押し問答
しばらく経った後、
『椿紅・アスカ・イェフォルガー、入ります!』
などという、機材ごしなら尚更、あの赤い巨体の主を思い出させる声が響いたと思えば、自動ドアは開き、トマスの「ほーい……」という声も間もなく、「アスカお姉ちゃんだー」と、父の膝からすかさず飛び降りて、サンダルの音を響かせながらカムイが駆け寄っていこうとする先では、
「あら、ムーくんっ」
と、マーブルたちが先刻も見た、赤い髪留めのロングヘアーの軍服の乙女が、ピョコピョコとして近寄って来ようとする幼子の姿には笑顔を向けたものの、其処には、振り向くようにして自らを見ているマーブルたちの姿と、更に、その向こう側では、ゼロツーなる異星の伴侶の愛撫にされるがままに、よだれすらたれそうにだらしなく、身すら相手に任せきりにしているトマス司令の表情が視界に入ると、ひときわ、表情を険しく、ピクリとしたが、
「お、お呼びでしょうか?!」
と、気を取り直すようにすれば、ようやくたどり着いたカムイが膝に抱きつくのには頭をそえてやりながら、直立で、話を続ける。
ゼロツ―の指先の狭間で、猫ならすっかり喉の奥でも響き渡らせていそうな恍惚といった具合の表情となりながら、トマス司令は、
「おー? おー。アスカー。おつかれー。とりま、この子たちに、この街の案内、してやってよ」
「えっ?! あたしがですか?!」
「そうそうそう、アスカと歳も近そうだしさー。あ、ギガンティス、出していいから。お前さんとしても、今回は、乗り足りてないんじゃね?」
「え、ええ。けど……! あたしたちの決戦兵器ですよ?! 部外の者に、手の内まで見せるっていうんですか?!」
「あーにいっちゃってんだよー。こっちにいらっしゃるのはオタカラコーポレーションだぞー? すでに全部わかられてるようなもんだってー。今回の『使者』殲滅に関しちゃ、もう、老人どもが色めき立ってんだよー。たーのーむー」
「で、でも……! 今回だって、ほんとなら、あたしひとりでできたはずですっ」
「アスカがよくやってくれてるのはわかってるってー。でも、そりゃ、これまでおれたちは、ギガンティス一体あれば、ってやってきた。けど、やっぱ、所詮、一体ってことも痛感してしまったってとこ。いよいよ、今回のことで、考えを改めなきゃいけな……いよー、う……」
ただ、夢現となっていたトマスはとうとうそのまま語尾を不明瞭にすると、コテンとして、ゼロツーの腹部に思いっきり頭を乗っけて、そのまま寝入ってしまった。
気づけば、カムイのことを抱っこすらしていたアスカ大尉であったが、その腕のなかで、カムイが、「……ダディ、また、マミーにベビーみたーい」と呟いていると、それを見下ろしたゼロツ―などが、「フフっ……ダーリン……」と、すっかり二人の世界といった具合に愛おし気にすらしていたが、そこにいよいよつかつかと、激しく軍靴を響かせながら、「フランクス副司令!」と、アスカ大尉は、自らより遥かに長身の角の乙女の元へと迫っていくと、
「そもそも、今回の殲滅作戦の失敗は、ギガンティス射出経路のメンテナンスに問題があったんじゃないでしょうか?!」
「あー? うんうん、そだねー。ごもっともー。さすがにボクも焦ったよー」
「射出経路コースのメンテナンスの責任は、副司令が担っているはずですっ」
「あっちゃー、それ、言われると耳、痛いなー。でも、老人たちは金、渋るしさー、『使者』出現は毎度ランダムじゃん? ボクとしても、ベストつくしてんだけどなー」
「……やはり、我々、地球人のようにおできにならないのなら、副司令の辞職を考えられては?」
「……は?」
「差別主義の老人たちの前線にも立たれてるのは司令なんです!……わかってるでしょ?! ただでさえ矢面なのに……そもそも、ここは『地球人』による国の根幹たる場所です! お忘れなく!」
「……キミは、ボクがニンゲンじゃないから、管理できてない、そう言いたいのかい?」
「……今日、あんたのそういう事実がはっきりしたんじゃ?」
そして、それまで、アスカ大尉の物言いを全く相手にしないように返していたゼロツ―副司令だったが、「地球人」という言葉の響きとともに、表情を変え、アスカ大尉を睨み返すころには、その瞳のなかに、赤い光すら放ちはじめてるではないか。
「まずい……マーブル」
と、これまで、その一部始終を眺めるほかなかったマーブルであったが、その姿に耳打ちしたのはマガネで、
「二人とも、手練れだ……」
「えっ?」
なんのことやらとマーブルが振り向くのも間もなく、心なしか室内は微震のように震えているようだ。と、立ち向かうようにしているアスカ大尉の背中に伸びる髪も、まるで重力に逆らうように、一筋、一筋と上空に浮かび上がっていくようではないか。
「えええ?!」
「ガウ?!」
「……ったくさー、『魔女』同士がこんなとこで喧嘩すんなよ……! ちょい、キミたち……!」
なにが起きているのやらと、マーブルとテトなどが驚くなか、ときに超能力者の女性のことを表す、古くからの言い回しを呟きながら、マガネが立ちあがりかけると、途端に、その場で悲鳴のような泣き声をあげたのは、アスカの腕のなかにいたカムイであった。そして、
「マミーも、お姉ちゃんも怖いー!!」
などと、叫べば、お互い同時にハッと我に返るのもゼロツ―であり、アスカであったのだ。
火がついたような子供の泣き声に、突然にご機嫌取りとなる目上の者たち、という風景も、地球人も宇宙人も変わらないといった風景だったが、しばらくして、カムイが落ち着いたふうとなると、すっかり調子の狂った者同士の副司令の方から、
「……ったく、じゃあ、ダーリンに言われた通り、キミは、ギガンティスにでも乗って来いよっ。ほらっ、カムイ、かえしてっ」
「副司令、ここではプライベートな呼び名でなく、役職の名で呼んでくださいっ。規律に関わりますっ」
「あーあーあーあー。じゃあ、家のダ・デ・ィに言われたこと、守ってっ!」
「なっ!!」
「ふんっ」
そして、部下からの応酬の前に、またもや、互いの土俵に立ちかけた二人であったが、アスカがカムイをゼロツ―に引き渡しつつも行ったことといえば、互いに目も合わせなければ、ぷいっとし、口も膨らますといった大人気ない結果であったりした。
「ほーら。カムイー、お姉ちゃんたちにいってらっしゃーいーって」
そして、相変わらず自らに伴侶が寄りかかって爆睡するのを許しながら、我が子まで抱き寄せると、それをあやすのも巧みという点において、例え、宇宙人だろうと母は強し、といったところだったが、そんなゼロツ―副司令が、カムイと共に見送る先で、「……なんで、あたしが……!!」などとブツブツと言いつつも、アスカ大尉は気を取り直すにすると、
「いくわよ。ついてきて」
と、マーブルたちに振り向く。すると、とりあえず立ち上がった一行であったが、ふと、マガネなどは、改めて、ゼロツーやトマス、そしてカムイにアスカを各自、見比べるようにしたのも束の間、
「……なら、私が食べちゃってもいい話だよね~」
などと、改めて、その長い髪ひるがえる軍服の後ろ姿に嬉々として、妖しい舌なめずりすら打ったものの、
「マガネ、なんかいったー?」
「ガウ……?」
と、マーブルとテトにはそれは聞こえなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます