実感なき現実

「……部屋、暗くしてー。画面だしてー」


 そしてトマスが一声かけると、途端に室内は真っ暗となり、『第十一次『使者』迎撃戦データ、再生します』という女性の声が響いたと思えば、彼の背後にあったスクリーンいっぱいには、赤い大地の上には、先刻の黒い巨大な生物が立ちはだかるように現れ、やがて、それに立ち向かうようにする軍用機たちとともに、地上からも迎撃のレーザービームが発射されていく。


 ただ、次々と巨大生物に打ちのめされていく部隊の惨状の度に、『『使者』、第一次防衛線、突破、第二次防衛線、突破……』と女性アナウンスが説明し、「やれやれ……まじで今回も大赤字だや」などと、やがて丁髷は立ち上がりながら、更にもう一本の煙草に手を伸ばすのであった。


 また、画面が切り替わると、『ギガンティス、射出経路コースにトラブル発生、発進できず』などという声とともに、巨大ゲートには、先程もマーブルたちが目撃したロボットのような兵器の赤い色が立ち尽くしている。と、ふと、マガネなどが、マーブルに耳打ちするようにすると、

「……なんか、色違いの少年みたいじゃない?」

「んー」


 それは制作者故に、マーブル自身がとっくに気づいていたことだった。主だった金属部分らしき箇所のカラーリングが、マーブルが自作に施した、自らの髪の色を模した紫色でなかったにしろ、例えば、その肩から突き出しているようにしている肩部の装甲的デザインすら、今、すぐ、隣で、窮屈そうに座っている、自らの人造人間と、そのやや猫背がかった首元までよく似ている。


 それには、トマスも気づいたのだろうか。気づけば、画面からテトたちに視線を移していて、

「……偶然の一致、にしても興味深いわなー」

 と、おどけたふうに付け加えたころ、『正体不明物体、『仮称マーブル作品』、出現、『使者』と交戦開始』という語りが入る。すると、今度は、巨大な敵に立ち向かうテトの小さな姿が映し出され、ご丁寧に、拡大画像まで付け加えられる。


 そんな自らの姿には思わず「ガウ……?」と、テトが反応を示したが、

「やー。君さ、まじ、かっこよかったぜー」

 と、今度、トマスはテトに親指を突き出し、ウインクなどしてみせたりする。が、


「ただ、こんなもんじゃ、『使者』は倒せない……」

 などとも、呟き、再び画面に表情を戻す頃、『……『仮称マーブル作品』、長南マガネを伴い、再び、『使者』と交戦。迎撃作戦時間、一四〇〇に、超S級能力発動波を検知。同時刻、『使者』、奇行開始』と、とうとう、画面上では、テトが思いっきり飛躍していて、巨大生物のドクロのような顔面の真ん前に到達したところで、その背におぶさっていたマガネが、身を乗り出すようにしていれば、その眼がなにやら不敵な笑みのなか、煌々と光っているようにすら見えるのも、それは付随する拡大画面のおかげ、といったところだった。


 ただ、こんな彼女の姿は、長年、隣で眺めてきたマーブルですら知らない。

(マガネ……?!)


 思わず振り向いたときには、黒いセーラーは、「……あーあ」などという一言をもらせば、席にすわる自分をずらすようにし、頭の後ろで両の手を合わせる、横顔のままだった。


 そして、『……一四一〇、『使者』、自爆』とアナウンスは続けていくと、


「……いやいやいや。うちの虎の子でも、こんな結末したことないぜ……OK。ありがとう。戻してー」

 また、トマスはおどけるようにし、すると、画面は消え、部屋は元の明るさを取り戻すのだった。


「いやー。先ずはお見事! エモいバトルだったぜ」

 そして司令官と呼ばれる男は、テトたちに賛辞を送ったが、状況のわからないマーブルたちはどういう反応をしたらいいかも微妙、といったところであろう。そして、

「まあ、と、言われてもなにがなんだか……ってとこだよなー」


 察したトマスの方が、肩をすくめてみせたりしていたものの、やがて、笑みとともに、口にしたことといえば、

「ま、とりあえずー? マーブルお嬢は見たことあんだろ? いかにも、我々は、軍のものでーす」

 軽いトーンでさらりと言われたものの、マーブルなどが、(やっぱり……)などと思ったのも束の間、

「……んなこと、私だって、気づいてたよ。太陽系連盟軍が、こんな国境スレスレでなにやってんの?」

 後ろ手にしたままのマガネが話には入り込んでくる。すると、ブフォと笑ったのはトマスだったが、


「いやー。流石、長南のお嬢!……でも、ほら、うちらって、表向き、ないことなってんじゃん? 順番的には、マーブルちゃんにふったほうがいいかなー、なんて」

「……よくいうよ。まあ、お宅ほど、若い将校も珍しいけどねー」

「マガネ?」


 時代は平和を取り戻して久しかった。交流は細々とでも行われているものの、時に、かつての星々同士のダイナミックな繋がりは忘れるほどの、暗黙の相互不可侵が優先される時代といっていい。だから戦争らしい戦争もなければ、兵の姿など、日々の表舞台で目にすることもなく、幾度か自宅にきた士官の姿も、マーブルですら、彼らを追い出した後の父に訪ねても、その正体には実感もなかったものだ。


 だが、そんな天才少女の幼馴染は、その正体をマーブルと等しく見抜いていたようなのである。また、以前、中国政府の関係者を以てしてもそうだったが、「長南」という名は、マーブルの家族に匹敵するほど、要人の世界に良く知れ渡っているようだ。


(なにか、政府と繋がりあるとは聞いてたけど……)


 基本がざっくばらんとしたマーブルのことである。気心しれた幼馴染であることに変わりがなければ、気にしたこともなかったが、それは、先程の眼も煌々とさせたマガネの横顔の映像とも関係あることなのだろうか。


 気づけば、八の字眉に見つめる青い瞳の先で、黒いセーラーの横顔は平然としている。

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