉のままに彼女を見つめ、お姉さんとして、アスカの乙女心を受け止めてやりたかった。ただ、アスカはその刹那までは、ムスッとしつつも遠い目などをしていたが、途端にハッとしたように表情を変えると、


「あ、あんたんとこの先祖だって、モモ以外、名字なかったりしたんでしょ! デリカシー無いのよ! あいつは!」

 ツンケンとしてマーブルに返し、自らの眼前にホログラムのような機器を出現させ、それに対して、指先をはねらすようにしてボタンなどを押していったら、眼前の街並みの主だった建物などには表示を合わすようにして、説明の文字が浮かび上がっていくのである。


「……あんた、ここ、『ジェリコ』の名称は、もう、覚えてるの?」

「あー、たー? 対『使者』専用前哨基地都市ー? ずいぶん、物騒そうねー」


 試してみるようなアスカの口調に、そして、マーブルがすらすらと答えてみせれば、アスカはもう一度、「ほんっと、天才って……」とも口ずさんだが、

「でも、先に本質を説く……流石、司令だわ……表向きの名称は、最適環境再生都市、『ジェリコ』、よ」


 そして、各街並みの表示があちこちに立ち並ぶなか、街の方からは、車両が移動しつつのような音量で、

『現在、ギガンティスが出動しておりますがー、『使者』の影響はありませーん。皆さん、安心して市民生活を続けてくださーい』

 などという、どこか間延びしたアナウンスが繰り返し流れ続けている。

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