謎の男

 兵士たちに囲まれたマーブルたちは、直近の、ゲートのようなものに連行されると、それはみるみる地下へと下っていくようだ。


 暗闇のなか、斜めに連なる、規則的に設置された天井の灯りたちが、上空を通り過ぎていくのを眺めながら、マーブルなどは、

「あ、あの~、わたしたち、どこへ……?」

 などと、なるべく愛想よく訪ねてみたのだが、

「喋るな!」

 と、すかさず一人の兵士などは銃口を向けるのだから、それには途端に顔もひきつってしまうというものだろう。


「……おいおい。女子に、んなもん突きつけんなや」

 すると、ひょろりと背の高い、丁髷風が振り向いて声をかける。 


 やんわりとした口調ながら、「はっ!」とすぐさま銃を兵士が下げると、

「……ま、とりあえず、ついてきてーみたいなー?」

 と、火のついてない煙草をくわえたままに、本庄を名乗る男は、穏やかにマーブル一行に微笑みかけた。


 ゲートから降り、通路を渡り、それから、エレベーター、エスカレーターと続く頃には、そこがなにかしらの広大な地下施設であることは、利発なマーブルにはすぐ理解できた。


 やがて、ガラス張りのエレベーター越しに見えた階層などは、上空に人工の空が広がっていて、青々とした草原には牛小屋が並び、日本なら北の果てにいるかのような牛たちが草を食んでいる。

「……みんな、エゾ・ポリスからの直産。牛乳、新鮮だったりすると、朝のやる気も違ったりすると思わね?」


 マーブルが目をパチクリするなか、くわえ煙草は、口を開き、「……ま、こちらは畜産コーナー……! みたいなー」などとも話を続けた。


 こうして、またも巨大な宇宙船内にでもいるかのような通路を歩き始めたところで、

「ちょい、そこでお待ちをー」

 一角の一室の前には椅子も用意された箇所を指さすと、本庄は部屋の自動ドアのなかへと消えてしまっていったのである。


 異様に長身ゆえに、座高の合わないテトが、座りにくそうとしているなか、マーブルは落ち着かない様子に、そしてマガネは、足を組んでは頭の後ろに手をやって退屈げにしていると、それらを取り囲む兵士の一人のヘルメットごしの無線が反応し、その者がなにかに応答次第、彼は、「入れ」と三人を自動ドアへと促すのだった。


 おずおずとマーブルなどが部屋のなかを覗き込んだところ、そこは、四角形で囲むようにした会議用テーブルなどが置かれており、彼女たちの居る、丁度、向こう側で、丁髷は座り、机上に置かれた電話回線の受話器を握り、傍に置かれた端末などを操作し、時に、ペンで画面になにやらを書き込んだりしながら、丸眼鏡を直したりしつつ、「はっ……はっ……」などと返答を繰り返している。ただ、マーブルたちの入室に気づくと、柔和な笑みを浮かべ、すぐ近くの席に各自座ることを目で促した。


 やがて、一通りの連絡が済んだところで、丁髷は、「はぁ~……たく、めんどくせ~」などと一言呟くと、ふと、くわえた煙草に火を点し、早速眼前のステンレスの灰皿に灰を落としたりしつつ、そして、訝しげにしている少女たちや、座りにくそうにしている人造人間に視線を移すと、

「前線の司令官なんてさ。結局、板挟みよ……君らもよっぽどのことなきゃ、なるもんじゃないぜ? 中間管理職なんて、なーんにもいいことありゃしねぇ」

 と、おどけたふうに語りかけたりもしたのだが、尚、マーブルたちが反応を薄いままに眺めたままにしていると、

「おっと、申し遅れたってとこか。おれの名は本庄トマス。この都市の、一応、いち司令官やってまーす、みたいなー?」

 言ったそばから何もおかしくないのに、自らの名を呼んだ背高男は笑ってみせたりする。それから、「あーあ。まじ、めんどくせー……」などと立ち上がると、部屋の隅へと移動し、そこには、ギターケースがあったと思えば、取り出したるは、アコースティックギターだったりするではないか。


「ガウア……!」

 思わずそれに反応したのはテトであったことは必然か。そして、座り直した本庄トマスが、くわえ煙草のままに運指をすれば、それは、そこそこの腕前だったりし、丸眼鏡の横顔も手伝えば、遠い昔の四人組だったロックスターの面影に、似てなくもなかった。

「ガウウア……!」


 更に、テトが少し興奮気味に体を揺らせば、途端にディスクはガタガタと鳴った。すると、トマスは少し驚いたようにして、その容姿に視線を移し、マーブルは、「ちょっと、テト……!」などと注意をしたが、


「おや、マーブルお嬢の新発明は、音楽にご執心っすか? さーすがー。これが、人造人間の、AIよりも更なる高みーってやつっなんすかねー?」

「えっ? どうして、そんな……」

 思えば、彼は、既に全てを知っていたふうに其処にいた。すると、「まあ、あんだけ、派手に暴れてくれたんだもんよー」などと前置きしつつも、切れ長の目は、黒いセーラー服の方にも視線を移し、


「……脈々たる一族の『力』、まさか、こんな僻地で拝めるとは光栄っすよ。長南家のマガネお嬢、ぴーやッチっ」

 と、ジッと見つめてみせたりする。


 マガネは、そんなトマスのことを、「フンッ」と鼻を鳴らすだけにしていたが、やがて、トマスは一通りを吸い終えると、ギターを机に立てかけ、


「……さぁーって、仕事、すっかぁ~」


 などと呟けば、机上に肘をつき、両の手を結ぶと、そこに顔の下を隠すようにして、少女たちのことをギロリと眼鏡越しに見つめてきたのである。

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